目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
4月24日 フライ総選挙

 市街地にある定食屋で、ユリとアヤセのふたりと食卓を囲む。

 今日は三人で、初夏から夏にかけての服を見て回る約束だった。

 午前中から目抜き通りを見て回り、小一時間ほどで時間はお昼前に。

 ちょっと早いけど昼ごはんにしよう、という流れである。


「そんで、企画は決まったのか?」


 卓に一枚しかないメニューを囲むようにして眺めながら、アヤセが尋ねる。

 企画というのはもちろん、昨日彼女に相談していた新入生歓迎会のことだ。

 どこかで聞かれるだろうなというのは覚悟していたので、こちらも用意していた回答を口にする。


「在校生アンケートをやる」

「アンケート?」


 ユリが顔をあげて、私の言葉を反芻した。


「自由回答形式のアンケートを一〇問くらい用意して、朝のホームルームで在校生に配って、放課後のホームルームで回収する。それを生徒会で仕分けして、面白い回答をスライドで発表しようかなって」


 私の説明を聞いて、アヤセが小首をかしげる。


「イメージはついたけど、それって面白いのか? 設問が面白かったら、大喜利みたいになるかもしれんけど」

「うん。だから、設問も募集する」


 私はさも当然のように答えた。


 昨日のアヤセからのアドバイスを受けて、私がたどり着いた答えは文字通りの「まる投げ」だった。

 なんだかんだで彼女に貰ったBプランも、アイディアのもとになっている。

 具体的に、当日までのタイムスケジュールに起こすと以下の通りだ。

 月曜日の朝のホームルームで、アンケートで使う設問を募集する用紙を配る。

 これに関しては自由参加で、考えてくれた人は、昇降口にセットするボックスに投稿してもらう。

 期限は放課後まで。

 それを生徒会でチェックして、面白そうな設問や、学校生活のためになりそうな設問を一〇個ほどピックして、アンケート用紙を作成する。


 次に火曜日の朝のホームルームで、二、三年生にそのアンケート用紙を配る。

 こっちは全員無理にでも参加してもらって、回答は放課後のホームルームで回収する。

 放課後に再び生徒会で仕分け。

 設問ごとに良い回答をいくつかピックアップする。


 そして水曜日は発表するスライドの作成に終始する。

 できれば学校生活をイメージできる写真とかも載せたいけれど、そこは拘るべきところではない。

 最低限の準備なら文字情報だけで済むので、手抜きも可能という目論見である。


「お題から何から全部メンバー任せの笑点ってとこか。あんまり変な回答はこっちで弾けるし、いいんじゃねーの。問題があるとすれば、面白い解答が集まるかどうかだけど」

「ないときは生徒会ででっちあげる。ヤラセ上等」

「黒いな、生徒会長」


 アンケートを取ったという事実さえあれば、誰も疑いはしないだろう。

 疑ったところで、面白ければ許されるような気はしている。


「では、そんなふたりに、あたしからアンケートです!」


 唐突に、ユリがそんなことをのたまった。

 彼女は姿勢を正して、メニューの一角を指さす。


「あなたの理想のミックスフライ定食を完成させてください。ここにフライ総選挙を開催する!」


 その指の先には、この店の看板メニューであるミックスフライ定食の文字があった。

 いくつかあるネタの組み合わせの中から、自分で好きなものを選べるタイプだ。

 向かいから、アヤセが改めてメニューを覗き込む。


「固定がエビフライとコロッケとアジフライで、残りふたつはその日のおすすめから選べるのな」


 その今日のおすすめというのが、ささみ、ミニカツ、クリームコロッケ、イカ、しいたけ、たけのこ、長芋。

 意外と選択肢が多い。


「長芋ってフライにして美味しいの?」


 素朴な疑問。

 ウチで長芋と言えば、千切りにしてポン酢で食べるか、とろろで食べるかのどっちかしかない。


「ウチは焼いて塩振って食うぞ。親父が晩酌のアテで好きみたいでさ」

「火を通すとホクホクするけど、シャクシャクもしてて美味しいよねえ」

「あれなあ。実は嫌いじゃない」


 ユリとアヤセのふたりは、焼いた長芋がいかにおいしいかで盛り上がっていた。

 長芋焼くのってそんな普通のことなの。

 私とふたりの間に、文化の境界線が生まれている。


 というか、固定メンバーが決まっているそれは総選挙と言って良いんだろうか。

 ツッコムだけ野暮?

 そうしてしばらくのシンキングタイムの後、ユリが店員を呼んだ。


「ということで、あたしのオーダーはこれ!」


 ユリが選んだのは固定三種+イカ&クリームコロッケだった。


「あれだけ語ってた長芋はどこいったの」

「クリームコロッケ食べたくなっちゃってさあ。イカは単純にすき」

「これそのまま注文にすんのかよ。まあいいけど」


 流れに乗って、続いてアヤセの注文が通る。

 選択は固定三種+しいたけ&たけのこ。


「だから長芋どこいったの」

「最近ちょっとダイエット中で……」

「だったらそもそもフライを頼むな」


 もっともな意見を言ったはずなのに、アヤセは「でもよお」と言葉を濁した。


「それで、それで、星はどうすんの?」


 ユリに急かされて、私は再びメニューに視線を落とす。

 確かに店員さんを待たせるわけにもいかないし、スパっと決めてしまいたい……とはいえ、こういう「選べる」系の注文はどうにも苦手だ。

 おすすめの組み合わせがあるなら、いっそのことそれを持ってきてほしい。

 そんなことを言っても仕方がないので、選ぶしかないのだけれど。

 こういう時は消去法がベストと決まっている。

 だったら私が選ぶのは――


「じゃあ、ささみとしいたけで」

「ありがとうございまーす」


 注文を取り終えた店員が、厨房へと引っこんでいく。


「渋いチョイスだねえ。その心やいかに?」


 ユリが割り箸をマイク代わりに突き出してくる。


「消去法でささみとしいたけとたけのこに絞った結果、アヤセとモロ被りしないようにしたらそうなった」

「相変わらず天邪鬼だなお前」


 それって誉め言葉。

 ユリは私の答えを聞くと、腕を組んで唸った。


「しいたけとたけのこから、しいたけを選んだのは何でだろ?」

「ああ、それは――」


 店に入る前、入口の張り紙を見たから。

 本日のイチオシ食材「旬のしいたけ」入荷中。

 店のおすすめは私のマストオーダーだ。


「やっぱ教えてやんない」

「がーん! なんで!?」

「私、天邪鬼だから」


 すると、アヤセがギクっとして肩を揺らした。


「あれ、星さんもしかして怒ってらっしゃる?」

「そんなことないけど」


 そう、できるだけ澄ました顔で返してやる。

 アヤセはひとしきりあたふたしてから、お詫びのつもりなのか、セルフのお茶のおかわりを持ってきてくれた。

 心なしかスッキリしたので、今日はそのくらいにしといてやろう。


 やがて、注文の品が運ばれてきた。

 こんがり揚がったきつね色のフライたちが、香ばしい小麦粉と油の香りで誘惑してくる。

 ダイエット中だというのにミックスフライを頼んだアヤセの気持ちが、今なら分かる気がする。


「むむむ……もったいぶられると、なんだかしいたけフライが激レア商品のように思えてくるね」


 ユリは、向かいに置かれた私の皿の中を――主に私のしいたけフライを見つめていた。


「あげないけど」


 一個しかないし。

 ユリも流石に諦めるかと思ったけれど、余計に恨めしい顔で私の顔を覗き込む。


「クリームコロッケと交換でも……?」

「そのトレードだけはありえないんだけど」

「せめてひと口! ひと口だけでいいから!」


 何がそんなに彼女を突き動かしているんだろうか。


「ひと口くらいなら良いけど……」


 と言ってもナイフはついてないし、コロッケなんかと違って箸でふたつに分けるのは至難の業だ。

 どうしようか決めあぐねていると、ユリが食卓に身を乗り出した。


「あーん」

「なにしてるの」

「だから、ひと口、あーん」


 彼女は、大きく開けた自分の口を指さす。

 そう来たか。

 うーん。

 いろんな意味で箸が揺れ動く。

 迷い箸。

 それは意味が違うか。

 迷いに迷った末、私は箸でつまみ上げたしいたけフライを、彼女の口に突っ込んでやった。

 ユリは、器用にがぶっと、半分くらいを齧り取る。


「あっ、おいしい! あれだね! しいたけの味だね!」

「しいたけ以外の味がしたら困るんだけど」


 平静を装って答えたけれど、触らなくても分かるくらいに心臓がバクバクと高鳴っていた。

 やり遂げた。

 今度はちゃんと。

 箸を伝ってきた彼女の咀嚼する感触に、指先がぞくぞくする。

 これが新しいプレイか。

 いやいや、新しくも何もなく、そもそもそういうプレイだって……だめだ、反射と思考がかみ合わない。

 私はポンコツアンドロイド。


「じゃあ、お返しにこれあげる!」


 脳みそOSの再起動をしていたら、口の中に何かを突っ込まれた。

 完全な不意打ちに、まるごと全部を頬張ってしまう。

 独特のぐにゃぐにゃした食感。

 ごくんと飲み込んでから、それが何だったのか思い至る。

 これイカだ。


「あれ……ごめん、全部食べちゃった」

「いいよいいよ。そう言えば今日、ウチ、イカフライの予定だったから」

「じゃあ、なんで頼んだの」


 普通に食べちゃったけど、今、あーんされた。

 えっ、もうちょっと味わえば良かった。

 というか私、あーんて言ってない。


「言いたかった……」

「えっ?」

「あーんって言いたかった……」

「えっ、あっ、ごめん」


 きょとんとするユリをよそに、私は魂が震えるままに、その悔しさを噛みしめる。

 そんな私の気持ちなんて知らないで、アヤセが箸の先で私たちを交互に示す。


「お前らふたりでイチャコラしよってからに! くそー、星、私にもなんか寄こせよ。その半かけのしいたけでいいから」

「ダメ。これだけは絶対にダメ」


 アヤセに奪い取られる前に、残り半分のしいたけフライだけは断固として死守する。

 あーんが無意識だった分、この食べかけのしいたけだけは味わってやるんだ。

 絶対に。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?