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3月18日 非の打ちどころがない結果

 高校二年の終わりがいよいよ近づいてくる。

 修了式は二十三日なので、登校日は残すところあと三日。

 二年生の生活に名残惜しむ要素はないけれど、三年生になるということに対してはそれなりに構えるところがある。

 ただ、そんな感傷に浸る間もなく、生徒会は年度末進行で多少の慌ただしさを見せていた。


 月が替わって四月になれば新年度。

 新年度の始まりと言えば、校内のイベントは目白押しだ。

 役員たちも新しいクラスや授業の準備で私生活が忙しくなるし、今のうちに大まかな準備だけでも進めておく必要がある。


「新年度生徒総会と新入生歓迎会での講堂の使用許可は既に取れています。部活動オリエンテーションに関しては説明会を行う予定の講堂の使用許可は取れていますが、勧誘ブース設営を行う体育館の方は新年度にならないとスケジュールの認可ができないということで、仮の申請となっています」


 毒島さんがつらつらと各種申請の状況を説明してくれた。

 申請はやってくれると言うので任せていたけれど、まさかもう手を回してくれていたとは。

 私の方は早めの準備とは言っても、それぞれの役員に割り振る仕事を決めておくくらいの温度感でいたのだけれど。


「ありがとう。それにしても、なんかいつもの感じに戻ったね。安心した」


 まっすぐに毒島さんの目を見つめると、彼女はつんと澄ました顔で視線を逸らす。

 仕事の手際はいつも通りながら、あの妙にべたべたした重い感じはすっかり薄れて、今日はいつもの毒島さんという感じだった。


「私は、人の嫌がることはしない性質ですので」


 なんだか含みのある言い方だけど、何にせよありがたい。

 いや、厳密にはいつも通りではないのかな。


「会長の座はもう必要なくなった?」

「別に、もともと本当に譲ってもらえるなんて思ってませんでしたし……ただ、なんで横槍で選挙に出て来たのかだけは、いつか話して貰いますよ」

「そんなに大した理由じゃないんだけど」


 その実、私にとってはそれなりに大したことではあったのだけれど。

 でも真面目に生徒会長を目指していた毒島さんにとっては、何も面白くない話だと思う。

 彼女のことを思えばこそ、言わない方がいいんだろうなと思っている。


「まあ、卒業記念パーティでの与太話くらいになら」

「言いましたね。約束ですよ」


 彼女の棘のある笑顔が突き刺さる。

 ううん、下手なことを言ってしまっただろうか。

 でもそのころにはもう忘れているかもしれないし、卒業後の進路も決まってくれば興味も薄れていくかもしれない。


「じゃあ、今日の会議はここまで。週明けの火曜日は生徒会室の掃除をするから、みんな来てね」


 下級生役員たちは返事をして、そのまま部屋を後にしていく。

 残ったのは私とアヤセと毒島さんの三人だったが、アヤセが内緒話をするみたいに顔を寄せて囁いた。


「この後、ちょっと時間ある?」

「いいけど、それはふたりで?」

「あー……うん。そうな。その方がいい」


 アヤセは毒島さんの顔を見てから、申し訳なさそうに頷いた。


「毒島さん、悪いけど私たち用事があるから先に行くよ」

「えっ、あの、私もちょっとだけ」


 私たちがそそくさと帰り支度を整えると、毒島さんもなんだか慌てた様子で身支度を整え始める。

 だが間髪入れずに、アヤセが両手を合わせて拝み込むようにして言った。


「ごめん、今日だけ星のこと貸してくれ。ほんとごめん」


 そうして私の腕を組んで、ずるずると引きずられるみたいに生徒会室を後にする。


「なんか用事あったなら、いつでもメッセージ送ってくれていいから」


 私は去り際にそれだけ言い残していったけれど、すぐに「あれ、毒島さんと連絡先交換してたっけ」と思い返す。

 まあ、必要なら生徒会のグループチャットから辿ってくれるだろう。

 そう自分を納得させておくことにした。


 とっくに営業を終えた学食の軒先で、壁にもたれかかってぼんやりと空を見上げる。

 こうしていると、卒業式の日のユリの姿を何となく思い出す。

 あの日、ユリは空に何を思っていたのだろうか。

 いつもでさえその思考回路は読めないというのに、失恋したら何を思うのかなんて分かるはずもなかったけれど。


「悪いな、付き合って貰っちゃって」


 傍らの自販機で飲み物を買っていたアヤセが、ホットの缶ココアを二本持って、その片方を私にくれた。


「毒島さんに悪いことしたかな」

「あー、それは私もなんかフォローしとく。でも、ふたりきりじゃないとちょっとなあ」

「それってユリの話?」


 アヤセは自分のココアにちょっと口をつけてから、小さく頷いた。

 だろうなとは思った。

 私もそんな予感でいたから、ぼんやり卒業式の記憶なんて思い返してしまったのだと思う。


「とりあえず、あんまり押しつけがましくない程度に……要するに回りくどく聞いてみたんだけど、なんも教えてくれなくってさ」

「回りくどいからじゃないの。あいつ、そういうの察せないでしょ」

「だよなあ……でもユリのあんな調子初めてだから、どうしたらいいのか分かんなくってさ」


 アヤセは息継ぎみたいに合間合間でココアを口にする。

 私も釣られて缶を口元に運ぶと、香ばしいカカオの香りがふわっと鼻を抜けていった。


「土足で行くっつっといて、この有様だよ。カッコ悪い」


 そう言って彼女は力なく笑った。

 アヤセは本来ナイーブで、共感性も高い方だと私は思う。

 それを隠すみたいにぶっきらぼうで大雑把な喋り方をしているけれど、それはたぶん彼女なりの処世術にすぎない。


「ちなみに、星はなんか聞いてんの?」


 その質問に、私はどう答えるべきか迷った。

 というか私相手ならそんな直球を投げられるくせに、どうしてユリには気を使ってしまうのだろう。

 前からそんな感じだったような気はするけれど。

 アヤセとユリは、結構体当たりでつき合っているような気がしていたのに。


「聞いていたとしても、私の口からは言えない」


 悩んだ結果、そう答えることにした。

 我ながらずるい答えだなと思う。

 何も嘘は言ってない。

 でも真実も言ってない。

 判断は相手に任せる。

 私の悪癖の塊みたいな論調。


 結局は私も問題を先送りにする。


「まあ、そうだよなあ」


 だけどアヤセは納得したように頷いてくれた。


「星がそういうやつで安心した。ユリは感謝しなきゃな」


 目の前の女がストッパーになってるだなんて、思いもしていないのだろう。

 だからこそ、それにつけこむみたいにユリを独り占めにする。

 あの人が卒業した今、彼女の一番の理解者は私でありたいという、完全なる私のエゴだ。


 でも……私も最近、ユリのことがわからない。

 彼女のアホを理解できないのはいつものことだけれど、失恋をまだ引きずっているのかいないのか。

 前を向こうとしているのか。

 そしてまだあの人のことを――その心の内が理解できない。

 春休みに旅行へ連れていく話はしているけれど、その行き先はまだ決まらずじまい。

 どこに行けば彼女はあの人を忘れられるのか。

 どこに行けば彼女は私を――


「……三連休、三人でどっか遊びいこっか」


 気が付くと、私はそんな提案をしていた。

 アヤセはちょっとびっくりしたみたいに、私の方を振り返る。


「いいけど、星がそんなこと言うなんて珍しいじゃんか」

「私だっていろいろ考えてるんだから」


 それは少なくとも、アヤセへの罪悪感によるものではない。

 どちらかと言えば、私こそアヤセの存在を必要としているのかもしれない。

 私だけではユリに対してあまりに前のめりすぎるから。

 ユリの心を紐解くためには誰かの力が必要なんだ。


「土日はそれぞれバイトだろ。じゃあ月曜か」

「分かった、ユリにも言っとく。祝日なら今の時期は部活も休みだろうし」


 そうして私は私のエゴのために親友と呼ぶ彼女を利用する。

 生徒会長になったところで、私ひとりではあの人には敵わない。

 それは非の打ち所がない結果なのだから。

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