今日はバイト先のカフェチェーンに珍獣が現れた。
「探したZE、子猫Chan☆」
いや、ただのアホだった。
カウンターの先でバチコンとウインクを飛ばしたユリは、そのままアイドルの宣材写真みたいに微動だにしなかった。
「いらっしゃいませ。本日は店内のご利用でしょうか」
「君の瞳で乾杯するZE☆」
「当店はそのようなサービスは行っておりません」
バチコン再び。なんだかカメラのシャッターみたいだなと妙に冷静になる。
というかグラスに私の眼球でも浮かべるつもりかこいつ。
閑静な飲食店にあるまじき猟奇的なイメージが、頭の片隅でぐるぐる回り出した。
「お客様、その臭い芝居はなんでしょうか」
「今日は俺様系紳士祭りなんだZE☆」
「当店ではそのようなキャンペーンは受け付けておりません」
なんだその頭の悪いお祭りは。
いや頭がお祭りなのか。
なるほど。
「ご注文をどうぞ」
「いつものでたのむZE☆」
「お客様は一度も同じものを注文したことがございません」
「それじゃあマスターのおすすめを頼むZE☆」
「ただいまのおすすめは、一足先の春を感じる季節限定いちごのキャラメルマキアートでございます」
「うーん、君の瞳で乾杯☆」
たぶんYESの意なんだろうが、早くも語彙が尽きかけているのだろうか。
思わず吹き出してしまいそうになるのを、下唇をぐっと噛みしめてこらえる。
とりあえず、ユリの頭の中ではここはオーセンティックなバーなんだということは伝わった。
とはいえ当店、全国数百店舗の庶民的なカフェにつき、全力でマニュアル通りのサービスをお届けいたします。
「サイズはいかがいたしましょうか」
「大は小を兼ねるんだZE」
「とっくに『俺様』が迷子になっておられます。とりあえずグランデサイズにしておきますね。トッピングはいかがいたしましょうか」
「君の気持ちをたっぷり込めて欲しいんだZE」
「曖昧な言葉では分かりかねます、お客様」
「世界はそれを、愛と呼ぶんだZE☆」
「ストレートにうざいです、お客様」
ユリの今日一番のドヤ顔に、たぶんこれが言いたかったんだろうなと察する。
まだ引きずっていたのか、サンボマスター。
「それではトッピング全マシにさせていただきます。合わせまして1050円頂戴いたします」
ユリは首から下げたがま口を開き、じゃらじゃらと中の小銭をつまみ始める。
だがやがて、指の動きが止まるのと一緒に、キザったらしいキメ顔がみるみるしおれ始めた。
「……ツケといてほしいZE☆」
「お客様、『紳士』もお留守でございます。残ったのはパラダイスな頭だけでございます」
「き、君の小銭で乾杯……」
「それではただのヒモ野郎です、お客様」
ユリの顔がしおしおを通り越してヨボヨボになってきた。
流石にかわいそうになって来たので、私は目の前のオーダー表を一瞥してため息をつく。
「有料トッピングはキャンセルして、無料の分だけ全乗せにしておくから。料金は750円」
ユリの表情がみるみる潤って花開いた。
「君の瞳でカンパーイ!」
「私の眼球はとっくに品切れです、お客様」
支払いを済ませたユリは、鼻歌まじりに受け取りカウンターへと向かっていった。
印字されたオーダーを同僚のバリスタへ通すと、やり取りを見ていたらしい彼女はクスクスと笑いながら受け取った。
「狩谷さんのお友達、相変わらず面白い子だね」
「いえ、今日の彼女は手負いのチンパンジーです」
「なにそれ絶滅危惧種?」
同僚は頭にクエスチョンマークを浮かべていたが、オーダー表を受け取ってさらに首をかしげた。
「あれ、有料トッピングってキャンセルしたんじゃ?」
「私が払うので、つけてやってください。彼女には後で言っておきます」
「ああ、なるほど。ふふっ、了解」
同僚はにっこりと笑顔を浮かべてドリンクづくりに取り掛かった。
私は軽く深呼吸を挟んでから、バイト用に磨き上げた営業スマイルで次のお客に応対する。
もう、ほんとまじなんなんだあいつ。
バイト先まで押し掛けてきてサイアクだ。
私の気持ちなんて面と向かって込められるわけねーだろ、アホ。