放課後の生徒会室に、役員たちが一堂に会した。
こうして全員が顔を合わせるのは、一ヶ月ぶりのことになる。
会長である私と、副会長の毒島さん、書記のアヤセ。
下部役員は二年生がふたり。
金谷さんと銀条さん。
そして今日から、新しく一年生がふたり加わる。
「一年六組、八乙女穂波です。八つの乙女に、稲穂の穂に、海の波。よろしくお願いします」
穂波ちゃんが相変わらずの口上を述べて頭を下げた。
現役員たちからささやかな拍手が送られる。
「一年六組……宍戸歌尾です。よろしくお願いします」
次いで、宍戸さんが頭を下げる。
同じように拍手が送られて、無事に顔合わせは終了した。
「ふたりとも、今日から部活も始まるけど良かったの?」
無理をして来てくれたのだとしたら、なんだか申し訳ない。
私の質問に、穂波ちゃんが頷いた。
「顔合わせもありましたけど、なんだか忙しそうだったので、こちらのお手伝いの方が良いかなと思いまして」
「めちゃくちゃ助かる。ありがとう。宍戸さんもね」
「歌尾……じゃなくて、わたしは、今日は部活がなかったので大丈夫です」
宍戸さんは相変わらず視線を逸らしながらだったけれど、答えてくれた。
答えながらどんどん身体が縮こまって、最後の方は消え入りそうな声だったけれども。
ひとしきりの挨拶が終わって、毒島さんが私を見た。
「それで、今日の配置はどうするんですか?」
「アヤセと毒島さんは総会の資料のまとめ。一年生ふたりはその補助についてくれるかな」
四人が頷いてくれたのを確認してから、私は残る二年生ふたりに向き直る。
彼女たちの前には、ついさっき昇降口前から回収してきた投票ボックスが置かれていた。
「それで、残った私たちの仕事はこれの仕分けだね」
ボックスの横には、取り出した投票用紙が山になっていた。
自由参加で募集した、在校生アンケートの設問案だった。
こんもりと積み上がった用紙の束を見て、アヤセが口笛を吹く。
「思ったより集まったな。これが南高生の底力か」
「どっちかって言うと、馬鹿力でしょ」
いや、アホ力かな。
何にせよ、時間がない中でこれだけの案を出してくれたのはありがたいことだ。
クラスメイトを中心に、案を出してくれるようにと多少の直談判をしたのが吉と出たようだった。
「問題は、その中からどれだけ使えるものがあるかという話ですね」
そう語る毒島さんの懸念は、私の中にもあったものだ。
ノリよく案は出してくれたけど、うち冷やかしみたいな回答も、きっと沢山あるだろう。
そんな闇鍋みたいな投票箱の中身から、使えそうなものを拾っていかなければならない。
「よっぽど変なのじゃなければ採用検討に回しても良いと思うけど……とりあえず三人で手分けして、それぞれ五個くらい候補を出せたらいいかな。個人のセンスで選んでいいよ」
「会長。いきなり目に付いたものに『南高生の平均的な経験人数は何人ですか』って書いてあるんですけど」
「そういうのは、とりあえず除けといて。迷ったら、そのつど聞いてくれていいから」
「わかりました」
とは言え、ウチの学校のノリ的には、一個二個くらいはそういうのがあってもいい気もする。
銀条さんが挙げたそれは、流石にどうかと思うけど。
その辺も、他の仕分けが終わってから再検討したい。
「仕分けはできるだけ早く終わらせるから、そしたらアヤセ、アンケート用紙の作成お願いね」
「私い!? 総会資料の作成もあんですけどお!?」
「PC二台しかないんだから仕方ないでしょ。頑張れ、狼森書記」
「うへえ……」
アヤセが苦い顔をしながらため息をついた。
「アンケート用紙なら昨日、家のPCでテンプレートを作ってきたので、良かったら使ってください」
毒島さんが、鞄からUSBメモリを取り出して、アヤセの前に置いた。
アヤセは震える手でそれを掴むと天に掲げた。
「心炉ちゃん、天使かよ……」
「会長から草案の共有があったときに、こうなることは目に見えていたので」
「ありがと、毒島さん」
素直にお礼の言葉を口にする。
毒島さんはちょっと得意げな表情を浮かべてていたけれど、すぐにそそくさと立ち上がって、棚から資料になるファイルを取り出し始めた。
照れ隠しかな。
「あの、ひとつだけ、いいですか……?」
他のみんなも流れで作業に取り掛かろうとした時、宍戸さんが胸の前で手を挙げた。
「どうしたの?」
私は、できるだけ当たり障りがないように、過不足の無い言葉で返す。
宍戸さんは、生徒会の面々の顔をうかがうように視線を巡らせてから、控えめに尋ねた。
「役員の方は、ここにいる方で全員ですか……?」
「そうだね。今日は全員来てくれたから」
頷き返すと、彼女は戸惑った様子で再び部屋の中を見渡した。
「えっと……オリエンテーションのときに星先輩と一緒にいた、チア部の先輩って……?」
質問の意図が読み取れず、返事にはちょっとだけ時間が必要だった。
つい最近のことだけど、とっくに薄れ始めていた記憶の片隅を掘り起こす。
あの時、一緒位に居たチア部って言うと……ああ、ユリのことか。
「彼女は役員じゃないよ。あの時は、ヒマしてちょっかいかけに来てただけ」
そう告げると、宍戸さんは驚いたみたいに目を丸くした。
「あっ……そ、そう……ですか。ごめんなさい……その、私、勘違いしちゃって……」
「いや、いいけど。ユリに何かあった?」
「あ……ユリ先輩っていうんですね。じゃなくって、その……なんでもないです。大丈夫です」
そう言って、謝罪のつもりなのか、彼女はひとつお辞儀をすると、先ほどの指示通りにアヤセたちの補助についていった。
すごく残念そうな表情を浮かべていたのが心に引っかかる。
今のって、何のどういう確認だったんだ。
なんだか釈然としないので、同じように持ち場につこうとしていた穂波ちゃんをそっと呼び止める。
「どうしましたか?」
「いや、宍戸さんのこと、よろしくねって言おうと思って」
「はい。ふたりで一緒に頑張ります」
彼女は安定のポーカーフェイスで頷いてくれた。
その平常運転っぷりがじんわりと心に沁みる。
はじめこそ苦手に思ってしまっていたけれど、私は案外彼女のことが好きなのかもしれない。
もちろん人間性的な意味で。
素直だし。
裏表……は、あるかどうか分からないくらい平坦だけど。
「さて、それじゃあ私たちもはじめよう」
気持ちを切り替えて、二年生ふたりと一緒に用紙の束と向かい合う。
もしボツばっかりで、使えそうなのがなかったらどんな質問をでっちあげようか。
一年生たちに、これからの学校生活で気になることをいくつか挙げて貰うのもいいかもしれない。
新歓の手伝いはしなくていいとは言ったけど、そういう方面なら力を貸して欲しいところ。
「会長。『好みのAV女優を挙げなさい』っていうのがあるんですけど?」
「年齢的に漏れなくアウト」
「ですよねー」
金谷さんが苦笑しながら用紙を放る。
着々と積み上がっていくのは、候補ではなくボツの山だった。
あれ、ちょっと不安になってきた。
穂波ちゃんたちにはもう、今からでも質問を考えてもらっていた方がいいのかもしれない。