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4月27日 あとは野となれ山となれ

 その日の生徒会室は、流石の慌ただしさに包まれていた。

長テーブルの上に山積みになったコピー用紙の束は、明日の総会の資料を印刷したもの。

 予備も含めて八五〇人分を印刷したそれらを、役員総動員で冊子にしていく。


「ひとり一四〇人分くらい作れば終わるから頑張ろう」


 焼け石に水だと分かっているけれど、私はそう、役員たちを勇気づけた。


「数値化されたことで、むしろやる気が低下しているんだが?」


 アヤセは文句を言いながらも、出来上がった冊子の左隅に、次々とホッチキスを打ち込んでいく。

 今日は無理を言って穂波ちゃんにも来てもらっているので、五人がかりでとにかく用紙を順番通りに重ねていく。

 それをアヤセの目の前に積み上げて、次々と綴じてもらうという作戦だ。

 ホッチキスを持ったり置いたりするという作業が思いのほかタイムロスになるので、大量の資料を作る時には、束ねるひとと綴るひととで、役割分担をするのがセオリーとなっている。


 そんな話を聞いて「あれ? ひとり足りなくない?」と思った人は、今期生徒会の人員をよく理解している。

 七名いる役員のうち六人が資料作りに没頭している間、残りのひとりである毒島さんは、作業の邪魔にならない位置にある会長デスクに座って、ノートPCとにらめっこしていた。


「なんか、書記のお株を取られた気持ちなんだが?」

「そう思うなら、タイピングもっと上手くなりなよ」


 今日は文句ばっかりなアヤセに、私は冷ややかな視線を送る。

 彼女は「それはヤだね」とでも言いたげに舌をべっと出して、空になったホッチキスの針を入れ替えた。


 一応、名誉のためにも言っておくと、私は毒島さんに会長の座を明け渡したわけではない。

 現役員の中で一番PCの扱いに長けた彼女に、歓迎会で使う在校生アンケートのプレゼン資料をまとめて貰っているというだけのことだ。


 昨日、全員が生徒会室に集まってから行われたアンケートの開票は、それはもう白熱した。

 どちらかと言えば悪い意味で。設問募集の時と同じように、面白い回答を通り越して、珍回答ばかり。

 仕分けるのも大変だし、そこから使えるものを拾うのも大変だし。

 結局、下校完了時刻間際に職員室に走って、時間外作業の許可を貰ってくるはめになった。


「昨日は本当にすみませんでした。私も生徒会のほうに来るべきでした」


 穂波ちゃんが、資料の束を手にしゅんと肩を落とす。

 私は今度こそ元気づけるように、はっきりと首を横に振った。


「むしろ、今日来てくれた方がありがたいよ。昨日は何人いても同じだったと思うし」

「それは言えてる」


 私の発言に、アヤセが頷きで援護をくれた。

 穂波ちゃんもそれで多少は安心してくれたのか、いくらかすっきりした表情で、遅れを取り戻すように黙々と束を作っていく。


「ところで会長。アンケートの発表はタイムスケジュールのどこに入れるんです? プレゼンターは? PCの操作は誰が?」


 せっかく丸く収まったところに、毒島さんの質問が矢継ぎ早に飛んできた。

 私は作業の手は休めずに、口先だけで答える。


「スケジュールは、視聴覚委員の動画の前に入れるつもり。スクリーンを使う企画はまとめてしまいたいし、アンケートの結果発表の後に、実際の映像を見て貰ったほうが良いかなって」

「それは良い判断だと思います」


 毒島さんもまた、キーボードを叩く手を緩めることなく返事をくれる。

 なんだかキャリアウーマンみたいだ。

 ちょっとカッコいいとさえ思う。


「プレゼンターは……どうしようかな。私でもいいけど、アヤセやる?」

「そこは会長閣下がやっとけよ」

「じゃあ、企画の責任をもって私が。PC操作は毒島さんにお願いしようかな。ページ送りのサインだけ後で決めておこう」

「分かりました。ではそれで。ところで、視聴覚委員の方は大丈夫なんですか? 私、手が回らなくって完全にノータッチになってしまいましたけど……」

「それなら先週のうちに進捗確認しといた。前日……まあ、今日のことだけど。最悪、泊まり込みで作業するから大丈夫だって」


 その言葉に、毒島さんも流石に視線を画面からあげて、私を見る。


「それって大丈夫なんですか?」

「大会の前とか、学園祭の前とかいつもそんな感じだから大丈夫だって強く言われたから。さっきも覗いたら、頭に冷えピタ張って作業してたよ」

「間に合うなら、それで良いんですけど……泊まり込みだなんて仰々しいですね」


 毒島さんはそれで納得したようだけど、たぶん泊まり込みってのは誇張じゃなくてマジだと思う。

 だってさっき、今日の時間外活動の申請をしに行った時に、合宿の申請をしている視聴覚委員長を見かけたから。

 お尻に火がついているのは、どうやらみんな同じのようだ。


「歓迎会……たのしみ、です」

「結局アンケートは見ちゃったけど、ほかに何やるかは知らないもんね」

「うんっ」


 宍戸さんと穂波ちゃんは、笑いながら、どちらからともなく頷き合った。

 穂波ちゃんって、同級生相手だとタメ口になるんだな。

 大半のひとはそうだろうけど、なんだか新鮮だ。

 確か、宍戸さんもそうだったな。

 前に穂波ちゃんと話しているとき、年相応な言葉使いだったのを、ぼんやりと覚えている。


 私とユリに出会ったから、この学校で生徒会に入りたいと思ってくれた少女。

 贔屓するつもりはないけれど、そう言われたらいつものおっかなびっくりな態度も、会話しているときのレスポンスの悪さも、可愛い後輩フィルターを通して目をつぶれるというものだ。


 ちなみに彼女のことは、昨日家に帰ってから寝る前に通話でユリに伝えた。

 寝る前に通話っていうのが、個人的にポイント高い。

 ユリは、宍戸さんが鎌倉ちゃんだったと知ると、なんだか腑に落ちた様子で激しく頷いていた。

 思い返せば、彼女が宍戸ちゃんのことを見た時、どっかで見たことあると言っていた。

 喉元に引っかかっていたものがとれて、さぞ清々しい気分だっただろう。


 お礼をしたいと言っていた宍戸さんの希望も伝えると、ユリはすぐにでも会いたいと言ってくれた。

 とはいえ今週は忙しいし、週末からはゴールデンウィークだしということで、セッティングは連休が明けてからということになった。

 チア部もいよいよ本格的な練習がはじまり、連休中も合宿があるということだった。


 今週はお昼休みも作業を行っていたので、全くと言っていいほどユリに会えていない。

 ゴールデンウィークもほとんど会えないことが分かっているとなれば、すっかりユリ不足だ。

 ぶっちゃけ今すぐにでも会いに行きたい。


「会長閣下、手が止まっておられますぞ」


 アヤセの大臣風の掛け声に、私はふと意識を取り戻す。


「うむ。苦しい」

「そうはっきり言うなよ……こっちも苦しくなるだろ」


 彼女は泣きそうな顔で鼻をすする真似をしながら、いつ終わるか分からないホッチキスを打ち続けた。

 思わずこぼれた本音が周りに伝播していって、部屋の中にダウナーな空気が溢れる。

 それを必死の思いで振り払おうとしたのは、二年生役員の金谷さんだった。


「う、打ち上げ! こんだけ大変な思いをしたんですから、総会と歓迎会が終わったら打ち上げしましょう! ね!」


 同意を求めるように、映画で役員ひとりひとりの顔を見る。

 私と来たら、頷き返すのも億劫なくらいのユリロスに打ちひしがれていたけれど、その提案に真っ先に賛同したのは、思いもよらない人物だった。


「それはいいですね。私も賛成です」


 毒島さんが、疲れを吹き飛ばすみたいに両手をうんと高くあげながら頷いた。


「狩谷生徒会になってからは、そういうことをまったくしてませんし、たまには親睦を深めるのも良いんじゃないですか?」

「ですよね! 一年生も入ってくれたし、生徒会の歓迎会ってことで……ね、会長!」


 金谷さんのキラキラした瞳が私を見る。

 なんだか断れる雰囲気じゃなくって、私は半ば強制的に頷かされていた。


「じゃあ……ゴールデンウィークのどこかで。一〇連休もあるんだし、一日くらいは予定が合うとこあるでしょ」


 逃げるように視線を逸らして、傍らのアヤセを見る。

 彼女は二ッと歯を見せるようにして笑った。


「んじゃ、決まりだな。何する? 花見のシーズンは流石に終わりだし、打ち上げの王道でサイゼでダラダラするって手もあるけど」

「それなら私、行ってみたいところがあります」

「おっ、副会長、何ですか?」


 すっかり元気を取り戻した金谷さんに、これまたすっかり乗り気の毒島さんは、穏やかな笑顔を浮かべて答える。

 あの顔、どっかで見たことあるなと思ったけれど。

 去年の選挙ポスターのそれに瓜二つであるのと一緒に、彼女が冷ややかに怒っているときのそれと重なった。


「カラオケ」


 毒島さんの提案に、役員みんなから感嘆のため息がこぼれる。

 特に反論が出ないこの感じ。

 すっかりそれで決まりだという雰囲気だった。

 この面子でカラオケとか……私は不安でしかないのだけれど。

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