目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
4月21日 新しい風…?

「星先輩、こんにちは」


 ノックからのすっかりお馴染みの流れで、穂波ちゃんは今日も生徒会室へとやってきた。

 昨日は顔を出さなかったので、これで通算三回目か。

 なんだかすっかり、ここの住人になっている気がする。


「中に入らないの?」


 入口に突っ立ったままの彼女に、私は座ったまま声をかけた。

 手元には白紙のメモ帳。

 歓迎会の企画アイディアを練ろうとして、何ひとつ思いついていない惨状の痕跡だ。


「入りますけど、今日は友達を連れて来たんです」


 そう言って穂波ちゃんは。廊下に立っていたらしい少女の手を引いて、部屋の扉をくぐる。

 友達と称された彼女の、その桜色のカーディガンに、私は見覚えがあった。


「えっと、確か……」


 記憶を掘り起こすために、つい彼女の姿をじっと見つめてしまう。

 その視線に、少女の肩がびくりと揺れた。

 背格好は穂波ちゃんと同じくらいなのに、しなやかななで肩と、丸まった背中のせいか、彼女の方がよりちまっとしているように見えた。


 確か、部活動オリエンテーションの時に、生徒会ブースを訪ねてきた子。

 何か用事があったようだけど、結局何も言わずに帰ってしまったのが妙に引っかかっていた。


「知り合いだったんですか?」


 私と、桜色の少女との間の微妙な空気に、穂波ちゃんは首をかしげる。


「知り合いってほどじゃ……会話とも言えないような言葉を交わしたくらいだし」

「あ、あの時は、すみませんでした……」


 少女もちゃんと記憶にはあるのか、小さな背中をもっと小さく丸めて頭を下げる。

 その隣で、穂波ちゃんがショックを受けた様子で、肩をがっくり落とした。


「私、すっごい勇気を振り絞ったのに、さらっと先を越されてた……」

「だから、そういうんじゃ……って、ああ……その子なんだ?」


 先日、穂波ちゃんが私やアヤセに相談してたクラスの子。

 断片的に散らばっていた情報が、頭の中で少しずつ形を成していく。

 何のことか分かっていないだろう本人は、頭の上に思いっきり「?」を浮かべていた。

 彼女には悪いけれど、これ以上語るのは野暮というものなので、口を噤んでおく。


 穂波ちゃんは、部屋に引っ張り込むために握ったままの少女の手を軽くゆする。


「とりあえず、自己紹介でも」

「あっ……うん、そう、だね」


 桜色の少女は、ひどく緊張した様子で片手は穂波ちゃんの手を、もう片方の手は自分の胸元のタイをぎゅっと握りしめた。


「し、宍戸……歌尾、です。一年生です。よろしく、お願いします」

「うん。生徒会長の狩谷です」

「はい、知ってます……あの、入学式で……でも、会長さんだったんですね」


 最後の発言の意味がよく分からなくて、私はふと考え込んでしまった。

 だけど、宍戸さんの方も、別に私に向けた発言ではなかったようで、それ以上先を言及されることもなかった。


「歌尾さん、もうひと声」


 すると再び、穂波ちゃんが宍戸さんの手をゆする。

 急かされたようになった宍戸さんは、タイを握る手にさらに力が籠っていたけれど、やがて大きく深呼吸をして、私を見つめた。

 正しくは、ばっちりアイtoアイではなくって、私の手元の辺りを視線が泳いでいたけれど。


「歌尾……じゃなくて、わたし、生徒会に入りたいんです。だから……よろしくお願いします!」


 ずいぶん勿体ぶるものだから、告白でもされるんじゃないかと思わず身構えたけれど。

 蓋を開けてみたら、なんてことはない入会の希望だった。

 すっかり肩透かしを食らった私は、大きく息をつきながら椅子に深く腰掛けて、こくこくと頷いた。


「うん、いいよ。人手は足りないし歓迎」


 すると、それまで暗かった宍戸さんの表情が、ぱっと笑顔で華やぐ。

 それから、勢い任せみたいなお辞儀を何度も繰り返した。


「ありがとうございます……!」

「希望が叶って良かったね、歌尾さん。来て良かった」

「うん……一緒に来てくれて、ほんとにありがとう」


 宍戸さんは穂波ちゃんの両手を取って、小躍りしそうな勢いでぴょこぴょこと跳ねる。

 一方の穂波ちゃんはというと、相変わらず何を考えてるのか分からない仏頂面で、ちらりと私のことを見た。


「あ、私も正式に役員になってもいいですか。部活優先にしたいので、普段から来るのは難しいと思いますけど」

「見ての通り、他の役員もそんな感じだから、それでいいよ」

「はい。じゃあ、よろしくお願いします」


 穂波ちゃんは会釈みたいな礼をして、それから、はしゃぐ宍戸さんをそれとなくなだめた。


「宍戸さんはもう、部活は決めたの? ウチの生徒会は部活扱いじゃないから、部活は部活で属してもらわないといけないんだけど」

「はい……えっと、料理愛好会に入ろうと思ってます。オリエンテーションの時に、なんだか良いなって思ていたので……活動は週二回くらいと聞いているので、両立できる……と思います」

「決まってるなら、それでいいんだけど」


 料理愛好会……あったな、そんなの。

 本校の部活システムは三段階で、部と、部への昇格を控える同好会、そしてその同好会への昇格を控える愛好会だ。

 立ち位置としては、学校の公式な組織として認められて、寸志程度の年間活動費が出る程度。

 この間確認した予算草案にも、確かにその名前は刻まれていた。


「今週は見ての通り、みんな部活の勧誘で忙しいから、本格的に手伝って貰うのは来週からかな。生徒総会直前で忙しいから、来れるなら来て欲しいけど、無理はしなくていいから」

「わかりました」


 ふたりの新入生は、どちらからともなく頷く。


「あの……来週は役員の方は、みなさん来るんですか……?」


 宍戸さんの問いかけに、私はちょっぴり曖昧に頷く。


「でもたぶん来てくれるとは思う。だから、他の役員との顔合わせはその時かな」

「そう、ですか。ありがとうございます」


 そう言って彼女は、なんだかもじもじとしながら、自分の手元を見つめた。


「あと、一緒に新入生歓迎会の準備もしてると思うけど……まあ、そっちは気にしなくていいから。役員になってくれたとは言っても新入生なんだから、大人しく歓迎されといて」

「あはは……」


 宍戸さんが苦笑する。

 これくらいの冗談は、ちゃんと冗談として受け取ってもらえるみたいだ。

 ここ数日でコミュ力の差というものを、嫌というほど思い知らされた私は、ちゃんと軽いジャブを打つことを覚えた。

 人間とは成長する生き物である。

 反応を見つつ、私はデスクの引き出しから役員入りの申請用紙を二枚取り出して、二人に手渡した。


「これにクラスと名前を書いて担任の先生に渡してもらえれば、それで申請は済むから。あと宍戸さん、連絡先聞いても良いかな。アプリとかでいいから」

「あ、あの……歌……わたし、ガラケーなんですけど……いいですか?」

「ガラケー!?」


 思わず大きな声が出てしまった。

 びっくりした宍戸さんが、怯えたように縮こまってしまったので、私は小さく「ごめん」と謝っておいた。


「ああ……じゃあ、教えるの嫌じゃなければキャリアのアドレスでも。むしろ、私の方が使い慣れて無くて、手間取っちゃったらごめん」

「あ、いえ、いいんです……これ、私のアドレスです。電話番号もどうぞ」


 そう言って彼女は、二つ折りのガラケーの小さな画面で、個人情報満載のユーザーページを私に見せてくれた。

 宍戸歌尾。

 なるほど、字はこう書くのか。

 初めてまともに使うんじゃないかっていう連絡帳に、フルネームで写させてもらった。


「じゃあ、何かあったら私から連絡させてもらうから。えっと……これで、ちゃんと届いてるかな」


 テスト送信したメールの本分に、私の名前と電話番号を添える。

 若干のタイムラグを置いて届いたらしいメールを、宍戸さんはすぐに開いて確認してくれた。


「セイって、星って書くんですね。綺麗な名前……」

「うん、ありがとう」


 改めて言われるとちょっと照れくさいけれど、彼女の表情がいくぶん和らいだような気がして、私は胸をなでおろした。


「星先輩、私のアドレスも持っておきますか?」


 ぽつりと、傍らの穂波ちゃんが尋ねる。


「穂波ちゃんのなら、この間、交換したでしょ」

「じゃなくて、メールとか電話とか」


 言いながら、彼女はセーラー服のポケットに入っていたスマホを取り出し、スタンバイする。

 それは宍戸さんに張りあっている――のではなく、単純に買って貰ったばかりのスマホの機能を、いろいろ使ってみたいだけのようだった。

 無表情ながらも爛々と輝く彼女の瞳が、そう物語っていた。


「じゃあ、緊急用ってことで一応」


 その気持ちは汲み取ってあげて、私はいつ使うか分からない、彼女の連絡先を手に入れた。

 メールアドレスに電話番号なんて、ユリやアヤセのすら持ってないのに。

 でも、緊急用って意味では貰っておいてもいいのかもしれない。

 何かの間違いでアプリを消してしまったり、そういうこともあるかもしれないし。

 新しい出会いには新しい学びがあるもんだなと、月並みなことを思う一日だった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?