ファーストフード店は高校生の心のオアシスだ。
というのは流石に言い過ぎだけれど、三年間のうちで一番多く利用する飲食店であることは間違いない。
学校以外の気楽に過ごせる場所を求めた場合、費用と耐用時間のバランスが一番良い。
ついでショッピングモールのフードコートが挙がるけれど、あちらは少し騒々しいのが難点だ。
「だー、くそ! ミスった!」
じっとスマホに集中していたアヤセが、雄叫びと共に大きく背伸びした。
彼女は耳につけていたイヤホンを外すと、ウサを晴らすようにポテトを口に詰め込む。
「さっきから何をしているの?」
「アプリのリズムゲーム。新しく始まったのがあってさ」
それでテスト中みたいにピリピリと集中していたわけか。
隣を見ると、ユリもイヤホンを耳に同じゲームで遊んでいた。
なるほど。
今日はやけに静かで勉強に身が入ると思ったら、こういうことだったらしい。
「前から思っていたけど、音ゲーとリズムゲーってどう違うの?」
「さあ、雰囲気とか?」
答えを求めて聞いたわけではなかったけれど、分からないなら分からないでもやもやとする。
試しにスマホで検索してみたものの、これがハッキリとした答えは見つからなかった。
「よーし、パフェー! これで鬼ヤバランク全クリー!」
ユリがガッツポーズと共に飛び上がる。
こっちはうまくいったらしい。
「鬼ヤバ全クリ? まじかよ。あれ、1個もムリなんだけど」
「ふみちゃんも練習すればなんとかなるよー」
「だからフミヨの方で呼ぶんじゃねーよ!」
「えー、日本人っぽくて可愛いのに。文世ちゃん」
「お姉さんはイヤなの! 二年間も一緒なんだから、いい加減覚えろよ~」
アヤセはつまんだポテトをユリの頬にぐりぐり押し付ける。
油と塩にまみれた頬は、ラメを塗ったみたいにキラキラ輝いていた。
「それはそうと鬼ヤバの話だよ。これ普通にやっても指おいつかなくね?」
「そうかな? こんな感じだよ」
ユリはイヤホンをつけなおすと、適当な曲を選んでプレイを始める。
ゲーム画面は6個のボタンをタイミングよく叩く定番のタイプのものだったが、ユリはボタンひとつにつき指一本――要するに、左右三本ずつの指を使って見事に叩き切ってみせた。
さながら華麗なピアノ演奏のようだった。
「まじかよ……えっ、キモッ」
「がーん!」
これに関してはアヤセに同意する。
ぶっちゃけキモい。
決して悪い意味ではなく、なんというか、しいて言えば気持ちいい方のキモい。
「てか普通は指三本使わなくね? こう、一本ずつでタタタンタタタンって感じだろ」
「太鼓ゲームじゃないんだから、別に一本ずつしか使っちゃいけないルールなんてないじゃん」
「あれ、それは確かに言われてみれば?」
アヤセは手のひらをみつめながら首をかしげる。
そこまで本気になって考えることなんだろうか。
「ところで星はさっきから何やってるの? やっとテストも返ってきて、のんびりできるところなのに」
ユリが私のノートと参考書を覗き込む。
「受験勉強」
「おいおい真面目かよ」
「真面目だよ」
共通テストまでとっくに一年を切っているのだから、決して不思議なことではない。
はず。
なのに。
なぜか彼女たちと一緒にいると、自分の『普通』というものが揺らいでいく。
「春先は生徒会主催の行事も多いし、早いと言うこともないでしょ。ユリもアヤセも最後のコンクールに向けて忙しくなるのに呑気にしてていいの?」
ユリは全国大会常連のチアリーディング部。
こんなんでも――いや、こんなんだからこそ、チームの中心選手だ。
アヤセは本籍の書道部に加えて、生徒会の書記も兼任して貰っている。
むしろ時間的余裕で言えば、生徒会長しかやっていない私の方がよっぽどゆとりがあるはずだ。
「てか、なんで私の方が余裕がないみたいに?」
とても、いやものすごく釈然としない。
「確かに勉強したほうがいいよなっては思ってるけど。私は推薦貰えそうだし、ギリギリでも何とかなるかもって」
「推薦? アヤセが? 何で?」
「そりゃ書道で」
「あんたのってそんなにすごいの?」
「そのセリフは1回くらい展覧会見に来てから言って欲しいわ」
アヤセのポテトの毒牙が飛んできたので、私は慌てて手で払う。
あとは家に帰るだけとはいえ、ほっぺたがキラキラになるのはごめんだ。
「ユリの方はどうなんだよー! 全国区のチアだし、それこそ推薦狙えるんじゃねーの?」
「えー? いや、あたしはおバカだからなあ」
「たしかに」
「たしかに」
示し合わせたようにアヤセとふたりでハモる。
「ボケたつもりなのにおかしいよ!?」
「はいはい、高度高度」
「星、この間の根に持ってるだろ」
「そんなんじゃないって」
アヤセのニヤリ顔に、私はすました顔でシェイクを啜る。
とっくに空になっていたカップの中身は、ずぞぞと不器用な音をあげるだけだった。
「なに? なんの話? もしかして、あたしが休んでる時に面白いことあったの!?」
「ややこしくなるから、ユリは黙ってて」
「がーん!」
三年、進路、最後の大会。
卒業式をきっかけに、それまで意識していなかった残された時間というものを実感する。
一年後の今日、私たちはきっとそれぞれの道に進んでいる。
その時まで、この関係を壊したくないのが私の願いだ。