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3月7日 むかしむかしあるところに

 この時期の座学授業ほど退屈なものはないと私は思う。

 学年末テストを終えた時点でこの学年の履修範囲はすべて終えているわけだし、やることはと言えばそのテストで正答率の低かった部分の復習か、3年の授業範囲を先取りで紹介するていど。

 はたまた受験対策の応用問題を解説するなんて、やる気に満ち溢れた先生も少なくはない。


 私はと言えば、自学でもできることに興味を抱くことはできず、真面目にノート取っているものの、ユリとの旅行をどこへ行くのか日本各地に意識を飛ばしていた。


 不意に鞄が鈍く震える。

 こんな時に誰のメッセージだろうか。

 授業中に取る気にはなれず放置していると、また同じように震えた。

 放置。

 震える。

 放置。

 震える。


 私は仕方なく、スマホを引っ張り出して机の下で開いた。


――暇だからリレー小説しょ

――ねえ

――みて

――おねがいだから


 ユリからメッセージが来ている。

 すごい。

 なんというか、先史文明が火を手に入れたような、そんな感動がジワリと沸きあがる。


 思わず振り返ると、ユリがぎょっとした顔でこっちを見た。

 それから「授業中だから前を向いて」と言わんばかりに慌ててジェスチャーをする。

 どの口がそれを言うのか。


――むかしむかしあるところに

――おじいさんとおばあさんが


 どうやら無理にでも始めるつもりらしい。

 そっちがその気ならと、私もメッセージを送る。


――仲良く暮らしておりましたとさ


――まって

――雑に終わらせないで


 気が付くと板書が進んでいたので、片手間にノートに書き写す。


――まるつけるまで続き書かないで!


 まる……読点ってことだろうか。

 早くも少し面倒になって来たので、私は短く「わかった」とだけ返す。


――むかしむかしあるところに

――おじいさんとおばあさんが

――生きていました


 それはそうだ。

 いきなり死なれていたら困る。

 ツッコミたい気持ちをぐっとこらえて、成り行きを静観する。

 まだ「。」がないなら、もう少し彼女のターンは続くのだろう。

 だけど、待てども待てども続きは送られてこない。


――おーい

――あ

――。

――つけるのわすれた


 どやらお鉢は私に回ってきていたらしい。

 とりあえず物語の定番に合わせておこう。


――おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ宣託にいきました。


 あ、変換間違えた。


――おばあさん何者?

――おばあさんが川につくと、上の方からどんぶらこっこと。


 訂正する間もなく、ユリが次の展開を打ち込んでくる。

 単純なミスだったがユリ的にはOKのようだ。


 ひとまずベースラインは桃太郎らしい。

 しかし、ここで区切ったということは、流れてくるものは私が考えろと言うことだろう。


――おじいさんの亡骸が流れてきました。


――おじいさん!?

――まって

――つづきけんげるから


 文面にすでに焦りが見える。

 でも次の展開は思いのほかすぐに送られて来た。


――おばあさんは不思議な力でおじいさんを生き返らせました。


 なるほど、宣託するババアならそういうこともできるかもしれない。

 このまま神様か何かのポジションで行くのだろう。

 ともすれば、ジジイの立場もおのずと決まる。


――おばあさんの宣託を受けたおじいさんは、鬼ヶ島へ向かいました。


――桃太郎はいらなかった

――じゃあ

――おじいさんは途中、3匹の仲間と出会いました。

――仲間考えて


――メス豚


==おじいさんは途中、3匹のメス豚を仲間にしました。

==メス豚って何ができるの


――叩かれると強くなる


――カウンター的な?

――メス豚は格闘家なのか

――おじいさんはメス豚と協力して鬼をやっつけました

――反省した鬼はおじいさんに言いました

――。


――おばあさんに言われて仕方なくやったんです。


――衝撃の黒幕

――なんでおじいさんを鬼退治に向かわせたの


――隠蔽工作みたいな


――黒いなおばあさん

――黒幕だけに

――ばあさんや、なぜこんなことを。


――ついできごころで。


――軽いな!


――さっきから私の大喜利みたいになってるんだけど


――ごめん

――あたしも考えるから

――ジジイとババアの未来を


 そもそも、このふたりはどういう関係なのだろう。

 たぶん、夫婦という設定は川の時点でなくなってるんだけど。


――ババア、結婚してくれ!


 思わず吹きだしてしまった。

 考えた結果がこれなら無理矢理すぎる。

 私は不意打ちの笑いをこらえながら、必死に続きを打ち込む。


――だめよおじいさん

――神様と人間なんて身の程をわきまえて。


――うるせえ、結婚しよう!!


 やだ、おじいさん……すごく海賊王の器。

 これなら歴戦のババアも、年甲斐もなくドキドキしてしまう。


――でもおじいさん、あなたには3匹もメス豚がいるじゃないですか。


――やつらは披露宴のメインディッシュじゃ。


 酒池肉林かな?

 ババアとメス豚を侍らすジジイ。

 前言撤回で最低だ。

 ドキドキを返せ。


――そんな淫らなゲス野郎についていけません。


――?

――なにが淫らなの?


 もしかして、メス豚をご存じない?

 ユリの頭の中ではここまで養豚場のようなのどかな風景だったのかもしれない。

 というかつまり、このジジイは苦楽を共にした仲間を披露宴で食おうとしていたらしい。


――たしかにワシとおまえでは生きていく障害も多いかもしれない

――しかしそれを乗り越えるだけの覚悟がワシにはある

――ばあさんが川でワシを蘇らせてくれた時にワシは


 お、なんか……いいんじゃない。

 少しだけ、ぐっとくるものがある。

 ババアはあと一押しくらいで、どうとでもなる。

 その一歩の勇気を踏み出せジジイ。


――ワシはおまえを

――やば

――おにくるにげて


 何が。

 そう思った瞬間、背後でスパーンといい音が響いた。

 振り返ると、名簿を持った教師と、涙目で頭を押さえるユリの姿があった。


「放課後取りにいらっしゃい」

「すみませんでしたあ!」


 ユリのスマホは教師に取り上げられて、そのまま持っていかれてしまった。


 私はひと息ついて、バレないようスマホを鞄に戻した。

 それから何事もなかったように板書の書き写しを再開する。


 やっぱり内職はするものじゃない。

 授業は真面目に受けるべきだ。

 生徒会長たるもの、学生の本分を全うし、生徒の模範とならなければならない。


 だけど会長の威厳が揺らいでも構わないから、最後の言葉だけはこのメッセージログに書き残して欲しかった。

 くそっ。

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