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4月3日 青い空、白い海、反り立つ崖

 今日もバイトのシフトが入っている。

 でも、その前に、ユリと一緒にアヤセに旅行のお土産を渡す約束になっていた。

 今日はアヤセとシフトの入りの時間が一緒だったので、ちょうどいい機会だった。


 バイト先のカフェからほど近いドーナッツ屋でふたりと合流する。

 流石に友人との時間をバイト先で過ごす気にはなれず、こっちのお店を使うのはよくあることだった。

 学校からは距離があるので、利用頻度としてはそれほど多くはないけれど。


 私は、注文したカフェラテとドーナッツふたつを受け取って、先に席をとっているユリたちのもとへ向かった。


「星って、いつもそのふたつな」


 机にトレーを置くと、アヤセが中身を覗き込んできた。

 皿に乗せられているのは、オールドファッションとフレンチクルーラーが一個ずつだ。


「この二個までは決定事項だから。三つ目を食べたい時は、その時の気分で決めるし」


 シンプル・イズ・ベスト。

 変にチョコ味なんかがついているよりも、こっちの方が飽きがこなくていい。


「そういうアヤセは期間限定の一個だけ?」

「実家で春用の試作品を食わされまくってさ。カロリー抑え中」

「でも食べることは食べるんだ」

「そりゃ抹茶フェアなんて言われたらさ、私だって京都の風を感じたいじゃないか」


 何の因果か、ドーナッツ屋の季節限定商品は宇治抹茶コラボだった。

 宇治……そう言えば結局、あの街で緑茶は飲まなかったな。

 惜しいことをしたけれど、また行く理由になるからいいか。


「ユリは……って、もう食い終わってるし」

「えっ? あ、ごめん、お腹すいちゃってさあ」


 ユリは、最後のひと口だったらしいドーナッツを飲み込むと、自分の財布からレシートを引っ張り出す。


「えーっとね、ゴールデンチョコと、チュロスと、エビグラタンと、あとね……」

「もういいよ。聞いてるだけで胸やけする」


 彼女のチョイスはいつもよくわからない。

 ゴールデンチョコは必ず頼むから好きなんだろうけど、他は本当に、その場のノリで選んでる印象だった。


「それはそうと、はい、京都土産の宇治の紅茶。あと定番のあぶらとり紙も」

「おう、サンキュ……って紅茶?」

「そう、紅茶」


 ユリの行き当たりばったりで立ち寄ったあの店のだ。

 手ごろなサイズで興味も引けるので、お土産にはうってつけだと思ったけれど、流石に京都っぽさは皆無なので、あぶらとり紙も買っておいた。

 これだけでぐっと京都っぽくなるから不思議だ。


「あたしからはねー、これ!」

「こっちはなんだ。思いのほかずっしり……」


 ユリから袋を受け取ったアヤセは、さっそく中身を取り出す。

 すると、透明な漬け液に浸された、真っ白い漬物のパッケージが現れた。


「千枚漬け……またなんというか、コアなチョイスだな」

「もう一個あるよ!」


 ユリに急かされるように、アヤセは袋に入ったもうひとつのパッケージを取り出す。

 そちらは赤い漬け液に浸された、これまた同じ千枚漬け。


「紅千枚漬け……」

「紅白で縁起がいいでしょ?」

「おっ、そうだな。まあなんだ、サンキュな!」


 アヤセはすごく投げやりな感じで親指を立てる。

 こいつ、深く考えるのを放棄したな。


「まあ、うまいよな千枚漬け。こっちじゃ漬物なんて言ったら浅漬けか、おみ漬けか、からし漬けばっかりだから、酸っぱい漬物って妙に美味く感じるわ」

「わかるー! この駄菓子っぽい感じ、いいよねえ」

「歴史ある郷土品を駄菓子扱いってどうなの」

「なんか、駄菓子でそんなんあったよな。小学校の遠足のおやつ買う時に見た記憶あるわ」


 なにそれ。

 私は知らない。

 知ってたとしても、小学校の時の記憶なんてほとんど残っていない。


「ピクルスでも食ってたら」

「いや、それは米のアテにならんだろ」

「そーだよ、星は分かってないなあ」


 ふたり声を揃えての総スカンを食らった。

 そんなに言われることか。

 そもそも漬物なら断然ナス漬け派なんだけど。

 ポリポリするくらい浅く漬けてあるのが好きなので、自家製じゃないとなかなか食べられないのが難点だ。


「そんで、どうだったよ京都は?」

「楽しかったよー! ね、星!」


 ユリが満面の笑みで同意を求めてくる。

 私はオールドファッションを一口かじってから頷く。


「大変だったけど。そうや、結局テーマって何だったの?」


 苦労をしたのだから、いい加減に教えて貰おうと尋ねてみた。


「いろいろ聞かされてたけど、どういうルートで落ち着いたんだ?」

「えーっとね……これ!」


 ユリは、スマホの画像フォルダを開くと、京都で撮った写真を日付順にアヤセに見せた。

 アヤセはしばらくそれを眺めた後に、ああーと小さく頷いた。


「納得してないで、わかったなら教えてよ」

「まあ、なんだ。京都のアニメ会社の聖地巡礼ってやつ。でも三日目だけは分からん」

「三日目はねー、五つ子ちゃんのやつ。他のルートは被っちゃったから、それだけだったんだ」

「そっちか。そういやユリ、ハマってたもんな」


 駄目だ、まったくわからん。

 とりあえず、アニメの舞台巡りだったんだろうなってことだけは理解できた。


「楽しかったから良いけど。すみません、カフェラテのお代わりください」


 飲み放題のカフェオレをお代わりしている間に、ざっと写真を見終えたアヤセはぐでーっとテーブルに突っ伏す。


「くそー、いいなあー。行きたかったなあー、キョート」

「また次の機会にね。大学生になったら今よりは時間あるんじゃない」

「実家から出ちゃえば、まあなあー」


 言葉とは裏腹に、どこか投げやりな様子。

 彼女にとっては未来のことよりも、目の前の欲望と向き合う方が難題のようだ。


「それじゃ、卒業旅行は必ず三人で行こう」


 そういうわけで、私は目の前にエサをぶら下げてあげることにした。

 アヤセは勢いよく跳ね起きて、パチンと指を鳴らした。


「卒業旅行! 良いじゃん。どこいく?」

「バリ島!」


 ユリが勢いよく手を挙げた。


「まだ言うかあんたは」


 私はユリの横っ面を指先で小突く。

 アヤセはドーナッツの最後のひとかけを飲み込んでから、指先をぺろりと舐めて宙を見上げる。


「そもそもバリってなにあんの?」

「えーっとね……青い空、白い海、反り立つ崖」

「それはリアス式海岸」

「そだっけ?」

「星はなんでわかるんだよ……」


 アヤセに呆れられてしまった。

 なんでわかったんだろ。

 自分でもわからん。でも真っ先に思い浮かんだイメージはそれだった。


「まあ、いいんじゃない。暫定バリで。今回は予算の都合でおじゃんにしたし」

「ホント? やったあー!」


 ユリは、天を仰いでガッツポーズをした。

 そんなに喜ぶか。

 いいけどさ。

 すると、アヤセも釣られたみたいに拳を振り上げた。


「よーし、そうと決まったらあと一年も頑張れそう! 受験に勝つぞお!」

「おおー!」


 ふたり揃って雄叫びをあげると、それを見ていた店員さんにクスリと笑われてしまった。

 私はすっかり恥ずかしくなってしまって、素知らぬ顔で窓の外を眺めながらカフェオレを啜った。

 とりあえずあれだな……時間あるうちにパスポート取っとかなきゃな。

 そうしたら退路が塞がれたみたいで、もう少し、いろんなことに身が入るかもしれない。

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