今日は東高校とのソフトボール定期戦――の予定だったのだけど、あいにくの雨雪模様で中止となった。
まさかゴールデンウィーク初日に雪が降るだなんて。
小学生くらいのころに一度そんな日があった気がする。
あの時はまだ遅咲きの桜が咲いていたので、ピンク色の花の上に雪が積もって、絵画みたいな景色だったのを覚えている。
「残念だねえ。ひさびさに本気チアができると思ったんだけどな」
ユリは、べっちょりとしたぼたん雪を窓越しに見上げながら、握りしめたどんどん焼きにかぶりついた。
九州のほうでは「はしまき」とも呼ばれているそれは、薄く焼いたお好み焼きを割り箸に巻きつけて、甘辛いお好みソースで味をつけたおやつ的な食べ物だ。
縁日の屋台でよく見かけるが、駅からほど近い競技場の傍には、年中販売している専門店が建っている。
中止の連絡は朝のうちに連絡網で来たけれど、それよりも早くなんとなく街に出ていた私たちは、行く当てもなくこうして余暇を潰しているのだった。
「中止って言っても、予備日が決まってないだけで実質の延期でしょ。来月のどこかで再戦日程が組まれるはず」
「でも今日のモチベーションは今日発散したいんだよー。わかるかなこの気持ち」
「わかんない」
私としてはそんな事よりも、思いもよらないユリとの時間が降って湧いたことを喜ぶことで忙しかった。
この大型連休中はすっかり会えないと思っていたので、必死に練習してきたソフト部の面々には悪いけど、雪よありがとうと天に感謝したい。
「それで、これからどうするの」
同じように、どんどん焼きにかぶりつきながらユリへ尋ねる。
「お昼過ぎからは学校で部活かな」
「そっか」
「今年は一年生が一四人も入ってくれたんだよ! もう指導係じゃないけど、初めての子も多いから面倒みなきゃね。今年は目指せ全国の表彰台!」
ユリは、ビシリと人差し指を空高くつき上げる。
咥えたままのどんどん焼きから、ソースかぽたりとこぼれ落ちた。
「たれてる」
「おっと、勿体ない」
私が指摘すると、彼女は慌てた様子で再び垂れかけたソースを嘗めとる。
そのまま上目づかいで、私の顔を覗き込んだ。
「ところで、生徒会はどうなの? 新しい子入ったんでしょ」
「良い子たちだよ。前言った鎌倉ちゃんも、危なっかしいところはあるけど、真面目でよくやってくれてる」
「もうひとりの子は? 仲良しって聞いてるけど」
「誰によ」
「アヤセに」
あいつ、適当なこと吹きこんでんじゃないだろうな。
書道部の集まりがあることを聞いてなければ、今すぐここに呼びつけてやりたい。
「仲いいってほどでもないと思うけど。でも、私は好きかな」
そう答えると、ユリが目を細めてにまついた。
「星がそんなこと言うなんて珍しいね」
「そんなこと無いと思うけど」
「えー、だってあたし言われたことないし」
「改まって言うもんでもないでしょ」
「むう、星はつき合ってから相手を大事にしないタイプだって、ハッキリわかんだね」
「ぶっ!」
飲みかけた水で思いっきり咽た。
ユリが慌ててポケットティッシュを差し出す。
「ちょっと、だいじょぶ!?」
「ごめん、変なとこ入った……」
受け取ったティッシュで、口の周りを丁寧にふき取る。
変なとこは入ったんじゃなくて、言われたんだけども。
「つき合うなんてしたこともないのに、そんな事わかるわけないでしょ」
「いや、絶対にそうだね。『仕事とどっちが大事なの!?』って言われるタイプだね。間違いない」
間違いないとはなんだ。
失敬な。
かといってデロ甘になってる自分も想像がつかないし、反論できるだけの材料が私にはなかった。
「だったら――」
言いかけて、言葉が詰まる。
喉に小骨が刺さったみたいに息が詰まって、結局咳払いをしてごまかす。
「いや、なんでもない」
ユリはそもそも聞こえていなかったのか、どんどん焼きの最後のひとかけらを飲み込んで、ぼんやりと明後日の方向を見上げた。
「あたしだったら、ウザがられるくらいたっぷり尽くすんだけどなあ」
「ウザがられちゃダメでしょ」
「えー、でも大は小を兼ねるって言うし」
「過ぎたるは及ばざるが如しだよ」
「でも、どんどん焼きはソースたっぷり派でしょ?」
「それは言えてる」
同意するように笑って、私も最後のひとかけを頬張った。
根元の部分はソースはほとんどついてなくって、ほとんど生地の出汁の味しかしないけど、口直しみたいでこれはこれで嫌いじゃない。
少し味気ないくらいの方が、長く食べるにはむしろ良いくらい。
濃いソースはたまに食べるから美味しいんだ。
「星がそこまで言うなら、もうひとりの子も会ってみたいなあ」
「それなら、鎌倉ちゃんと会う時に一緒に呼ぶけど」
「ほんと?」
むしろ、その方が良いような気もする。
いくら恩人とは言え、ほとんど話したことない人を前にしたら、宍戸さんも気が引けてしまうんじゃないだろうか。
それだったら穂波ちゃんも一緒の方が、リラックスできて打ち解けられるかもしれない。
「予定聞いてからだけど。地区予選までは剣道部も忙しいだろうし」
「そこはインターハイまでって言ってあげようよ」
「今年はどうかな。頑張って県大会くらいじゃないの」
「また適当なこと言うんだからー」
ユリは、結露したコップの底に溜まった水滴を、テーブルの上でうねうねと指先で弄る。
やがてそれを、指先事うにょーんと私の方まで伸ばした。
「星はいいの? 高校最後の大会なのに」
首をかしげる彼女に、私は静かに頷き返す。
「一回も行ってないのに最後もなにもないでしょ。突然来られる方が、部のみんなだって迷惑だって」
伸びてきた彼女の指先をデコピンで弾いてやる。
彼女は弾かれた指を、もう片方の手で労わるように握りしめて、自分の胸元に持っていった。
「もったいないね。せっかく身近な後輩ちゃんができたのに」
「皆部活制度で所属してるだけだし。ああ、今からでも料理愛好会に転属しようかな」
「料理愛好会!? 星が!?」
「それはなんの驚きなの」
ユリは、ふいと視線を逸らして、握りしめていた指先で頬をかく。
「……炭素を錬成しないでね」
「ユリの中での私の料理スキルどんなんよ」
確かに、ひとりで作ったものを披露したことはないけれど。
家庭科の授業だってあるし、失敗もしてない……はずだ。
少なくともグループで、ちゃんと食べられるものは作り上げた。
「そんなに言うなら、いつかお見舞いしてあげる」
「新手の犯行予告かな?」
そんな機会があるかは分からないけど、本気で料理愛好会に転属するのもありかもしれない。