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365日のユリdiary
咲樂
恋愛スクールラブ
2024年09月01日
公開日
685,375文字
連載中
それは第二ボタンの先輩にもできない、親友である私の特権だ――

高校二年の春。卒業式で先輩に告白・失恋したユリを、星は親友としてただ抱きしめた。
そこから始まる、高校卒業までの最後の365日。星が胸に秘める思いは伝えるべきか、隠し通すべきか。
一方で、そんなこと知るよしもなく、能天気なユリは気の向くままに彼女を振り回す。
それは次第に、星を中心に繋がった、いろんな縁をも振り回し始めて運命の365日後――卒業式の日を目指す。

真面目で皮肉屋な星の視点で、自由奔放なユリをはじめとした友人たちとの日々を描く、日刊シチュエーション百合コメディです。シリアス回もあります。ドタバタ回もあります。エモエモ回もあります。

※本作はAmazonkindleで販売中の同名作品のWEB連載版です。
 加筆修正を行ったkindle版とは内容に差異がありますのでご了承ください。

3月1日 第二ボタン

 卒業式の日は授業がなくなる、というのは在校生にとってはそれなりに有益なイベントだ。

 親しい先輩の卒業にひとしきり感傷を覚えたあとの教室は、やれカラオケだの、やれショッピングだの、今日という日を最大限に楽しむ計画で賑わい始める。


 これが一年後にはきっと、湿った顔で互いにこれまでの感謝を伝えあいながら、打ち上げのパーティに向けて胸を弾ませているに違いない。

 遊びに夢中になっている、という点では今年も来年も変わらないのかもしれないけれど。


 私もその例に漏れず、相方を誘ってどこかのグループに合流しようかと思ったけれど、その姿はちょっと目を離した隙にどこかへ消えてしまっていた。


「星たちもカラオケいく?」

「そのつもりだけど、ユリがいないから後で合流する」


 クラスメイトの誘いにそう返事しつつ、片手のスマホはユリへメッセージを送る。


 ――今どこ?


 ほんの少しのタイムラグの後、後ろの席でブブっとスマホが震えるのが聞こえた。


「あいつまたスマホ忘れてる……」

「大変だね保護者は」

「そんなんじゃないってば。じゃ、またあとで」


 私はユリの机から置き去りにされたスマホを引っ張り出して、教室を後にした。


 探しに出たのはいいものの、このパターンは毎度、凶悪事件の特捜並みの捜索技術が必要とされる。

 ユリに会ったのは高校に入ってからだけど、かつてこれだけ自由で頭空っぽな人間に、私は出会ったことがない。

 たいていの場合は散々探し回って足が棒のようになったあげく、ひょっこり現れては「あれ、こんなとこで何してんの?」なんて能天気な笑顔を浮かべてくる。


 つい殴ってやりたいと熱くなることは何度となくあったものの、そこは理解ある大人の対応でぐっとこらえる。

 やがてそれが日常になれば、愛嬌すら感じるものだ。私という人間は、思いのほか他人に振り回されるのが好きなようだった。

 それまで自分のことを真面目で堅物な人間だと思っていたけれど、ただのド変態なんじゃないかと心配になったのは、思い返すだけでやっぱあいつまじなんなんだありえない。


 今日はどれだけ歩かされるのか覚悟を決めたところだったけど、とりあえず校内に居ることを確認するため昇降口へ向かったところでその姿を見つけた。過去最短記録の快挙だった。


「スマホ、また置きっぱなしにしてる」


 私は、持ってきたスマホを掲げてユリに歩み寄る。

 彼女は上履きのまま玄関先の柱に背中を預けて、流れる雲をぼけーっと眺めていた。


「ねえ、星。あたしさ、第二ボタン貰ったんだー」


 そう言ってにへらとバカみたいに笑うのは友梨。発音は「ユウリ」が正しいのだけど、なんだか外人みたいで落ち着かないというので私たちには「ユリ」と呼ばせている。

 変なやつ。


「コートの第二ボタンとか価値あるの?」


 私が微笑むと、ユリは噴き出すのを押さえるようにプルプルと震える。


「あるの! それにそこは、ウチ女子高やないかーいってツッコムとこでしょ」

「いや、私、ツッコミ担当じゃないし」

「じゃあボケ? 私のカミソリシュートのようなツッコミをご所望と?」

「理論ボケと天然ボケのコンビってかなり難易度高いと思うけど」

「確かに私は理論派だからなあ」


 ユリがいつもの調子で乗ってこようとして、すぐに慌てて空を見上げる。

 そのまま目元を覆って動かなくなると、多い忘れた口元から湿った吐息がこぼれた。


 彼女が堪えていたのは、笑いじゃなくて涙だった。


「先輩から返事、貰えたんだ」

「うん……ダメだったあ! でも、ありがとうって言ってくれたあ! それでお願いして、第二ボタン貰ったあ!」


 ユリは顔をくしゃくしゃにしながら、貰ったボタンを勲章みたいに見せびらかす。

 私はその手を包み込むように握って、もう片方の手で彼女の頭をぽんぽんとあやすように撫でた。

 本当に、手のかかる子供みたいだ。


「これからアヤセたちとカラオケ行くけど、いく?」

「いぐう~! サンボマスター歌う~!」

「ユリって時々、ほんとにJKなのか疑うよね」

「それってほめ言葉あ!?」


 胸の中で泣きじゃくる彼女をあやすように、よしよしと背中をさする。

 それは第二ボタンの先輩にもできない、親友である私の特権だ。

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