今日もバイトのシフトが入っている。
でも、その前に、ユリと一緒にアヤセに旅行のお土産を渡す約束になっていた。
今日はアヤセとシフトの入りの時間が一緒だったので、ちょうどいい機会だった。
バイト先のカフェからほど近いドーナッツ屋でふたりと合流する。
流石に友人との時間をバイト先で過ごす気にはなれず、こっちのお店を使うのはよくあることだった。
学校からは距離があるので、利用頻度としてはそれほど多くはないけれど。
私は、注文したカフェラテとドーナッツふたつを受け取って、先に席をとっているユリたちのもとへ向かった。
「星って、いつもそのふたつな」
机にトレーを置くと、アヤセが中身を覗き込んできた。
皿に乗せられているのは、オールドファッションとフレンチクルーラーが一個ずつだ。
「この二個までは決定事項だから。三つ目を食べたい時は、その時の気分で決めるし」
シンプル・イズ・ベスト。
変にチョコ味なんかがついているよりも、こっちの方が飽きがこなくていい。
「そういうアヤセは期間限定の一個だけ?」
「実家で春用の試作品を食わされまくってさ。カロリー抑え中」
「でも食べることは食べるんだ」
「そりゃ抹茶フェアなんて言われたらさ、私だって京都の風を感じたいじゃないか」
何の因果か、ドーナッツ屋の季節限定商品は宇治抹茶コラボだった。
宇治……そう言えば結局、あの街で緑茶は飲まなかったな。
惜しいことをしたけれど、また行く理由になるからいいか。
「ユリは……って、もう食い終わってるし」
「えっ? あ、ごめん、お腹すいちゃってさあ」
ユリは、最後のひと口だったらしいドーナッツを飲み込むと、自分の財布からレシートを引っ張り出す。
「えーっとね、ゴールデンチョコと、チュロスと、エビグラタンと、あとね……」
「もういいよ。聞いてるだけで胸やけする」
彼女のチョイスはいつもよくわからない。
ゴールデンチョコは必ず頼むから好きなんだろうけど、他は本当に、その場のノリで選んでる印象だった。
「それはそうと、はい、京都土産の宇治の紅茶。あと定番のあぶらとり紙も」
「おう、サンキュ……って紅茶?」
「そう、紅茶」
ユリの行き当たりばったりで立ち寄ったあの店のだ。
手ごろなサイズで興味も引けるので、お土産にはうってつけだと思ったけれど、流石に京都っぽさは皆無なので、あぶらとり紙も買っておいた。
これだけでぐっと京都っぽくなるから不思議だ。
「あたしからはねー、これ!」
「こっちはなんだ。思いのほかずっしり……」
ユリから袋を受け取ったアヤセは、さっそく中身を取り出す。
すると、透明な漬け液に浸された、真っ白い漬物のパッケージが現れた。
「千枚漬け……またなんというか、コアなチョイスだな」
「もう一個あるよ!」
ユリに急かされるように、アヤセは袋に入ったもうひとつのパッケージを取り出す。
そちらは赤い漬け液に浸された、これまた同じ千枚漬け。
「紅千枚漬け……」
「紅白で縁起がいいでしょ?」
「おっ、そうだな。まあなんだ、サンキュな!」
アヤセはすごく投げやりな感じで親指を立てる。
こいつ、深く考えるのを放棄したな。
「まあ、うまいよな千枚漬け。こっちじゃ漬物なんて言ったら浅漬けか、おみ漬けか、からし漬けばっかりだから、酸っぱい漬物って妙に美味く感じるわ」
「わかるー! この駄菓子っぽい感じ、いいよねえ」
「歴史ある郷土品を駄菓子扱いってどうなの」
「なんか、駄菓子でそんなんあったよな。小学校の遠足のおやつ買う時に見た記憶あるわ」
なにそれ。
私は知らない。
知ってたとしても、小学校の時の記憶なんてほとんど残っていない。
「ピクルスでも食ってたら」
「いや、それは米のアテにならんだろ」
「そーだよ、星は分かってないなあ」
ふたり声を揃えての総スカンを食らった。
そんなに言われることか。
そもそも漬物なら断然ナス漬け派なんだけど。
ポリポリするくらい浅く漬けてあるのが好きなので、自家製じゃないとなかなか食べられないのが難点だ。
「そんで、どうだったよ京都は?」
「楽しかったよー! ね、星!」
ユリが満面の笑みで同意を求めてくる。
私はオールドファッションを一口かじってから頷く。
「大変だったけど。そうや、結局テーマって何だったの?」
苦労をしたのだから、いい加減に教えて貰おうと尋ねてみた。
「いろいろ聞かされてたけど、どういうルートで落ち着いたんだ?」
「えーっとね……これ!」
ユリは、スマホの画像フォルダを開くと、京都で撮った写真を日付順にアヤセに見せた。
アヤセはしばらくそれを眺めた後に、ああーと小さく頷いた。
「納得してないで、わかったなら教えてよ」
「まあ、なんだ。京都のアニメ会社の聖地巡礼ってやつ。でも三日目だけは分からん」
「三日目はねー、五つ子ちゃんのやつ。他のルートは被っちゃったから、それだけだったんだ」
「そっちか。そういやユリ、ハマってたもんな」
駄目だ、まったくわからん。
とりあえず、アニメの舞台巡りだったんだろうなってことだけは理解できた。
「楽しかったから良いけど。すみません、カフェラテのお代わりください」
飲み放題のカフェオレをお代わりしている間に、ざっと写真を見終えたアヤセはぐでーっとテーブルに突っ伏す。
「くそー、いいなあー。行きたかったなあー、キョート」
「また次の機会にね。大学生になったら今よりは時間あるんじゃない」
「実家から出ちゃえば、まあなあー」
言葉とは裏腹に、どこか投げやりな様子。
彼女にとっては未来のことよりも、目の前の欲望と向き合う方が難題のようだ。
「それじゃ、卒業旅行は必ず三人で行こう」
そういうわけで、私は目の前にエサをぶら下げてあげることにした。
アヤセは勢いよく跳ね起きて、パチンと指を鳴らした。
「卒業旅行! 良いじゃん。どこいく?」
「バリ島!」
ユリが勢いよく手を挙げた。
「まだ言うかあんたは」
私はユリの横っ面を指先で小突く。
アヤセはドーナッツの最後のひとかけを飲み込んでから、指先をぺろりと舐めて宙を見上げる。
「そもそもバリってなにあんの?」
「えーっとね……青い空、白い海、反り立つ崖」
「それはリアス式海岸」
「そだっけ?」
「星はなんでわかるんだよ……」
アヤセに呆れられてしまった。
なんでわかったんだろ。
自分でもわからん。でも真っ先に思い浮かんだイメージはそれだった。
「まあ、いいんじゃない。暫定バリで。今回は予算の都合でおじゃんにしたし」
「ホント? やったあー!」
ユリは、天を仰いでガッツポーズをした。
そんなに喜ぶか。
いいけどさ。
すると、アヤセも釣られたみたいに拳を振り上げた。
「よーし、そうと決まったらあと一年も頑張れそう! 受験に勝つぞお!」
「おおー!」
ふたり揃って雄叫びをあげると、それを見ていた店員さんにクスリと笑われてしまった。
私はすっかり恥ずかしくなってしまって、素知らぬ顔で窓の外を眺めながらカフェオレを啜った。
とりあえずあれだな……時間あるうちにパスポート取っとかなきゃな。
そうしたら退路が塞がれたみたいで、もう少し、いろんなことに身が入るかもしれない。