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4月28日 南高生に十の質問

 講堂に溢れんばかりの拍手が響く。

 ステージの上空につるされた「新入生歓迎会」の看板の下で、見事なパフォーマンスを繰り広げた吹奏楽部の四人が笑顔で声援にこたえていた。


「ありがとうございました。アンサンブルコンテスト東北大会に出場いたしました、吹奏楽部の打楽器四重奏ユニットで『ケチャ』でした」


 生徒会の二年生役員、金谷さんの進行で会は滞りなく進んでいく。

 新入生歓迎会とはいうが、高校生の手で準備して行われる行事だ。

 別に立食パーティーをするわけでもなく、文化部の出し物を中心とした、ちょっとした文化祭のような企画となっている。

 たっぷりの汗と良い笑顔で下がっていった吹部の面々を見送ると、隣にいたアヤセが顔を寄せた。


「ケチャを打楽器四重奏って言い張るのはありなのか?」

「いや、知らないけど……勝ち進んだならありなんじゃないの」


 そう答えざるを得ない。ケチャって確か、バリ島のお祭りの儀式か何かだ。

 奇声と言っていい掛け声とともに、ぽこじゃが異国の太鼓を鳴らしていたその時間は、なんかよくわからないけど真に迫って、引き込まれるものがあった。

 それにしても、バリの風はどこにでも付きまとうな。


「会長、そろそろ準備をお願いします」

「うん、わかった」


 銀条さんに声をかけられて、私はポケットに突っ込んでいた進行表を取り出す。

 ステージ上からは大きなスクリーンが降りてきて、客席後方のプロジェクターに電源を入れたりと、裏方の準備が進んでいく。

 毒島さんは既にプロジェクターの傍について、PCのセッティングを終えているようだった。


「じゃ、いってくる」

「見送るのはいつも私の役目だな」


 そう言ってアヤセは、私の背中を思いっきり叩いた。

 その一発に押し出されるようにして、私はステージへと登る。


「先ほどの挨拶ぶりです。生徒会長の狩谷です」


 当たり障りのない挨拶をしながら、毒島さんに視線を送る。

 彼女は頭の上で拳をふたつ作ると、両手でつかんだタオルを引っ張るみたいに、左右に揺らした。

 ちょっと引き延ばせ。

 そういうことだろう。


「そうですね。まずは二、三年生の皆さん。時間がない中であるにも関わらず、企画準備に連日お付き合いいただいて、ありがとうございました。正直、大変だったと思います」


 すると「そーですね!」と今は無き、某お昼のバラエティ番組風の返事が会場から帰って来る。

 フリップがあるわけでもないのに、よく揃えられるな。

 恐ろしい。


「そのおかげで、会は滞りなく、楽しい進行になっていると思います。なってますよね?」


 再びの「そーですね!」。

 うん、これ、ちょっと気持ちいい。

 ライブのMCとかこういう気分なんだろうか。

 もしくはお笑い芸人か。

 芸風は……悪態芸?


 そうこうしている間に、毒島さんから「OK」のサインが送られる。

 私も小さく手を振って答えると、プロジェクターを通して『南高生に十の質問』のタイトルが表示された。


「ということで始めたいと思います。唐突に初めて、怒涛のように集計を行わせていただきました校内アンケートです。二、三年生のみなさんは、本当にご協力ありがとうございました。これからその結果発表をしていきたいと思います」


 私の合図で、毒島さんがページをめくる。

 スライドが切り替わって、最初の設問が表示された。


――Q.一日の自宅学習の時間はどのくらいですか?


「まずは勉強の分野からです。真面目な内容ですが高校生の本分ですので、だいたいどのくらい勉強すれば授業についていけるのか見ていきましょう」


――47%『1時間以下』

――32%『0時間』

――12%『2時間程度』

――9%『3時間以上』


「およそ半数の生徒が一時間以下という結果になりました。毎日出される課題をこなすだけであればそのくらいでしょうね。授業についていける目安はこのくらいだと思います。2位がゼロで、しかも三分の一もいることが驚きですが。流石に悔い改めろ」


 会場、特に上級生たちのいるあたりから失笑に近い笑い声がこぼれる。

 なにわろてんねん。

 お前らのことだから。


「では続いて、勉強と学校生活についてもう少し突っ込んだところを見ていきましょう」


――Q.勉強と部活の両立で気を付けていることは?


「こちらは自由回答のため、多かった回答の傾向や、面白かったものを抜粋します」


――部活を頑張りたいなら勉強はしない

――一夜漬けが許されるテスト範囲じゃないので、課題だけでも地道に


「両極端な回答ですが、前者の人は勉強してください。一方で後者はこれ以上ない真実ですね。授業のスピードが早いので、テストの範囲もおのずと広くなります。暗記教科でも一夜漬けでどうにかなるとは思わないようにしましょう。あとひとつ、面白い回答がありました」


――部活の練習の前に30分の勉強時間がある


「こういう取り組みをしている部もあるようですね。ぜひ他の部も取り入れて欲しいです」


 そこかしこから「マジかよ」とか「どこだよ」と言った驚きの声があがった。

 それに答えるかのように、どこかから「吹部だろ」というツッコミが入る。


 その後も『受験の勉強はいつから始める予定ですか?』や、『アルバイトはできますか? してるとしたらいつしてますか?』など、生活に直接関わるような質問と回答が続いていく。

 こうして実際に生徒ひとりひとりの回答をまとめてみると、ウチの生徒は思ったより不真面目だなという印象が強くなっていった。

 しかも、狙ったような不真面目さ。

 ある意味で「後でどうとでもなるんじゃねえか」というような、問題の先延ばし感。

 このアンケートは、思ったよりも生徒の本質をつけているのかもしれない。


「あんまり勉強の話ばかりでもアレなので、少し楽しい話をしましょう。こんな質問です」


――Q.今年の学園祭でやりたいイベントをあげてください


――ミスター南高

――水着ローション相撲

――学校全体お化け屋敷アトラクション化


「ミスターっていうのは……ようは男装コンってことでしょうか。ミスコンはいつもありますけど、そういうのもいいですね。検討します」


 一部の客席から黄色い悲鳴があがった。

 当事者かどうかわからないけど、ネタじゃなくて、マジの意見だったのかもしれない。

 男装コンテストとかそういうのは、ガチになるかイロモノになるのか、事前に読みづらいのが難点だ。


「ローション相撲は頭男子高校生ですか。ミスコンのパフォーマンスのひとつにするなら検討します。大規模なお化け屋敷は、学校全部というのは難しいですけど、面白い案だと思います。有志で企画してもらえれば生徒会もバックアップします」


 とりあえずこの件はここまで。

 なんだか生徒会が得するだけの質問だった。

 だから入れたんだけども。


「参考までに、昨年の学園祭の様子はあとで視聴覚委員の動画で紹介します。あと文化祭の企画はいつでも受け付けてますので、何かあれば生徒会の意見ボックスに投函しといてください。私が楽になります」

「会長仕事しろ」


 ヤジと共に、どっと笑いがおこる。

 うん、清々しいほどに正論を浴びせられると、怒る気もおきない。


「では最後に、一年生が一番気になるであろう質問と、その現実を添えて企画の〆にしたいと思います」


――Q.女子校で恋人はどうやって作れますか?


――部活で他行と交流

――他校友人のツテ

――校内で探す


「恋人が欲しい人は部活を頑張ってください。校内で探す人は……そうですね、節度は守ってください。あと教師相手は間違ってもやめてください。田舎なのでバレたらすぐニュースに載ります」


 どっかから、わざとらしい咳払いが響いた。

 えっ、なにそれ。

 まって、なんの匂わせなの。

 何に対してかは分からないけど、私が生徒会長の肩書を持ってる間は、やめて欲しいんだけど……ほんとに。


「ちょっと今、不安が募りましたけど、最後にこの質問を戒めとして残しておきたいと思います」


――Q.他校の生徒に告白されました。どうしたらいいですか。


――しね

――ころす

――地獄を待ち遠しくしてやる


「命が惜しければ、恋人ができても他言しないことです。相手が誰でも――以上、『南高生に十の質問』でした。ご清聴ありがとうございました」


 ステージ上で一礼すると、笑いと拍手が起こった。

 まあまあ、三日で準備したにしては上出来だろう。

 客席後方では、毒島さんが視聴覚委員長と席をバトンタッチしている姿が目に付いた。

 お互いに、目の下のクマがひどい死んだ顔つきで、よろよろと拳を合わせる。

 修羅場を味わった者同士の、言葉のいらない絆が生まれていた。


 ステージを降りると、さっきと同じようにアヤセが背中を叩いて出迎えてくれる。


「お疲れちゃん。で、学園祭でやんの?」

「男装コンのこと?」

「じゃなくて、水着ローション相撲」


 書いたのお前かよ。


「アヤセがミスコンに出るなら、会長権限で審査競技に入れたげる」

「げえ、マジかよ」


 彼女は苦い顔をして、そそくさとその場を離れていった。

 ミスコンの参加から逃げたわけではなく、閉会の準備にとりかかるためだった。


 至らないところはあったけど、どうにかこうにか総会も歓迎会も全日程を終了できそうだ。

 明日からのゴールデンウィークは、流石にゆっくりと過ごしたい気分だった。

 ひとつ気がかりがあるとすれば、これで先代からのミッションを成し遂げたと言えるのだろうか……ということだけだった。

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