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3月4日 生徒会の役員ども

 昇降口を入ってすぐ左手、放送室の分厚い扉の向かい側。

 そこが本校生徒会の拠点だった。

 今日の生徒会室は、普段ならあり得ない賑わいで満員御礼状態だ。

 それぞれが各部や同好会の部長たち。

 全員が座るスペースはないので、部長会は毎度のごとく立ちミーティングになる。


「以上が、入学試験におけるボランティア業務の内容です。来年度の部活動オリエンテーションにおけるブースの抽選権を付与しますので、ぜひご協力を」


 連絡事項が終わると、部長たちはそぞろにそれぞれの活動場所へと帰っていく。

 ボランティアの参加にオリエンテーションの抽選券を付与するのは数代前の生徒会長の発案だった。

 これが効果てきめんである。

 とりわけ新入部員の数が欲しいチームプレイ中心の部がこぞって参加してくれるので、ボランティア人員の不足は無用の心配となった。

 私は一仕事終えた充足感を胸に、椅子に腰かけて一息ついた。


「お疲れ様です、狩谷会長。あとは前日と当日の進行ですね」


 副会長の労いの言葉に、私は今日の部会の資料を振り上げて応える。


「今日の資料はとても読みやすくて助かりました。ありがとう」

「もう半年になるんですし、親愛を込めて心炉こころと呼んでください。そうでなければ会長の座を譲ってください」

「その二択があなたの中で釣り合う意味が分からない」


 副会長の下克上ジョークを投げやりにかわして、私はファイリングを済ませた資料を棚へと押し込んだ。

 2学期の生徒会選挙で私は彼女に僅差で勝利した。

 負けた方は他の役職につけるのが伝統であるため、私は彼女に副会長の座をあてがったのだが、今となってはすごく後悔している。


「ちょっと、なんでふたりでひとりの生徒会みたいな雰囲気出してんの。この狼森書記のこと忘れないでくれる?」


 窓際の席で議事録の清書を行っていたアヤセが不満げな声をあげた。

 彼女は私が任命して書記を担当してもらっている。

 理由は書道部で字が上手いことと、私が使いやすい人間だから。


「会長を補佐するのは副会長の仕事ですから。そうでなければ私が生徒会を切り盛りした方が早いです」


 副会長はこれ見よがしに胸を張って、座ったままのアヤセに圧をかけるように見下ろす。

 するとアヤセはむっとした表情で、しゃくりあげるように彼女を睨みつけた。


「既に決着のついた選挙にどれだけ未練あんの。つーか、一度決まったものを覆せるわけねーだろ、ぶ・す・じ・まさん?」

「相変わらず良い活舌。今からでも演劇部に入ったらどうですか。書記には私がいい人材を見つけておきますので。ねえ、文世ふみよさん」

「ぎゃああああ! そのシワシワネームで私を呼ぶな! 学校ではアヤセって呼ばせてんの!」

「アヤセ、手が止まってる」


 私が指摘すると、アヤセが慌てて仕事に戻る。

 毒島副会長は勝ち誇った様子で鼻を鳴らした。

 何してんだこいつら。

 でも生徒会の輪を守るのも会長の役目だから仲裁するのが私の仕事だ。

 混ぜるな危険は引きはがすに限る。


「副会長は仕事ないんで帰っていいよ」

「え゛。いや、その……私は書記がちゃんと働いているか監視しないと更迭の判断が……」

「ついでに私のボロも探されそうで嫌なんだけど」

「もちろん、狩谷さんが会長に相応しいかどうかは常日頃から観察させてもらっています」

「えっ……それは普通にキモい」

「がーん!」


 思わず素で引いてしまった。

 流石にショックを受けた様子で、副会長はがっくりとうなだれてしまった。

 というかショック受けたときに「がーん」って言う人初めて見た。


「たのもー!」


 そんな時、生徒会室の扉が勢いよく開け放たれてジャージ姿のユリが飛び込んで来た。

 昨日の今日でどうなることかと思ったけれど、ちゃんと登校してきたことは朝イチで雑に褒めてあげた。


「ちょっと犬童さん、ノックもないなんて非常識ですよ」

「えー、討ち入りの時にピンポン押す馬鹿はいないでしょ」

「うち……いり?」


 お小言を軽くやり過ごして、ユリはずんずんと私の方へやってくる。

 副会長の方はというと、返す言葉を探すかのように目が宙を泳いでいた。

 ダメだよ副会長、その子の言葉をまともに理解しようとしちゃ。


「ボランティアの説明会ならもう終わったけど。というかアキは部長じゃないし」

「殿中でござる! 命が惜しくば来期のチア部の部費を上げられよ!」


 うん。

 どうやら、ただ厄介ごとを持ってきただけのようだ。


「あたし、思ったんだよね。3年生が卒業したから、もう星がこの学校の殿なわけじゃん。その力でなにとぞ御贔屓にしていただけないものか!」


 何からツッコむべきなのか、そもそもツッコまざるべきか。

 どちらがマシかを考えた結果、私は後者を選んだ。


「チア部なら既に校内最高額の部費があてがわれてる。全国常連チームをないがしろにする学校がどこにあるの」

「え、そうなの? それは勿体なきお言葉ー!」


 ユリは机に三つ指ついて深々と頭を下げる。

 討ち入りに来て頭を下げるとはこれいかに。

 別に予算を決めているのも承認しているのも私じゃないのだけれど、まあ悪い気はしない。

 世の中の高校生は生徒会の権力に夢を見すぎだと思う。


「それはそれとして明日の予定空いてる? 旅行の相談しよ!」

「明日はバイト」

「がーん!」


 あれ、もう1人いた。

 私はがーん仲間の副会長を横目で見つつ、週末の予定を思い返す。


「明後日なら空いてる」

「じゃあ明後日ね! 首を洗って待ってるが良いぞ!」


 なぜか捨て台詞を吐いて、ユリは生徒会室を飛び出していった。

 ほんと台風みたいなやつだ。

 とはいえ元気の源として私が提示した条件だし、そこは甘んじてユリのペースに乗っておく。


「会長、なんかにやけてません?」

「くしゃみが出そうで出ないだけ」


 口角にぐっと力を込める。

 それから鋼鉄フェイスを作って顔を上げると、副会長と書記が穴が開くような目で私のことを見ていた。

 まるでそっくりな表情に、ちょっと引き気味で眉をひそめる。


「ところで旅行って?」

「ところで旅行って?」


 そう尋ねるふたりの声は完全にハモっていた。

 なるほどどうやらこのふたり、ほんとは仲が良いらしい。

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