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3月14日 それぞれの白い日

 今日は、教室中が甘いお菓子の匂いで包まれる日。

 友チョコ文化が根付いたバレンタインはまだしも、ホワイトデーというのは女子校なら無縁のイベントのように思われることもある。

 だけど実際のところバレンタインは「チョコをねだる日」。

 ホワイトデーは「何でもいいから甘いものをねだる日」と、一応の住み分けをして楽しんでいるのが現実だ。

 つまるところ、普段は買わないような、お菓子屋や百貨店のちょっといいお菓子を、何かしらの理由をつけて買って食べたいということである。


 私も例に漏れず、クラスのみんなでつまめるキャンディのセットと、ユリとアヤセに別途のバタークッキーを用意して、甘ったるい空気に全力で飲まれていた。

 本来ならホワイトデーにクッキーは相応しくないらしいが、私の周りで神経質に気にする人はそういない。

 そんな事よりひとつでも多く美味い菓子を食わせろ。

 女子高生とはそういう生き物だと思う。


「狩谷ー。隣の小姑が来てるよー」

「誰が小姑ですか!」


 呼ばれて教室の入り口を見ると、クラスメイトに悪態をつく毒島さんの姿が目に入った。

 なんだろう。

 朝からちょっとめんどくさいな。

 そんな気持ちを押さえて彼女の元へ向かう。

 毒島さんはというと、私の顔を見た瞬間に説教モードで眉をつり上げた。


「クラスメイトになんて呼び方させてるんですか」

「私が呼ばせてるわけじゃないんだけど」


 小姑というのはまあ、私と彼女の間柄を見てクラスメイトが勝手に呼んでるあだ名みたいなものだ。

 呼び方くらい好きにすればいいと思うし、私は何も訂正はしないけれど、あんまり本人の前では言ってくれるなとは思う。


「それよりもはい、これ。ちゃんと渡しましたから」


 そう言って彼女は、小さなお菓子の紙袋をひとつ私に突き付ける。

 受け取って隙間から中を覗くと、可愛らしい小瓶に入ったプリンがふたつ入っていた。


「バレンタインの日、生徒会のみんなでチョコをいただいたので、そのお返しです。もう一個は狼森さんに。生もの選んでしまったので朝のうちか、遅くてもお昼休みには食べてくださいね。空になったビンはお邪魔なら私に渡してもらえれば」


 生徒会でチョコ……そんなこともあったっけ。

 確か、ちょうどバレンタインの日に生徒会で集まる用事があったから、クラスの分を用意するついでに生徒会の分も準備して持って行ったような気はする。

 みんなも気を使って準備してくれたのか、テーブルの上には何種類ものチョコ菓子が並んでいて、いつもは地味で質素な生徒会室がちょっとしたお菓子屋さんみたいに華やいでいたのを思い出す。


「あれ、ごめん。今日は集まる用事がなかったから、特に何も用意してない」

「がーん!」


 毒島さんはいつものようにショックを受けていた。

 これに関しては全面的に私が悪い。

 集まりがないからと、生徒会みんなの分を頭に入れていなかったのは怠慢でしかない。


「ほんとごめん。でもちょっと待ってて」


 私は自分の机に戻ると、広げていたキャンディボックスの中から適当に一個を取り上げて、毒島さんのところへ戻る。


「在り物で悪いけど」


 そう言って、唖然として開いたままの彼女の口の中にむき身のキャンディを放り込んであげた。


「なっ……えっ……むぐっ……!?」


 瞬間、彼女は目を白黒させながら悶えると、私に聞こえるくらい大きく喉を鳴らす。

 しばらくぴくりともせず状況把握に努めていたようだが、ようやく事態も飲み込めたのか、震える目で私のことを見上げた。


「……飲んじゃった」

「それ、舐めてると中からフルーツソースが出てくるやつなのに」

「がーん!」


 どうやら私はショックをショックで上塗りすることしかできなかったらしい。

 まじでごめん。

 心の中で拝み倒すように手を合わせておく。


「もういっこ、いる?」

「いえ……美味しかったです。ありがとうございます……」

「いや、味わってないでしょ」


 私の提案に首を横に振って、毒島さんはしょんぼりと肩を落としながら自分の教室に帰っていった。

 余分にあるからもうひとつくらいあげても良かったのだけど、本人がそう言うのなら、わざわざ引き留めるようなことはしなかった。


「星ー、おはよー」

「やっと解放されて来たか」


 席に戻ると、いつの間にかユリが登校していて、アヤセの姿もそこにあった。

 私はとりあえず毒島さんのプリンを片方アヤセに手渡す。


「これ、毒島さんから」

「えっ、まじで? 私なんも用意してねーんだけど」


 アヤセは心底困惑した様子だったが、まあ貰えるならといった様子で受け取った。

 薄情者が自分だけじゃないのを確認できて、内心ちょっぴ安堵する。

 安堵するばかりじゃいけないので、毒島さんには遅れて何かあげようとは思うけど。

 流石に飴玉一個でこのお高そうなプリンと釣り合うとは思っていない。


「それはそうと、待ってましたふたりとも!」


 ユリはこれから一発芸でも始めるみたいに腕まくりをしてから、自分の膝の上にスクールバッグを抱えた。

 そうしてチャックを開けると、中からごそごそと筒状の物体を取り出す。


「ここに取り出したるは、中身ひえひえのスープジャー……かける二個」


 漫画なら「ドン! ドン!」と効果音が入りそうなもったいぶり方でスープジャーをふたつ並べる。

 それから飲食店の洗面台によく置いてあるうがい薬用の小さな紙コップを2つ並べると、そこにラベルの張ってないペットボトルに入った真っ黒な液体を注ぎ込んだ。

 唖然とする私たちを前に、ユリはスープジャーの蓋をあけて、いつか見たギャルソンみたいな所作で深々とお辞儀をする。

 この間もそれ見たな。

 今度はそれがマイブームなのか。


「犬童家謹製のスペシャルくずきりでございます」

「意味不明だけど」

「解れ、意味! ホワイトデーでしょ!」


 ユリは両の拳を握りしめて、ぷんすこ怒ってるみたいに力説する。


「いや、意味不明だけど」


 だから私はもう一度同じ言葉を重ねておいた。


「昨日、おばあちゃんに作り方教えて貰ったから、ふたりにも食べさせてあげようと思ったのにー!」

「そういうのはまあ解るんだけどさ」


 なんでホワイトデーにくずきり?

 別に和菓子がダメってわけじゃないけど、どうしてよりによってくずきり?

 しかも黒蜜に浸して食べる素麺スタイルでのご提供だ。


「わははっ、なにそれ! 見て見て、ユリがまた変なの作ってきてるー!」


 ユリの素っ頓狂な声に興味を引かれてか、それとも目の前の珍妙な光景に目を引かれてか、クラスメイトたちがわらわらと机の周りに集まってくる。

 ユリはぷんすこを維持したまま、ぷりぷりと口を尖らせる。


「変なのじゃないよー! くずきりだよー!」

「いいじゃん。私にも食わせろよ。おまえ、和菓子作りは天一だからな」

「これしかないから、食べたかったら星たちから貰って!」


 人込みと話題の中心で、私はアヤセと顔を見合わせる。

 それからどちらからともなく観念したように頷くと、差し出された割りばしでくずきりをつついた。

 つるんとした歯ざわりに、優しい甘さの黒蜜が絡んで、ほどよい噛み応えが舌の上でもっちりぷっつりと弾けていく。

 ちくしょう。

 美味いじゃねーか。

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