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4月1日 京都④:ぐるぐるえんむすび

 京都から何かを連想するとき、真っ先に思い浮かぶもののひとつが清水寺だろう。

 高台に建てられた高床の建築物。

 飛び降りることで有名な舞台からは京都の街並みが一望でき、春は桜、夏は青葉、秋には紅葉、冬は運が良ければ積雪――と、まさしく四季折々の都を感じられるスポットだ。


「うはー! すごいすごい!」


 拝観ルートに沿って舞台へとたどり着くと、ユリは真っ先に手すりの方へと駆けていった。


「走ると危ないよ」

「星は行かないの? じゃあ私、行ってくる!」


 私の心配する声を追い越して、姉がユリの後に続いて舞台の端へと駆けていった。


「何でついてきてるの」


 ごく普通に歩いて追いついた私は、ユリと姉の間に割って入るように並んで、目の前の景色を臨む。

 お山の上からの景色は散々堪能したけれど、こういう古の人工物からの景色というのも、良い感じの非日常感があって引き込まれる。

 きっと、京都の街だから良いんだろうな。

 これが東京とか、それこそあらゆるものが中途半端な地元なら、こんな気持ちは抱かないだろう。


「今日はバスや飛行機の時間もあるから、流石に一緒に行動した方がいいでしょ。それともデートを邪魔されるのがお気に召さない?」

「馬鹿言わないでよ。あれだけ地図アプリに刺してたピンをちゃんと回れたのか、心配してあげてんの」

「んー、我が妹はやさしいねえ。よーし、ごろごろごろ」


 姉は頭を撫でるならまだしも、猫をあやすみたいに顎の下をさすってくる。

 私が手で払いのけると、ぶつくさ文句を言いながらスマホを取り出した。


「ほら、ちゃんと全部回ってるって。証拠写真」

「えー、なになに。明ちゃんの旅行写真?」


 ユリが食い気味に話に入ってくる。

 私が姉からスマホを受け取ると、彼女は肩越しに画面を覗き込んできた。


 画面には画像フォルダの一覧が表示されていて、いろんな史跡をバックにした姉の自撮り写真で埋め尽くされていた。

 試しに適当な写真を全画面表示にして、そこからスクロールで次々と写真を切り替えていく。

 なんだこれ。

 確かに背景は色んな建物やら石碑やらが次々に切り替わるのだけど、姉のポーズも位置も寸分違わず一定だ。

 まるで人物だけ切り取ってコピペしたみたいに。


「いや……違うなこれ」


 よく見れば同じじゃない。

 自撮りだから同じなわけないとか、そういうんじゃなくって、なんだかちょっとずつ、ポーズが変化していってるような気がする。


「そんな早くめくったら見えないよー!」


 ユリの抗議の声を無視して、高速で、流れるように写真を切り替える。

 画面の中でちょっとずつ動いていく姉。これって……パラパラ漫画?


「ヒマなの?」

「ヒマじゃない! 超忙しかったんだから、これで!」


 姉は私の手の中からスマホをひったくると、写真の出来栄えをご満悦そうに眺める。

 わざわざ京都にまできて何やってるんだ。

 このまま舞台から放り出してやりたくなる。


「よーし、それじゃあそろそろ次いこっか」


 いい具合に景色を堪能しおえたころ、ユリがそんな提案をする。


「次ったって、清水がメインでしょ。あと何あるの?」

「うーん、降りた後は最後に三条大橋見ときたいけど、その前にもっと大事なところがあるよ」


 ユリはびしりと人差し指を立てて、学校の先生みたいに力説する。


「えんむすびの神社!」


 連れてこられたのは、清水寺のすぐ近くにある京都地主神社。

 私も噂に聞いたことくらいはある。

 それこそシーズンであれば修学旅行の中高校生で大賑わいの、縁結びの神社だ。


 初めて訪れた第一印象はとにかく赤い。

 伏見の稲荷山も鳥居で真っ赤なイメージだけど、こっちは何というか、もっと華やかというか、エンターテイメント性のある赤だ。

 でかでかと「えんむすび」と書かれた看板やのぼり旗が、余計にそういった印象を与えているのかもしれない。


 そして、この神社で特に有名なのが、ご存じ「恋占いの石」である。

 参道のど真ん中に据えられたふたつの石の間を、目をつむったまま歩いて、無事にもう片方の石までたどり着ければ良縁に恵まれる、はたまた恋が叶う。

 そんな恋する乙女たち涎垂のご利益神社。


「ということでユリ、いっきまーす!」


 ユリはスタートの石の前に立って目を閉じると、そのまま案山子みたいに両手を広げて、深呼吸をする。

 かと思えば、あとは一瞬のこと。

 たたたーっと、平均台でも渡るみたいに一直線に、あっという間にゴールの石に手をついていた。


「よっしゃー、勝利のブイだね!」


 目を開けて、片手を石についたまま、ユリはキメ顔でVサインを掲げる。

 いい笑顔だったので、私はその一瞬を写真におさめてやった。


「よーし、それじゃあ次は星の番だね」


 写真を眺めて油断していたところで姉に背中を押される。

 思わず転びそうになったのを堪えて、姉に食い掛った。


「私は別にいいんだけど」

「そんなこと言わずにさ。高校生活もあと一年なんだから、恋くらいしておきなさいな」


 そう言って、姉はにやにやと笑う。

 こいつ、わかって言ってるな。むかつく。


「はい、じゃあここに立ってー。はい、目をつぶってー」


 まるで健康診断を受けるみたいに、あれよあれよと次々準備を進められる。

 こういうの、正直恥ずかしいんだけど。

 せめてさっさと終わらせようと、大人しく目を閉じる。


「はーい、それじゃあ回転しまーす!」

「は? ちょ、まって――」


 そうしてなぜか、目を閉じたままぐるぐると回転させられた。


「これなんか趣旨違くない!?」

「いや、なんかユリちゃん簡単そうだったし。優等生な星ちゃんなら、これくらいの難易度のほうがいいかなーって」

「難易度とか、そういうので変わるご利益じゃないでしょ」

「えー、わかんないよー? 苦しんで苦しんで、それでも頑張った方が、神様も見ててくれるかもよー?」


 そういうもんなのか。

 よくわかんないけど。

 でも苦行って概念もあるし、悟りを開くには確かにそれくらいした方が……あれ、それって仏教だっけ。

 ここって神社だよね。


「はい、それじゃあ行ってみよー! 次の人がつっかえてるよー!」


 そんな事言われたって、誰のせいで手間取ってると思ってるんだ。

 でも、次の人を待たせるのは悪いし、このままやるしかない。


 しかしながら、ぶっちゃけ全く方向が分からない。

 ユリと同じ条件なら私だってサクッとクリアできるのに。

 こんなスイカ割りみたいなことされたら……なるほど、スイカ割りか。

 これってたぶん、誰かに手伝って貰っちゃダメってルールはないはずだ。


「せめて、どっちの方向か声で教えてくんない?」

「なるほどね……ユリちゃん、ちょっとちょっと」


 姉は何か思案した後、ユリを傍に呼んだ。

 目を閉じているから何をやっているのか全く分からないけど、しばらくして「面白そうだね!」とはしゃぐユリの声が聞こえた。

 嫌な予感しかしない。


「よーし、それじゃああたしが合図するからねー! 星はあたしの声のする方に来るんだよー!」


 遠間から、ユリの溌剌とした声が聞こえる。

 どうやらちゃんと指示をしてくれるようだ。

 と思ったら、全く違う場所から、今度は人を小馬鹿にしたような姉の声が聞こえた。


「いやいや、こっちが正しい道だよー! さあ、お姉様の胸に飛び込んでおいでー!」

「なんでなの」


 こいつら、小癪な真似を。

 さっきユリを呼んだのはそう言うことか。

 だいたいの方角は一緒だけれど、場所は微妙に違う。

 どっちかが正解で、どっちかがハズレということだろう。

 どっちを信じる。

 わかり切ったことだけど。


 暗闇の中で、一歩ずつ前に踏み出す。

 三半規管をやられたせいか、若干の千鳥足はご愛敬だ。

 それでも着実に、声のする方へと歩みを進める。

 私が行きたい方へ。

 私の願いを届けたい方へ。

 ふたつの声が左右の耳から入って、頭の中で反響するけれど、私にははっきりと彼女のいる場所と、その姿が感じ取れた。


 声が目の前に近づいて、その存在を捕まえるみたいに両手を伸ばす。

 その手のひらに、別の温かい手のひらが重なった。


「ゴール!」


 ユリの声で確信して、閉じていた目を開く。

 すると、目の前に彼女の満面の笑顔があった。

 良かった。私はちゃんと――


「すごいすごい! ほんとに明ちゃんの言ったとおりだった!」


 ユリはぴょんぴょん飛び跳ねながら姉の方を見た。

 私も釣られて視線を移すと、得意げにしている姉が自分の足元を指さす。

 そこには、私が掴むべきだった恋占いの石があった。


「星なら絶対にユリちゃんの方へ行くって言ったでしょ」

「うん、ホントだった!」


 これは?

 つまり?

 ユリの方がハズレだったってこと?


 あれ、これってどういう願掛けだっけ。

 ちゃんと石にたどり着いたら、恋が叶う的な?

 じゃあ、失敗した私はどうなんの?


「なにしてくれてんの?」


 私はわりとガチめなトーンで姉を睨みつける。

 流石に姉も私の殺気を感じてか、顔を青くして縮みあがった。


「まあまあ。ほら、単なる旅の余興だし……ね?」


 姉が視線を泳がせる。

 というか、私が姉のいる方を選ぶわけがない。

 それを分かってての采配に決まってる。

 なんなん、ほんと。

 マジあり得ない。

 害悪。

 ゴミ。

 女の敵。


「あたしは、ちゃんとあたしを選んでくれたことの方が嬉しいかも」

「ユリはまた、そういうことう言う……」


 手を握り合ったまま、真っすぐな笑顔で彼女は言う。

 ほんと、姉のせいですさんだ心に、あんただけが唯一の癒しだよ。

 いや、今回に限ってはユリも片棒担いでるんだけどさ。


「あはは……エイプリルフール! なんちて」

「バカ! アホ姉! バホ姉!」

「ぐあっ、出たっ、バホ姉!」


 この期に及んで生意気な姉に、最上級の罵りの言葉を送る。

 姉は胸に致命傷を受けたみたいによろめくと、そのまま膝から崩れ落ちていった。

 それが記憶に残る京都の最後の想い出。

 なんで姉で締めくくらなきゃなんないんだ。

 やっぱり意地でも連れてくるんじゃなかった。


 後悔は先には立たない。

 いつでも私の後ろについて回るんだよ。

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