今日は本年度最後の生徒会の日だ。
やることは生徒会室の掃除くらいのものだけど、先代生徒会のものを整頓して、時に不要なものは処分して、部屋を完全に当代生徒会のものに切り替えると言う意味では大事な作業だ。
とりわけ、先代生徒会は遺物が多い。
引継ぎの時に私たちの代で使わない物は捨てちゃって良いとは言われているものの、それなら任期中に整理整頓をしていって欲しかった。
「会長、この段ボールの山はどうします?」
後輩の役員たちが、ドア脇に積まれた引っ越し用段ボールの山を撫でながら訊ねる。
ファイリングされていた書類の仕分けに勤しんでいた私は、その手を止めて、視線を彼女たちに向けた。
「それ、何入ってるの?」
そう言えば、任期が始まった時からずっと置いてあったような気がする。
ぱっと中を見たときはガラクタばかりで、何か生徒会で必要なものが入っているわけでもなさそうだったので、これまでずっと放置していたのだけれど。
「なんか衣装とか、小道具とか、飾り物とか……ひとまとめで言うとパーティーグッズですかね」
後輩ちゃんは段ボールのひとつを開けて、中を覗き込む。
パーティーグッズがなぜ生徒会室に。
わけが分からない。
「何をしてるんですか?」
そこに、教室に掃除用具を借りに行ってくれていた毒島さんが帰って来た。
唯一、先代生徒会の実体を知る人間の登場に、思わず部屋の中が湧きたつ。
「ちょうどいいところに。その大量のパーティーグッズって何?」
「パーティーグッズ……ああ、それのことですか」
毒島さんは腑に落ちた様子で段ボールの山に近づくと、中から適当なコスチュームを取り出す。
黒いワンピースにギザギザの羽と尻尾が付いた、いわゆる小悪魔コスというやつだった。
「ほら、先代会長がやってた月イチイベントの小道具ですよ。七夕からハロウィンからいろいろやっていたじゃないですか」
「月イチイベント……そんなのあったっけ?」
「覚えてないんですか? 確かに会長はあんまり興味なさそうですし、会場でも見たことありませんでしたけど」
そんなもの、いつの間にやってたんだ。
ユリあたりなら面白がって参加しそうなものだけど……そういや、たまに放課後に光の速さでどっかに行く時があったような気がする。
あれか。
「あれだろ、マニフェスト達成のための取り組みってやつ。私も書道部で何度か協力頼まれたことあったわ」
いつの間にかアヤセも思い出開封の儀の輪に混ざって、箱の中身をひっくり返しはじめていた。
みんな手が止まってるんだけど。
もはやちゃんと働いてるの私だけだ。
一番やる気がないはずなのに。
「先代の選挙演説は今もよく覚えてるな。私はまだ一年だったし、全然関わりのない人だったけど、めっちゃ印象深くって実際に票も入れた」
「どんな演説だったんですか?」
後輩に尋ねられて、アヤセは教壇に立つ先生みたいにすっと背筋を伸ばして、それからニコリと人畜無害な笑顔をうかべてみせた。
「私が生徒会長を目指す理由は、たったひとつの願いに集約されます。それは全校生徒八三六名。来年の新入生も含めれば、当代総勢一一一六名。その全員が『楽しい高校生活だった』と笑って卒業できる、そんな学校を創りあげることです」
そこまで口にしてから、アヤセは急に恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めて箱の中身を確認する作業に戻っていった。
恥ずかしいなら声真似なんてしなきゃいいのに。
それでも後輩たちにとっては十分だったらしく、「はー」だの「へー」だの感嘆のため息を漏らした。
「私たちは二年も離れていたので、なんというかすごい人だな、くらいにしか思えませんでしたね」
「ああいうのが高嶺の花って言うんだろうね」
後輩コンビは「ねー」と互いに頷き合う。
そのころはまだ役員じゃなかっただろうし、関りが薄いとそんなものなのかもしれない。
「先代は、それほど近づきがたい人ではありませんでしたよ。むしろマニフェストの通りに全校生徒のことを誰よりも想って、そして何よりご自分が一番に高校生活を楽しんでいる方でした。勉強も部活も、イベントも、青春と呼べるものはすべて全力で取り組む。しいて言えばバイタリティお化けですね」
「バイタリティお化け……」
毒島さんのワードセンスを思わず反芻する。
そう評されるとなんだか妖怪みたいに聞こえないだろうか。
確かに妖怪みたいな人だったけれども。
「私、あれは覚えてます! 大相撲夏場所!」
後輩の口から、また直球なのが出て来た。
確か、クラスマッチの競技で開催したんだっけ。
各クラスから運動部の精鋭が出そろって、一応の便宜上で東西にも別れて。
番付まで作って。
すごい力の入れようだった。
最初に耳にしたときは「女子校で相撲?」と混乱もしたものだったけど、これが思いのほか盛況で、今やメインタイトルみたいな扱いだ。
女子校だし、みんな思いのほかストレスが溜まってるんだろう。
私にその気持ちはわからない。
そして、その面倒な準備を今は誰がすると思う。
もちろん私だよ。
「順番としては春場所が最初の開催なんですよね。二月の冬のクラスマッチで。私たちはまだ入学してないので、どんなだったか知らないんですが」
「ああ、それ、そもそも冬のクラスマッチやり出したのも先代」
「そうなんですか!?」
アヤセの言葉に、後輩ちゃんズは目を丸くして食いつく。
「二月の終わりにやるだろあれ。三年生は受験のストレス発散と、高校最後の想い出を兼ねて。在校生もクラスの最後の想い出作りにって、月イチイベントの一環で企画したらしいんだ」
「夏のクラスマッチは室外競技――特に球技がメインになるでしょう。それじゃあ室内競技――特に武道とかが得意な生徒の活躍の場がないということで、それをメインにしたイベントをやりたかったみたいです」
毒島さんが補足説明を加える。
そんな理由だったのか。
私も初めて知った。
確かに、柔道とか剣道とか珍しい競技もあるなとは思っていたけれど。
ちなみに私は二年連続で夏はソフトボール、冬は卓球だ。
ふたりの話を聞いていた後輩ちゃんズはというと、すっかり感心した様子で呆けていた。
「先代会長って凄い人だったんですね」
「確かに、あの時は楽しかったです……あっ」
私と目が合った後輩ちゃんが、慌てて口をつぐむ。
私はできるだけカドが立たないように、笑顔を返してあげた。
「いいよ。それは事実だろうし。先代と同じことをやれって言われて、できる人はそうそういないと思う」
それは自分への言い訳なのだけれど。
あれだけのことをやってのけるバイタリティは私にはない。
「でも、月イチイベントくらいはやってもいいかもな。キリよく四月からでも」
アヤセはそう言って、箱の底から白い筒状に巻かれた紙を取り出す。
それを絨毯を広げるみたいに、長テーブルの上に広げてみせると、真っ黒な墨の達筆で大きく「新入生歓迎パーティー」と書かれていた。
「これ、もしかしてアヤセが書いたの?」
「そのとーり。大相撲の番付とかも魂込めて描いたからな」
協力ってそういうこと。
なんだか腑に落ちて、私はもう一度目の前の文字を舐めるように追った。
「検討はしておくよ」
「それが良いと思います。会長が決めたことなら、私もサポートしますから」
「ありがと」
毒島さんにエールを送られて、私は新年度の学校生活に想いを馳せる。
残る任期はあと半年。
その間に私も何か爪痕を残せるのだろうか。
あんまり気乗りはしないけれど、少しは考えてみても良いのかもしれない。
先代に比べて今の会長は……と言われるのは、流石にちょっとシャクだから。