なんか今週はずっと、生徒会室に引きこもってるな。
誰もいない部屋でぼんやりと本を眺めていると、遠巻きに威勢のいい運動部の掛け声が聞こえる。
あれは何部だろう。
何かしら特徴的な音が混ざってこないと、全部同じに聞こえてしまう。
穂波ちゃんも流石に三日連続で来るようなことはなく、今日は静かにソロ活動の日だ……と思っていたら、毒島さんが部屋にやってきた。
「ほんとに生徒会室にいたんですね」
「ほんとにって何?」
「アヤセさんに、たぶんここに居るだろうって聞いていたので」
またあいつは、人の個人情報を……公共施設にいる時点で、プライバシーも何もないけれども。
「何か用事あった?」
「用事があるのはむしろ、会長の方だと思いますけど」
お誕生日席のデスクに座る私に対して、毒島さんは長テーブルの一席に腰かけて、じっとりと私を見つめた。
「特に心当たりがないんだけど」
「歓迎会の企画は進んでるんですか?」
言われて、ぽんと記憶に思い当る。そう言えば、生徒総会のあとにあるんだっけ。
新入生歓迎会。
「今思い出したって顔してますね」
「記憶にはあったよ」
忘れていただけで。
「じゃあ、具体的に何をするか考えてますか? とりあえず総会から引き続きの、講堂の使用許可は取れてますけど」
「今まではどんなんだったっけ」
「そう言うと思って、去年のタイムテーブルは打ち出しときました」
毒島さんは、鞄からクリアファイルを取り出すと、純白のコピー用紙を一枚取り出す。
そこにはPCで打ち出して印刷したらしい、会のタイムテーブルが記されていた。
「そのファイル、どこで買ったの」
だけど私と来たら、ありがたい資料よりも、どうしてもそっちの方が気になってしまった。
なんか、すごく色んな色のペンキをぶちまけたみたいな、カラフルな絵が描かれたクリアファイル。
なんか見たことあるなと思ったら、前に彼女が着ていたTシャツにどことなく似ている。
デザインが名状しがたすぎて、同じかどうかの判断は私にはできない。
「以前も似たようなこと聞かれた気がしますけど、美術館とか行った時にですよ……変ですか?」
「いや……いいんじゃない。アートだね」
「余ってるのあるので、良かったら今度、持ってきましょうか?」
「私のなけなしの美的センスじゃ使いこなせないから、いいや」
真顔で断ると、毒島さんは寂しそうな顔を浮かべながら、ファイルを鞄に仕舞った。
Tシャツ同様、それを普段使いするのは難易度が高すぎる。
そんなことより本題だ。
私は印字されたタイムテーブルを、ざっと眺めてみる。
「あの会長だからどんな変なことやってるかと思ったけど、案外無難な感じだね」
「そもそも、歓迎会を歓迎会としてやること自体が、去年が初めてのことでしたからね。それまでは、新年度総会が歓迎会を兼ねてましたので」
「ああ……だから記憶にないわけだ」
私だって新入生だったことはあるわけで。
その時、歓迎会なんて催しがあった覚えはなかった。
それっぽい集まりはあった気がしたけど、あれは生徒総会だったのか。
じゃあ、去年の歓迎会は私、何をしていたっけ……たぶん寝てたな。
「この新入生歓迎ビデオって何?」
「視聴覚委員に作ってもらった、学校の紹介ムービーですよ。各種イベントとかの記録映像を編集して、20分くらいの動画にまとめて貰ってるんです」
「それは今年できるの?」
「先代会長が去年のうちに発注をかけてます。去年のムービーは、個人がスマホで撮った映像を集めて繋いでましたけど、今年の分はちゃんとしたハンディカムで一年を通して撮影して貰ってましたので」
「なるほど」
流石は先代だ。
抜かりがない。
「確認くらいは行っておいた方が良いとは思いますが。お向かいさんですし」
毒島さんは、視線を扉の方へと向ける。
薄い扉の向こう側。
生徒会室と向かい合うようにあるのは、この学校の放送室だ。
各種の校内放送を行う場所だが、その実態は視聴覚委員会の根城である。
「確認は行くけど、先にタイムテーブルを決めちゃおう」
「それに関しては、先代からミッションを預かってます」
「ミッション?」
「昨年より面白い歓迎会にすること――以上です」
ぶっちゃけ去年と同じでいいよねと思っていたけれど、まさかの不意打ちを受けてしまった。
「なにそれ。というか、そんなこと今までひと言も……」
「昨日の夜に、私のとこにメッセージが来たんですよ。会長はほっとくとどこまでも堕落するから、しっかり支えて欲しいって激励も添えて」
この上なく、いらんことをされていた。
「それ、従う必要ある?」
「なんでも去年のうちに『来年はもっと面白くなると思います』って先生たちに言ってあるみたいですね」
なんつう余計なことを……ふつふつと殺意が芽生えそうだ。
「卒業しても手を焼いてくれるだなんて、愛されてますね」
「それは愛じゃなくって呪いだよ」
もしくは生霊だ。
先代の生霊が、私の生活を苦しめる。
「でも、面白くったって何すればいいのかさっぱり」
わざとらしく肩をすくめてみせると、毒島さんは考え込むみたいに小さく唸った。
それに関しての知恵は、生霊から授かってはいなかったらしい。
「やっぱり企画じゃないですか? 去年のタイムテーブルから変えて……ないしは、プラスアルファの新企画」
「それって、今から準備して間に合うものなの?」
そんなことするなら、アヤセや後輩ちゃんたちの知恵も借りたい。
しかし、今週はみんな部活で忙しいとなれば、打ち合わせができるのは来週になってから。
月曜から動き始めても、二八日の総会&歓迎会までの猶予は三日。
いや、無理でしょ。
「なので、草案は頑張って会長がまとめてください。グループチャットで、各自でアイディアくらいは出し合えるようにしておきますから」
「それマジで言ってる?」
「幽霊部員なんだからヒマですよね?」
それを言われたらぐうの音も出ない。
「私も今日は無理を言って抜けて来たんですから、会長も腹をくくってください」
頭の中であれこれ口実を考えてみたけれど、どれも毒島さんの理解を得るのは無理そうだ。
今の私にはなにひとつ、ルールに則った信用がない。
「わかった。何とかする……けど、ほんとに何とかするだけだと思うよ?」
「案さえあれば、みんなで肉付けを頑張りますから。その……無理を言ってごめんなさい」
「いいよ。生徒会長の務めだと思って受け止めよう」
急にしおらしくなった毒島さんに、私は余裕の笑みで答えておいた。
でも、ほんとどうしたらいいんだろう。
この週末は、心が休まる暇はなさそうだ。