時間がない。
とにもかくにも時間がない。
生徒総会まで一週間を切って、それなのに進まない準備に、いくばくかの不安と焦りを覚え始める。
総会そのものはまだいい。
こっちの準備はほとんど終わっていて、週が明けたらアヤセと毒島さんにフル稼働してもらって、A4数枚程度の資料に議題をまとめてもらうだけとなっている。
ギリギリと言えばギリギリだけど、これまでの温度感からすれば十分に許容範囲内。
問題なのは新入生歓迎会の方で、例の新企画の草案というやつが、私の中では今でも白紙同然の状態だった。
この数日の間に何ひとつ思いつかなかったわけじゃない。
ただ、どれも草案にまとめる前の時点でボツだと判断できたというだけだ。
ネックになっているのは、結局のところは準備期間。
何か出し物をするにしても、生徒から何かを募ったり、準備をお願いしたり、それを形にまとめたり……そういう時間が圧倒的に足りない。
使えるのは、月曜日から水曜日までの三日間。
求められる企画は「生徒会が頑張れば準備できるもの」というわけだ。
そんな条件が課されてしまうと、思考の幅が一気に狭まる。
机にかじりついていてもらちが明かないと気づいて、気分転換とネタ探しに外に出ることにした。
どうせこの後にバイトがあるし、ちょっと早めに、散歩がてら外をぶらつく。
しばらくの間、春なんだか冬なんだかよくわからない気候が続いていたけれど、今日はずいぶんと過ごしやすい気温だ。
きっと、バイト先のテラス席も賑わっていることだろう。
今日は忙しいかもな。
バイトの時間も片手間でネタを考えようと思っていたけれど、その余裕はないかもしれない。
住宅街をぶらぶらと歩く。
桜の木は青々とした若葉をつけはじめて、ピンクとグリーンのコントラストが、また違った美しさを演出する。
さっと風がひとつ吹くたびに、ひらひらと花弁が舞うのも情緒的だ。
なんて、季節の移り変わりに心を奪われている場合ではない。
私は鞄からスマホを取り出すと、メッセージアプリの連絡先リストを開く。
スクロールで流れていく名前たち。
その中のひとつで、はたと指が止まった。
狩谷明。
思わずタップしかけたけれど、ギリギリのところで思いとどまった。
姉に相談するのは、なんだか負けた気がする。
スクロールを再開しようとしたところで、メッセ―ジの通知が入った。
あまりのタイミングに姉かと思って身構えたけど、予想は外れてアヤセからだった。
――来週って総会準備って、水曜まで全部開けといた方がいい?
ごく普通の事務連絡。
でもなんか救われた気分になって、私は通話ボタンをタップした。
彼女もスマホを手にしていたのだろう。
すぐに繋がる。
『おーす。どした。生徒会の件ならメッセで返してくれても良かったんだけど』
「ちょうど時間あったから。それで、できればアヤセと、あと毒島さんには全日出て欲しいと思ってるんだけど、何か予定あった?」
『いや、予定があるわけじゃねーけど。部活の新歓をいつ入れようかって他のヤツらと話してただけだから、確認しといただけ』
「そうなんだ。どうにかなりそう?」
『こっちはいつでも問題ないやつだから、次の休みん時に入れることにするわ。わざわざサンキューな』
話がひと区切りして沈黙が流れる。
そのまま通話を切られてしまいそうだったので、ちょっと食い気味に言葉を漏らした。
「ついでなんだけどさ。ちょっと、相談があって」
『学校の方の新歓のこと?』
結構、勇気を出して言ったはずなのだけど、彼女には一瞬で見抜かれていた。
隠し立てするのも無意味なので、私は「そう」と短く答える。
「企画が決まらなくってさ。時間もないし、どうしようかなって」
『うーん、まあ三日しかねーからな。大したことはできないよな』
通話口の向こうで、アヤセが小さく唸る。
『逆にさ、別に大したことはしなくてもいいんじゃね?』
「ん……? ごめん、どういうこと?」
『入念な準備が必要なすっごいことじゃなくって、その場しのぎみたいなくだらねーことでもいいんじゃねってこと。高校生の浅知恵なんだし、どう頑張ってもたかが知れてるって』
それは、どちらかと言えば消極的な考え。
でも、たぶんそれじゃダメなんだろうなと、漠然とした反骨心が私の中にはある。
「去年よりは面白いものにしたいっていうか、しなきゃいけないから。何かこう、キャッチーな企画じゃないと」
『じゃあ、小さなネタをとにかく沢山やるとか。それこそ一瞬で終わるような、一発ギャグレベルのでもいいからさ。数を打てば、どれかは気にいって楽しめるだろ』
なるほど、そういう考え方もある。
すっかり、何か大きな目玉企画をひとつ打ち立てようとしていた私だったけれど、同じ時間内で小ネタを沢山用意するというのはアリかもしれない。
その数を考える労力はいるけれど、「小ネタ集にする」という柱さえ決まれば、具体的な案出しは生徒会みんなの力を借りることもできるだろう。
「それ、いいかも。Bプランとして貰っとく」
『Bプランかよ。まあ、いいけど』
悪くはないし、むしろ良いくらいだけど、「これだ!」ってほどでもない。
たぶん、具体的な中身が何ひとつ決まってないせいだろう。
言うなれば「今年もエムワン開催します!」っていうの告知だけされて、実際にどんな出演者がいるのかは分からない間の、ふわふわした期待に似ている。
『あとはもう、星がどんな会にしたいと思ってるのかってとこだろな』
「どんな会、か」
その言葉に、企画案が煮え切らない理由のすべてが込められていたような気がした。
「とりあえず、なんか強烈な印象に残るような会にはしたいと思うけど」
『印象に残るじゃなくて、強烈なってのがお前らしいわ』
真面目に答えたつもりだったのに、なぜか笑われてしまった。
「でも強烈な印象を残すには、入念な準備が必要でしょ。今の生徒会のメンバーだけじゃ、それはちょっと難しいかなって」
『うーん。確かに今から周りのやつらにいろいろ手伝って貰うのは急だし、気はひけるけど……別にいいんじゃねえかな。大変なことは大変だろうけど、誰も気にしないだろ』
「そうかな?」
『案外、ノってくれるかもな。お前はもっと学校のやつらを信用しろって』
アヤセの説教が耳に痛い。
反論があるとすれば、信用はしている。
ウチの学校に通うヤツらのアホさ加減については。
ただそれを、こういうところでパフォーマンスとして発揮してもらえるのかどうか。
それについてが、私の認識では未知数というだけのことだ。
「ありがと。なんか、もうちょっとぶん投げちゃってもいいのかなって、軽い気持ちにはなれた」
『そりゃよかった。ところでお前、そろそろバイトじゃねーの』
はっとして、スマホを耳から外して画面を見た。
シフト入り一五分前。
まずい、ギリギリだ。
「ごめん、そろそろ行かないと」
『んじゃ、こっちも切るわ。じゃーなー』
どっちからともなく通話を切って、私はスマホを鞄に放り込んだ。
そこまで遠い場所ではないけれど、着替えも考えたらかなりギリギリだ。
ちょっと走った方が良いかな。
歩くよりも、もっとちゃんと疲れる運動をした方が頭も冴えると言うし。
汗をかかない程度にだけ気を付けて、私はバイト先へと急いだ。