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5月1日 見るんじゃなかった

 自分の部屋で課題をこなしていたとき、ふと思い至った私は、傍らに置いたスマホを取り上げる。

 そう言えば、宍戸さんとユリを引き合わせる段取りを、そろそろ決めておかないと。

 確か、穂波ちゃんも呼ぶことになったんだよな。

 私は先に、穂波ちゃんのトーク画面をひらく。


――私の友達と、宍戸さんとでお茶するんだか遊ぶんだかの約束があるんだけど、穂波ちゃんもどう?


 すると、すぐに既読がついて返事が返ってきた。


――それはどういう集まりなんですか?


 まあ、気になるよね。


――私の友達が、宍戸さんとちょっとした知り合いで。

――でも、お互いにほとんどはじめましてだから、気にしないでいいよ。


 その次の返事には、少し間があった。

 あんまり乗り気じゃないのかな。

 地区予選に向けて部活も本格的に忙しくなってくるだろうし、あまり時間の融通もきかないだろう。

 一年生が大会メンバーに入ることはほとんどないだろうけど、一対一の対人競技なら、練習相手は何人いたっていい。


 画面をにらみ続けるのもなんなので、勉強に戻ろうか。

 そう思ってスマホを手放しかけたところで返事が届く。


――いきます。


――大丈夫? 忙しくない?


――部活の時間でなければ大丈夫です。楽しみです。


 そう言ってくれるならいいけれど。

 顔が見えないせいか、余計に彼女の気持ちが読みにくい。

 見えたところであんまり変わらないけど。


 その後、五月中の部活の予定表だけ送ってもらって、ひとまず会話はそこまでとなった。

 宍戸さんの料理愛好会は比較的時間の融通がききそうだし、ユリのチア部の予定表さえ貰えれば、日程のすり合わせはすぐできるだろう。


 壁掛けの時計を見上げると、時刻はそろそろ夕方だった。

 今、電話したら出るかな。

 合宿いつからって言ってたっけ。

 迷った末に、今回はメッセージだけ送ることにした。


――鎌倉ちゃんと会う日すり合わせるから、部活の予定表寄こして。


 送信と。

 ユリがスマホを携帯してくれるようになってから、連絡が密になってとてもいい。

 京都での数日間の生活は、少なからず彼女を変えたようだった。

 と思ったら、何秒か置いて私のお出かけ用の鞄から鈍い振動音が響いた。


 マジかよ。

 眉間にしわを刻みながら、鞄の中を漁る。

 ユリのスマホがそこにあった。


「久々のこのパターン……」


 これはつまり、昨日一日気づかずに預かってしまったということか。

 それは悪いことをした。

 ユリもユリで、気づいたら取にくればいいのに。

 「まあいっか」で済ましそうなのが彼女だけど。

 どこかのタイミングで、家に持ってってやるか。

 合宿の日に当たらなければ、夜にはいるでしょう。


 それまでなくさないようにと鞄に入れようとしたところで、手の中で彼女のスマホが震える。

 他人のスマホなんて覗く趣味はないけれど、私は反射的に画面を見てしまった。

 自分のスマホならそうするからという、完全な無意識でのこと。


 その不用意さを、後から心底恨みたくなった。


――ごめんね。今年のゴールデンウィークは帰れないかな。


 ロック画面に表示された通知メッセージは、それだけ見れば何ともないただの連絡の一端だ。

 だけど、その送り主の名前に私の目はくぎ付けになった。


 なんで、あいつがユリと連絡とってるの?

 というかゴールデンウィークに帰るだの帰らないだのって……。


 突然のことでわけもわからず、呆然としている間に、画面が自動スリーブで暗くなってしまう。

 慌てて電源ボタンを押したけれど、表示されたのは無常なロック解除画面だった。

 そう言えば、流石に不用心だからと設定させたんだっけ……なんだかいろんなことが裏目に出ている。


 私は、机の上に放っておいた自分のスマホを乱暴に掴むと、連絡先リストから姉の名前を呼び出した。

 数度のコール音の後、すぐに通話が繋がる。


『はーい、愛しのお姉さまですよー。電話なんて珍しいじゃん』


 相変わらずのふざけた態度に青筋が浮かびそうだったけど、そこはぐっと堪えて、同じくらいに声も抑える。


「ゴールデンウィーク、帰ってこないんだって?」

『あれ、よく知ってるね。言ってたっけ?』

「いや、そんな気がしただけ」


 他人のスマホを見てそう思ったなんて言えるはずもない。

 私が言葉を濁すと、姉は受話口の向こうでケタケタと笑っていた。


『ついに以心伝心通じ合えるようになったのね! お姉ちゃん嬉しい! これからはやっぱりテレパシーの時代だなあ』

「相田みつを風に言われても、そんな時代来ないから」

『分からないよー。時代はインプラントだからね。そういう研究に興味ある子も同じ学年にいるし』

「馬鹿言ってないで。それで、帰ってこないんでしょ?」

『レポートの提出課題があってね。ウチの班は経過観察系の企画になったから、ゴールデンウィーク中も交代で記録取らなきゃいけないの。あ、同居人も一緒だから心配しないで! あとお姉ちゃん、新歓コンパで呑まなかったから、それも褒めて!』

「それは当たり前でしょ」


 でもそうか。

 まあ、そういうことなら信憑性はある。

 ただ言葉の裏付けを取っただけなのに、心底ほっとしている自分がいた。


「コンパ、良い人でもいなかったの? その大学なら未来有望なイケメンとかいっぱいいるでしょ」

『ええー、どうかな? 私のイケメンの基準は近藤勇以上だし』


 その基準は分からない。

 そもそも近藤勇ってどんな顔してたっけ。

 洋服着て座ってる写真のは……土方歳三?


『あっ、でも可愛い女の子はたくさんおりましてよ? アナウンサーとか排出してるだけあるよね。より取り見取りで、お姉ちゃん困っちゃう』

「はいはい」

『ゴールデンウィーク需要かな? 休み直前に何人かに告白されたし……でもお姉ちゃん、心に決めたひとがいるから――』

「それ、いつまで続く? もう切っていい?」


 悲恋に身をやつした乙女チックな演技が入ってきたので、いい加減に口を挟む。


『このタイミングで切られるのは、お姉ちゃん傷つくからやめて!』

「ならアホなことしなきゃいいのに……で、もっかい確認するけど、帰ってこないのね」

『うむ。夏休みは流石に帰る予定だけど。それはまた追々ね』

「わかった。お母さんにもそう言っとく」

『よろしくー』


 そのままもう数分の間、大学の話を聞かされてから、私は通話を切った。

 なんだかんだで新生活は満喫しているようで、そこはまあ、ひと安心だ。

 それに帰ってこないというのも……まあ、安心と言って良いのかな。


 私はユリのスマホを取り上げると、そのまま電源を落とす。

 また何かの表紙に通知画面を見てしまう前に、見えなくしてしまうのが精神衛生上も良いだろうと判断した。


 なんで連絡とってんのか知らないけど……この胸の中でざわざわと蠢く感情は、きっと怒りと呼べるものなのかもしれない。

 それはユリに対して?

 それとも――

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