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3月15日 白のリベンジ

 放課後。

 探していた背中を昇降口に見つけたので、昨日のように去られてしまう前に声をかけた。


「毒島さん」

「ひゃわいっ!?」


 靴を履き替えようとしていた毒島さんは、素っ頓狂な声をあげてローファーを取り落とす。

 それからウルトラマンみたいなファイティングポーズで構えながら、大慌てでこちらを振り返った。


「何してるの」

「いえ、背後を取られたのでつい……」


 熟練の狙撃手みたいなことを口走って、毒島さんは構えを解いた。

 そして足元に転がったローファーをきっちり揃えてから、改めて私へ向き直る。


「それで、どうしたんですか? 生徒会の集まりは明日ですよね?」

「用ってほどの用じゃないんだけど」


 別に今日じゃなくてよかったし。

 明日でも、なんなら次にたまたま出会った時でも……それが生徒会がある明日か。

 なんにせよクラスも違うし、今その姿を見つけたのならと思い、私は鞄の中に入れておいた薄い包みを取り出した。


「はいこれ」


 差し出した包みを、毒島さんは首をかしげて見つめる。


「何ですかこれ?」

「昨日のホワイトデーのお礼。あの時はなんだか半端になっちゃったから」

「えっ?」


 毒島さんは文字通りに絶句した。

 包みを穴が開くほど見つめて、それを受け取るでもなく、断るでもなく、口をぱくぱくとさせる。


「あっ、忘れないうちに言っとくけど、アヤセと半々のお礼だから。あいつも準備してなかったし。昨日の帰りに一緒に……って聞いてる?」

「あ゛? あ、ああ、はい、ホワイトデーですよね」


 不意打ちのようなダミ声は聞かなかったことにして、私はトトロに出てくる男の子みたいに包みを突き出す。

 そろそろ腕が疲れて来た。

 いるのかいらないのかはっきりして欲しい。


「あの、ありがとうございます。貰って……良いんですよね?」

「そう言ってるけど」


 レスポンスが悪くて少しイライラしてきた。

 とは言え、再三だが悪いのはこちらなのでここはぐっと我慢する。

 毒島さんはそのあとすぐに包みを受け取ってくれた。

 彼女は中を見るでも、鞄にしまうでもなく、何かの賞状を貰ったみたいに顔の前に掲げていた。


「中見ないの?」

「ここで見ていいんですか!?」

「好きにすればいいと思うけど」


 ぶっちゃけどっちでもいい。本当にどっちでもいい。

 今日はユリもアヤセも部活だから良かったものの、そうでなければすぐにでも切り上げて彼女たちに合流したいところだ。


「ごめんなさい。誰かにこういうの貰うのはじめてなので、所作というか、勝手がわからなくって……」


 彼女はなにやら言い訳を口にしながら、包みを開いて中身を確認する。

 出て来たのは薄い藤色のハンカチ。

 昨日の放課後にアヤセと一緒に駅ビルで買ってきたものだ。

 ホワイトデーのお返しだからやっぱりお菓子が良いかとも思ったけれど、いつ渡せるかも分からないし、遅れて渡すにはいかにも時期外れで恥ずかしい。

 でもアクセサリーとかを買って、渡せずにいる間に鞄の中で壊れたりしても困る。


 そういった事情を鑑みて、落ち着いたのがこのハンカチだった。

 昨日の今日で渡せたのならただの杞憂だったけれど。


「素敵……とっても綺麗です」


 毒島さんは手の中でハンカチを広げて、うっとりと見入っていた。

 どうやら気に入ってくれたようでひと安心だ。

 いつもの彼女の様子からして、突き返されるのも覚悟していたけれど。


「毒島さんってさ、友達いないでしょ」

「もしかして馬鹿にしてます?」

「ごめん、言い方マズった。ただの事実確認のつもりだったんだけど」

「やっぱり馬鹿にしてますよね?」


 毒島さんのじっとりとした視線が私を刺す。

 そういう私も仲がいいと言える友達はそれほど多くはないのだけれど。

 普段相手にしているのがアレなものだから、言葉選びが極端というかストレートになってしまうのは自戒する必要がありそうだ。


「……まあ、居ませんけど」

「ふうん」


 だろうなあ、と私は普段の彼女を思い返す。

 丁寧で、礼儀正しく、真面目で、抜け目がない。

 すごく他人に頼られるタイプだが、普段から一緒にいるには堅苦しい。

 息が詰まる。

 パッと思いつく限りを挙げるならそんなところ。

 それがすごく自分に似ていような気がして。

 だからきっとこれは同族嫌悪。

 自分のダメなところが凝縮されているみたいで、見ていられないんだと思う。


 一応聞くけど、似てるよね?

 似てるって言え。


「ふうん……ってそれだけですか?」

「えっ……ああ、うん。事実確認だから」

「こういう場合、そこは『じゃあ私が最初の友達に~』とかなるところじゃないですか」

「毒島さん、私と友達になりたいの?」


 私の質問に、毒島さんは気後れしたように息を詰まらせる。

 彼女の手の中で、プレゼントしたハンカチがぎゅっと握りしめられた。

 毒島さんと友達かあ。

 仕事仲間としてはとても魅力的な人だとは思うのだけれど。


「それは、ちょっと無理かな」

「がーん!」


 本日最初の「がーん」いただきました。

 会うたび一回は必ずショックを与えてしまっているのはなんだか申し訳ない。

 彼女が友達いないのを差し引いても、少し大事にしてあげたほうが良いのかもしれない。


「友達になれないなら、会長の座を譲ってください!」

「それ!」


 毒島さんがヤケクソみたいに叫んだので、私も釣られて声を荒げた。


「それさえ無ければ、友達になれる可能性はあるんだけど」

「それ……って、会長の座うんぬんのことですか?」


 私は一も二もなく頷く。


「なんでそんなに拘ってんのか知らないけど、私は毒島さんのこと信頼して副会長を任せてるつもりだから。なんかずっと、ちゃんと伝わってないような気がしてたから、この際に言っとく」


 言葉って大事だな、と月並みに思った。

 これからもう半年は一緒にやっていくわけだし、その間ずっと今のまま……というのはちょっと勘弁願いたい。

 生徒会長の席について、逃げ場がないからこそ、できる限り組織は円滑に回したいもの。


「私が副会長であることに満足すれば、友達になれるんですか?」

「なんか含みがあるように聞こえるけど、その時はまあ、そういう道もあるかもね」


 今は可能性ゼロ。

 申し訳ないけど。

 でも未来のことは誰にもわからないので、互いに歩み寄れればどうとでもなるだろう。

 高校一年、入学したての時の私だって、まさかあのユリと今みたいな関係になるだなんて思いもよらなかった。


「考えておきます。それとハンカチ、ありがとうございました。大切にします」


 毒島さんは丁寧なお辞儀をして、そのままローファーに靴を履き替える。

 話は終わったなと私も踵を返すと、今度は彼女が私の背を呼び止めた。


「私、自分の苗字があまり好きではないので……もし友達と認めてくれるなら、その時は心炉と呼んでください。親愛をこめた三つの音で」

「わかった、毒島さん」

「ほんとヤな女ですね!」


 捨て台詞と共に笑みを浮かべて、彼女は学校を後にしていった。

 私も何故だかわからないけど笑みをこぼしてそれを見送った。


 毒島さんは苗字が嫌い。

 なんだか私の周りは、自分の名前が嫌いな奴ばっかりだ。

 ユリは「ユウリ」の日本人っぽくない響きが嫌い。

 アヤセは「フミヨ」のシワシワな響きが嫌い。


 そんな私は狩谷星。

 自分の名前を反芻する。

 かりやせい。かりやせい。かりやせい。かりやせい。

 ちょっと肉食で、だけど清々しいその名前の響きを、私はとても気に入っている。

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