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3月17日 手伝ってくれるよね?

 本校の入試合格発表は、在校生の昼休み開始とほぼ同時に行われた。

 発表間近になってくれば、昇降口付近の広場は多くの受験生や保護者たちで溢れかえる。

 さながらライブハウスの開場待ちのようだけど、ひとつ違うのはチケットの当落が分かるのが今この場ということだ。


 飛び上がって喜ぶ人。

 一緒に見に来た友達や保護者と抱き合う人。


 唇をかみしめて涙を流す人。

 何度も何度も繰り返し自分の受験番号を探す人。


 沢山の喜怒哀楽を目の当たりにしながら、ふと私は、頭の中に浮かんできた四つの数字を目で探していた。


「イ、イ、ハ、コ、つ、く、ろ、う……っと、あるじゃん」


 匿名性しかないこの数字の羅列の中で、唯一、受験番号と顔が一致する子。

 不安でいっぱいだった泣き顔は、今は喜びでいっぱいのそれになっているだろうか。

 思わず集団の中から、あの珍しい制服の姿を探すが、あいにく見つけることができなかった。

 後から来るつもりなのか。

 それとも追って行われるホームぺージ上での開示を待っているのか。

 遠くから来ていると言っていたし、たぶん後者なのだと思う。


「そこの、いま軽く50センチくらい飛び跳ねた子! 入学したらぜひバレー部に!」

「そこはバスケ部に!」

「ソフトテニス部で全国めざそっ!」


 受験生たちの中に、唐突にはつらつとした声が混ざる。

 ああ、本当に出るんだ。

 私は天然記念物を見つけたみたいに感心しながら、にぎやかな集団へと歩み寄った。


「そこ、入学前の中学生を青田刈りしないで」

 部活のユニフォームに身を包んだ彼女たちは、私の声にぎょっとして、次いで視線を泳がせて、それから悪びれることなく苦笑した。


「やば、今年は会長自ら張ってたか」

「去年の会長はそのへん緩かったからね」

「チラシあげるから、とにかく考えといて!」


 私が実力行使に出ないのをいいことに、彼女たちは言いたいことを言い終えてから、周りにいる受験生に手当たり次第にチラシを押し付けて逃げて行った。

 合格発表会場での部活の勧誘は原則として禁止されている。

 だけど毎年のように規則を破って青田刈りをする部活が横行した結果、いつしか勧誘合戦の第一ステージのような扱いになってしまっていた。

 学校側としては禁止している手前、取り締まりは行わなければならない。

 そこで、学校公式の何でも屋こと生徒会が身体を張るはめになる。


 もちろん各部もそのことは織り込み済みで、これがまた受け継がれた経験の成せる業か、どの部も部内の可愛いどころや綺麗どころ、カッコいいどころ、そしてムードメーカーなどをけしかけるのだ。

 背伸びしたがりな中学生のツボを完璧に押さえている。


「ソフトテニス部のユニフォーム、可愛かったね」

「バレー部の先輩、背が高くてかっこよかったあ」

「バスケ部なのにちっちゃくて可愛い……推せる」


 結果はご覧のありさまだよ。

 たった数秒の、そこに存在しているというだけのパフォーマンスで、十分すぎる戦果をあげられてしまった。

 もともと完全な取り締まりは無理だと諦めていたけれど、成功されたらされたで多少ムキにもなる。

 それでも昨日の会議で話し合った結果、見回りを行うのは私ひとりでいいやという話に落ち着けたのは私自身だ。

 毒島さんは出たがっていたけれど、たまには私自身がそれっぽい働きを示しておかないと生徒会長の示しがつかない。

 今ごろ監視を兼ねてアヤセが一緒にご飯を食べているところだろうけど、やっぱり手伝って貰えばよかった。

 失敗した。


 そんな混沌とした昇降口広場に、のびのびとしたトランペットの一声が響いた。

 私も含め、そこにいる全員が口をつぐんで音のした方向を見る。

 昇降口の軒先に、トランペットを構えた生徒がひとり。

 確か、ええと……とりあえず吹奏楽部で一番上手い子。


――Yhaaaaaaaaaaa!!!!!


 今度は背後から、黄色い声援の塊が大挙として押し寄せた。

 トランペットに気を取られていた私たちは、寝耳に水の状態で振り返る。

 いつの間にやらそこには、コバルトブルーのユニフォームが眩しい十数名のチアリーディング部の生徒がフォーメーションを組んでいた。


「いったいなんな――」


 ツッコミを挟む間もなく、先ほどのトランペットがたおやかながらも力強い、行進曲調のメロディーを奏で始める。

 この出だしってもしかして。

 いや、もしかしなくても……水戸黄門?


 演奏に合わせて、チアガールたちが一糸乱れぬ演技を披露し始める。

 全体的にゆったりとした曲調に合わせた、優雅でノビのある演技。

 どちらかと言えば新体操とかシンクロナイズドスイミングのそれに近いが、アクロバットな動きがないぶん、ポーズのメリハリや数名での組み技がメインになっている。

 楽なように見えて、あれは相当体幹を鍛えてないとできない演技だ。


 文字通りあっけにとられて、私も、受験生たちも曲が終わるまで演技に見入ってた。

 最後の揃いのポーズを決めた瞬間、広場の端から大きな拍手が起こる。


「ブラヴィー! ブラヴィー!」


 ユリが涙ぐみながら盛大な拍手を送っていた。

 それにつられて受験生たちの間にも拍手が広がっていく。

 すっかり後れを取った私は慌ててユリの元へ向かう。


「何してんの。まじ、何してくれてんの」

「げ、やば! 敵襲ー! 敵襲ー! ここは任せて先に行けー!」


 づかづかと歩み寄る私にはっと気づいて、ユリはチアガールたちに声をかける。


「これ一回言ってみたかったんだ」


 ユリは小脇に抱えていた竹刀を構えて、私の前に立ちはだかった。

 頭上から、ゆっくりと時計の針のように竹刀を回す。

 なんだっけそれ。

 見たことはある。

 なんとか殺法。

 ユリのアホに付き合ってる間に、コバルトブルーの集団は蜘蛛の子を散らしたように四方八方へと消えてしまっていた。


「ここまでされたらもう、取り締まるのは諦めてるから」


 私もすっかり最後まで見入ってしまったし、受験生たちも突然のパフォーマンスの話題でもちきりだ。

 それにあの集団でやられては、取り締まるどうこうの次元をゆうに越えている。


「チア部も宣伝なんでしょ」

「そうそう。あれウチの一年生ズなんだ。一年間でどれくらいできるようになるのか見て貰えたらなーって思って。ズバリ、ワシが育てた」

「だろうね」


 これだけアホなことをしでかすのに、ユリの息がかかっていないわけがない。


「でもなんで水戸黄門?」

「アニメ見ててね、これだーって思ったの。ホントは暴れん坊将軍にしたかったんだけど。でも今日は合格発表だし、悲しんでる子もいるだろうから水戸黄門にしてみました」


 人生楽ありゃ苦もあるさ、か。

 気を使うならそこじゃないと思うのだけど。

 というか「これだー」の結果が暴れん坊将軍になるって、どんなアニメだ。


「チアの本質はエールだからね! 頑張れ受験生!」

「……とりあえず、放課後までに生徒会室に反省文を提出すること」

「えー! 諦めたんじゃないの!?」


 ユリは信じられない、といった顔で後ずさる。

 信じられないのはこっちだ。


「青田刈りしてる部すべてへの措置だから。毎年、生徒会で取りまとめて学校に提出するの。他の部は分かっててやってるし、ナメてるところは朝のうちにもう提出してる」

「ズバリ、犯行予告だね」

「チア部はユリだけでいいよ。たぶん……というか間違いなく一年生たちには罪はないから」

「うぐ……承知の助でござる。でも、反省文なんて書いたことないよ」


 ユリはかっくりとうなだれる。

 それからちらちらとお伺いを立てるように、私の顔を覗き見た。


「ズバリ……手伝ってくれるよね?」


 それは殺し文句だ。

 断られないのを分かってるだろ。

 ユリの必殺剣は、確実に私の急所を切り捨てる。


「放課後、生徒会室ね。どうせ反省文揃うまで残らなきゃいけないし」

「やった、ありがとー!」


 ユリが勢いよく胸元に抱き着いてくる。

 私はその頭をぽんぽんと撫でながら、行き場を失って彷徨う視線で合格発表のボードを見つめた。

 イ、イ、ハ、コ、つ、く、ろ、う……あった。

 うん、落ち着いた。

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