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3月3日 元気になること言って

 放課後。結局私は、あいつの家にスマホを届けることになった。

 というのもユリのやつは、失恋くらいで2日も学校を休みくさったのだ。


「……と、今の今まで考えてたけど。ホントに体調悪かったんだ」


 綺麗に整頓された部屋たぶん厳格なおかげ

 ベッドのうえで赤らんだ顔を見せるユリは、私の来訪を嬉しそうに出迎えてくれた。

 普段はふわふわの髪も、ガサガサのしなしなになっていてなんだか痛々しい。


「ごめんねえ。お見舞いに来てくれるなんて、うれしい」

「こっちこそごめん」

「えっ、何が?」

「私、ユリのことアホ美化しすぎてたみたい」


 芸術点の高いアホなユリは、私の想像の中だけの存在なのかもしれない。

 風邪もひいてるし。あれ、風邪知らずはバカだっけ。


「それはそうとスマホ」


 第一の目的であるそれを手渡すと、ユリは愛おしそうに頬ずりした。


「ありがとう~。スマホちゃんがなかったから星にも休む連絡できなくてさ」

「あっても連絡しないでしょ」

「たしかに! 直接話す方が楽しいもんね」


 ちなみに昨晩のPASS解除チャレンジは、ものの1回で成功した。

 というかPASSかかってなかった。

 あまりに張り合いがないのでSNSでも覗いてやろうかと思ったが、ずらりと並んだ数百件の赤い通知バッジを前にして見る気力はすぐに失せた。


「PASSくらいかけときなよ」

「いやあ、あたしそういうの忘れちゃうんだよね」

「指紋認証なり顔認証なりあるでしょ」

「そしたらスパイになって指紋焼き捨てたり、整形レベルの変装に認証できないじゃん!」

「そういう仕事にスマホ持ってくなよ。それに指紋はまだしも変装なんてしないでしょ」

「そうなの? あたし、バリバリーってマスク破るの夢なんだけど」

「それ怪盗とか犯罪者側がやるやつじゃない?」

「……なるほど?」


 ユリがごくりと喉を鳴らして押し黙る。

 それから至極真面目な表情で、私のことを見つめた。


「あのさ……」

「怪盗ってどうやってなれるの?」

「先に言われた!」

「なるなアホ!」


 傍らの枕を思いっきりユリの顔面にぶつけてやる。

 ほんとに体調不良だと知った時は心配もしたものだけど、この様子ならたぶん大丈夫だろう。


「明日には学校来るんでしょ?」

「そうしたいのはやまやまなんだけど……実は昨日も今朝も、登校しようとした時に倒れちゃったんだよね」

「それ、大丈夫なの? 病院は?」

「行ったよ。寝不足だって」


 ユリはバツが悪そうに笑った。

 それって結局、卒業式の日のこと引きずってるということだ。

 何の気なしに、視線が机の上に転がるボタンに向く。

 西日で輝く浮彫の校章は、3年の耐用でところどころがつるつるにハゲていた。


「貰ったボタンを見るとさ、胸がギューってなって、チクチクして、目が冴えちゃうんだ。なんだかいつもの元気もないし……」

「そっか。ユリもちゃんと失恋できるんだ」

「もしかして、ちょいちょい喧嘩売ってる?」

「まさか」


 でも、なんだか釈然とはしない。

 あんなにサンボマスター聞かされたからか。

 ユリはもじもじしながら、上目遣いで私を見上げる。


「だから何か、元気になりそうなこと言って欲しいなあって」


 どうにもおねだり上手なのは、体が弱っているせいもあるのだろう。

 ユリがそんなに計算高いことできるはずがないし。

 それに弱い私も私だ。

 ため息交じりに、ユリをベッドへと寝かしつける。


「春休み、どっか旅行いこうか」

「ほんと!? やったあ、超あが……る……」


 ユリの意識が一瞬のうちにブラックアウトしていった。

 寝るまで頭でも撫でてやろうかと思っていた手が行き場を失くして彷徨って、結局自分の鞄を掴み上げた。


 夕暮れの街を歩きながら、もんもんとユリの事を考える。

 本当に人騒がせなやつだと、腹が立つのが大半だけれど。

 それでも、まっすぐに自分の気持ちに向き合って、まっすぐに失恋を受け止める彼女を羨ましいと思った。

 JKとしての感性死んでるのに、めっちゃ青春してんじゃん。

 やっぱこれもムカつくことだった。


 少なくとも明日には、いつもの元気は取り戻しているだろう。

 私が帰るのも気づかないくらい爆睡していたし。

 だからこそ捨て台詞のひとつも言わせてもらえなかったことにもやもやして、スマホの画面をにらみつける。


 保護ガラスに、だらしない笑顔を浮かべた自分が反射して映っていた。


――明日、学校で待ってる。


 メッセージを打ち終えると、上着のポケットがブルブルと震えた。

 ほんとまじさあ……怪盗向いてるんじゃね、あいつ。

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