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3月8日 来年の今日

 ファーストフード店は高校生の心のオアシスだ。


 というのは流石に言い過ぎだけれど、三年間のうちで一番多く利用する飲食店であることは間違いない。

 学校以外の気楽に過ごせる場所を求めた場合、費用と耐用時間のバランスが一番良い。

 ついでショッピングモールのフードコートが挙がるけれど、あちらは少し騒々しいのが難点だ。


「だー、くそ! ミスった!」


 じっとスマホに集中していたアヤセが、雄叫びと共に大きく背伸びした。

 彼女は耳につけていたイヤホンを外すと、ウサを晴らすようにポテトを口に詰め込む。


「さっきから何をしているの?」

「アプリのリズムゲーム。新しく始まったのがあってさ」


 それでテスト中みたいにピリピリと集中していたわけか。

 隣を見ると、ユリもイヤホンを耳に同じゲームで遊んでいた。

 なるほど。

 今日はやけに静かで勉強に身が入ると思ったら、こういうことだったらしい。


「前から思っていたけど、音ゲーとリズムゲーってどう違うの?」

「さあ、雰囲気とか?」


 答えを求めて聞いたわけではなかったけれど、分からないなら分からないでもやもやとする。

 試しにスマホで検索してみたものの、これがハッキリとした答えは見つからなかった。


「よーし、パフェー! これで鬼ヤバランク全クリー!」


 ユリがガッツポーズと共に飛び上がる。

 こっちはうまくいったらしい。


「鬼ヤバ全クリ? まじかよ。あれ、1個もムリなんだけど」

「ふみちゃんも練習すればなんとかなるよー」

「だからフミヨの方で呼ぶんじゃねーよ!」

「えー、日本人っぽくて可愛いのに。文世ちゃん」

「お姉さんはイヤなの! 二年間も一緒なんだから、いい加減覚えろよ~」


 アヤセはつまんだポテトをユリの頬にぐりぐり押し付ける。

 油と塩にまみれた頬は、ラメを塗ったみたいにキラキラ輝いていた。


「それはそうと鬼ヤバの話だよ。これ普通にやっても指おいつかなくね?」

「そうかな? こんな感じだよ」


 ユリはイヤホンをつけなおすと、適当な曲を選んでプレイを始める。

 ゲーム画面は6個のボタンをタイミングよく叩く定番のタイプのものだったが、ユリはボタンひとつにつき指一本――要するに、左右三本ずつの指を使って見事に叩き切ってみせた。

 さながら華麗なピアノ演奏のようだった。


「まじかよ……えっ、キモッ」

「がーん!」


 これに関してはアヤセに同意する。

 ぶっちゃけキモい。

 決して悪い意味ではなく、なんというか、しいて言えば気持ちいい方のキモい。


「てか普通は指三本使わなくね? こう、一本ずつでタタタンタタタンって感じだろ」

「太鼓ゲームじゃないんだから、別に一本ずつしか使っちゃいけないルールなんてないじゃん」

「あれ、それは確かに言われてみれば?」


 アヤセは手のひらをみつめながら首をかしげる。

 そこまで本気になって考えることなんだろうか。


「ところで星はさっきから何やってるの? やっとテストも返ってきて、のんびりできるところなのに」


 ユリが私のノートと参考書を覗き込む。


「受験勉強」

「おいおい真面目かよ」

「真面目だよ」


 共通テストまでとっくに一年を切っているのだから、決して不思議なことではない。

 はず。

 なのに。

 なぜか彼女たちと一緒にいると、自分の『普通』というものが揺らいでいく。


「春先は生徒会主催の行事も多いし、早いと言うこともないでしょ。ユリもアヤセも最後のコンクールに向けて忙しくなるのに呑気にしてていいの?」


 ユリは全国大会常連のチアリーディング部。

 こんなんでも――いや、こんなんだからこそ、チームの中心選手だ。

 アヤセは本籍の書道部に加えて、生徒会の書記も兼任して貰っている。

 むしろ時間的余裕で言えば、生徒会長しかやっていない私の方がよっぽどゆとりがあるはずだ。


「てか、なんで私の方が余裕がないみたいに?」


 とても、いやものすごく釈然としない。


「確かに勉強したほうがいいよなっては思ってるけど。私は推薦貰えそうだし、ギリギリでも何とかなるかもって」

「推薦? アヤセが? 何で?」

「そりゃ書道で」

「あんたのってそんなにすごいの?」

「そのセリフは1回くらい展覧会見に来てから言って欲しいわ」


 アヤセのポテトの毒牙が飛んできたので、私は慌てて手で払う。

 あとは家に帰るだけとはいえ、ほっぺたがキラキラになるのはごめんだ。


「ユリの方はどうなんだよー! 全国区のチアだし、それこそ推薦狙えるんじゃねーの?」

「えー? いや、あたしはおバカだからなあ」

「たしかに」

「たしかに」


 示し合わせたようにアヤセとふたりでハモる。


「ボケたつもりなのにおかしいよ!?」

「はいはい、高度高度」

「星、この間の根に持ってるだろ」

「そんなんじゃないって」


 アヤセのニヤリ顔に、私はすました顔でシェイクを啜る。

 とっくに空になっていたカップの中身は、ずぞぞと不器用な音をあげるだけだった。


「なに? なんの話? もしかして、あたしが休んでる時に面白いことあったの!?」

「ややこしくなるから、ユリは黙ってて」

「がーん!」


 三年、進路、最後の大会。

 卒業式をきっかけに、それまで意識していなかった残された時間というものを実感する。

 一年後の今日、私たちはきっとそれぞれの道に進んでいる。


 その時まで、この関係を壊したくないのが私の願いだ。

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