ジュースバーでふたり分の生搾りジュースを購入した私は、テーブルを挟んでユリの向かいへと腰かける。
彼女は先に買ったたこ焼きを頬張りながら、足りない頭でうんうんと唸り声をあげていた。
地方とは言えど、日曜日のショッピングモールは家族連れやカップルで大賑わいだ。
他に行くところもないから当然と言えば当然だが、あまり人混みが得意でない私にとっては、フードコートは数少ない避難地点だった。
席に座ってしまえば、他の席や客とは自動的にソーシャルディスタンスが形成される。
喧騒の中にあって、私だけの世界。
私たちだけの世界。
「旅行先どこがええやろか?」
「なんで関西弁なの」
「たこ焼き食うとるからや」
「昨日からの口調ブームはなんなの」
私は頼まれていたシークワーサージュースをユリの前に差し出すと、自分のライチジュースに口をつける。
でろっと鼻に抜ける、少しクセのある甘いのど越し。
お気に入りの味だ。
「んー! やっぱりここのジュースはおいしーさー!」
「今度は沖縄?」
ああ、シークワーサーだからか。
器用だな。
しかも「おいしいさー」と「シーサー」をかけてるのがイラっとする。
「そんで、旅行先なんやけどさー。わーはバリ島とかええと思うねんけどさー」
「口の中混ぜかえってるからって、方言も混ぜるな」
「なんくるないさー」
最後のたこ焼きをジュースで流し込んでから、ユリはテーブルに広げていた旅行ガイドを突き出した。
さっき旅行会社の店先から見繕ってきたツアーのチラシで、表紙にはでかでかとバリ島と書かれていた。
「海外は金銭的に無理。卒業旅行ならいくかって気分にもなるけど」
「卒業……」
ユリの表情がしゅんと暗くなる。
しまった。
まだ卒業はNGワードだったか。
「でも、お金なら貯金があるよ」
「バイトもしてないユリがどうやって?」
「幼稚園の時からのお年玉貯金」
「それは独り立ちする時まで取っときなよ。そもそもなんでバリ島なの」
「失恋旅行と言えばバリかなって」
全国のバリ島好きの女子に謝れ。
とはいえ、私も南の島自体に魅力を感じないわけではない。
3月とは言えまだまだ肌寒い季節だし、南国の陽気でリフレッシュしたい気持ちはある。
それに大学受験も控えているとなれば、ハメを外せるのはおそらくこれが最後の機会になるだろう。
それはつまり、ユリと徹底的に遊べるのもこれが最後かもしれないということ。
自分で考えておいて、なんとも現実味のない憶測だった。
「それでも現実的じゃないよ。パスポートだって申請しなきゃだし。もうちょっと近場……せめて沖縄とか」
「えー、沖縄は今飲んじゃったよ。っていうか、何か摘まめるもの買って来ていい?」
ユリは氷だけになったジュースカップを持って、立ち並ぶ飲食店のほうへと駆けていく。
飲みつくしたって、もしかしてジュースのことか。
ずいぶん安い欲求消化で羨ましい。
しばらくして、彼女は満面の笑みと共にラーメンどんぶりを抱えて帰って来た。
「『つまめるもの』概念が揺らぐんだけど」
「よかろうもん」
「博多とんこつなのね、それ」
「大丈夫ばい。星にもつまましぇちゃるけん」
ユリはそういうと、すくい上げた麺をふーふーしてからこちらへと差し出した。
「はい、あーん」
「ラーメンをあーんする人初めて見た。箸もういっこ持ってきなよ」
「私の好意を受け取れんと?」
ユリはすねたようにぶすっとしたまま、てこでも箸を降ろそうとしない。
私は仕方なく、差し出された麺に顔を寄せる。
すんと鼻先に香るとんこつの香りは、喉に残った生ライチの残り香と混ざってゲロみたいな匂いになった。控えめに言って最悪だ。
でも差し出されたものを無下にするのは忍びないし、食べないといつまでも話は進まないし、これは不可抗力というものだろう。
私の判断は間違っていない。
もう一度言う。間違ってない。
せめてアツアツの麺で口の中をやけどさえしなければ――
「あっ、すべる」
麺を咥えようとした瞬間、箸の先から麺が滑り落ちた。
スープが派手に跳ねて、乳白色の雫が服に飛び散る。
胸元の白い生地のうえに、ぽつぽつと油っぽいしみが浮かび上がった。
「……このワンピース、お気に入りだったんだけど」
「あー……ごめん?」
私はユリの持つ箸を無言でひったくると、底の方に溜まった麺のあつあつのところを掬って彼女の口先に突き付ける。
「ほら、あーん」
「もしかしてはらかいとー? はらかいとーよね?」
「あつあつで美味しいところだから。ほら、あーん」
「それ食べたらあたし、口の中べろべろになってしまうけん! せめてふーふーして! ふーふー!」
「あーん」
数秒後、そこには涙目になりながら口の中の熱さで悶絶するユリの姿があった。
もちろん、旅行の話が進まなかったのは言うまでもない。