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『夢』と人

 私とマユミさんはシラキさんが戻ってくるまでの間忠敬さんについて様々な思い出を話した。お互いの知らない忠敬さんから忠敬さんらしい話まで様々な話をしている内に緊張もほぐれたようで度々笑顔を見せるようになっていた。


「おや、随分仲良くなったようだね。どんな話をしていたのかな」


「私のお祖父ちゃんの話です。私の知らないお祖父ちゃんの話を聞かせて貰ってたんです」


「忠敬くんの話か。彼、日本中を巡る旅に出ちゃったからね。好き嫌い激しいのに大丈夫かな」


「えっ、お祖父ちゃんって好き嫌い激しいんですか」


 意外にも忠敬さんの好き嫌いについて反応を示したのはマユミさんだった。私もシラキさんもマユミさんなら知っているだろうと思っていただけにこちらも別の意味で驚かされた。


「まかないを用意した時は嫌いなものは意地でも食べなかったね」


「シラキさんが気づかれないように上手く料理に混ぜていた際も正確に見つけ出して食べずにいましたね」


 当時を思い出すと笑ってしまいそうになる。何度も手伝わされた料理の中から嫌いな食材を抜き出す作業を見て、さらに見つからないように工夫を凝らすシラキさんとの闘いはいつも熾烈を極めていた。マユミさんはそんな忠敬さんの様子が想像できないのか目を白黒させている。


「自宅ではそういったことはなかったのですか」


「家では嫌いな食べ物を避けたり残したりしていなかったはずです。いつもご飯は完食していました」


 私の知る忠敬さんと異なる姿に私が頭を悩ませているとマユミさんが突然声を上げた。


「あっ、もしかして」


「何か気づいたのかな」


「はい。私の家ではいつもお祖父ちゃんが料理をしていたのでお祖父ちゃんの苦手な食材を使わなかったんだと思います」


 予想外の答えに思わず私たちは頭を抱えそうになっていた。一度も見たことがないということは少なくともマユミさんと暮らし始めてからは常に忠敬さんが料理を作っていたことになる。マユミさんが料理を苦手としているかもしれないが、忠敬さんは暫く帰ってこない旅に出てしまった以上料理を作れる家族がいないかもしれない。


「マユミさんは今は一人暮らしだったよね。それなら毎日の食事は三食まかないを用意するから白幻堂で食べてもいいよ」


「えっ、本当ですか。店長の料理おいしいって聞いたので楽しみです」


 シラキさんの提案にこっそり安心した一方で、毎日シラキさんの料理が食べられるという環境にうらやましさを覚えていた。


「シラキさん、もしかして準備できたのですか」


「そうだね。準備はできたよ」


 シラキさんは待っていましたとばかりに丁寧に手入れされた狐の尻尾を取り出した。


「店長、昨日も話していましたけどこの尻尾は何に使うんですか」


 どうやらマユミさんに尻尾のことを詳しく話していなかったようで私たちの前に置かれた尻尾を不思議そうに眺めていた。


「これはこの店の重要な品のために必要なんだ」


「重要な品ですか」


「そうだよ。とても重要な品、『夢』を見るために必要なんだよ」


「夢……」


 シラキさんの話を聞いてもやはりマユミさんは首をかしげていた。確かに今の説明では詳しいことは何もわからない上に想像することも難しいだろう。


「マユミさん、この白幻堂にはね悩みを持った人たちが集まってくるんだよ。その悩みっていうのは人生の大きな分岐点になるような悩みなんだ。國春くんや君のお祖父さんである忠敬くんもそんな悩みを抱えてこの白幻堂に来たんだよ」


 マユミさんも思い当たる節があるのか何かを考えているようだった。


「そうして白幻堂にやってきた人たちはここで三種類の『夢』を見ることができるようになるんだ」


「三種類の『夢』……」


「夢を見る人の悩みを解決するかもしれない過去、現在、未来を映した『夢』を見ることができるんだ」


「それを見れば、悩みは解決するんですか」


 縋るような声がマユミさんから出てくる。揺れる瞳は何かを懇願するようにシラキさんを見つめていた。その様子をシラキさんは目を細めじっと見ていた。


「今の君にはまだ早いと思うよ」


「どうしてそんなとがわかるんですか」


 語気を強めたマユミさんを気にすることなくシラキさんは淡々と話し続ける。


「これでも白幻堂の主だからね。例え『夢』を見たとしても今はまだ君が望む答えを知ることはできないよ。それでも『夢』を見たいなら止めないよ。おすすめはしないけどね」


 突き放すような物言いについ昔を思い出してしまう。あのときの私もマユミさんのような冷や水を浴びせられたような気持ちになっていた。


「そう、ですか。それじゃあ今は遠慮しておきます」


「話を戻すよ。『夢』を見るためには眠らないといけないからね。そのためにこの尻尾を枕として使うんだよ。触り心地抜群ですぐ眠れると評判の尻尾だよ」


 過去二回尻尾を使って眠った私はその評判に内心で激しく同意していた。実際に『夢』を購入した際は驚くほどすんなり眠りにつき、寝起きも快適に起きることができた。可能であれば家に持ち帰り使いたいほど寝心地抜群の尻尾だった。


「良ければ私が『夢』を見るところを見学されますか」


「國春くん、その提案は嬉しいけど、君は良いのかな」


「ええ、かまいませんよ」


「國春くんから了承も得られたことだから、マユミさんは國春くんと一緒に座敷席に行くように。それと國春くんが寝ている間は無理に起こさないよう気をつけるようにね」


 シラキさんに促されるままに私たちは店の奥にある座敷席に向かった。そして座敷席に辿り着くと尻尾を枕代わりにして私は横になった。マユミさんはそんな私をじっと見つめている。


「『夢』が気になりますか」


 マユミさんは曖昧に頷くだけだった。


「『夢』は私たちの道を切り開いてくれますが、時には残酷な世界を見せます。だからもしマユミさんが今後夢を見る時が訪れたならあまり夢に囚われないように気をつけてください」


 余計に悩ませてしまったかもしれないと思ったが、伝えずにはいられなかった。せめてこの先『夢』との向き合い方を間違わないで欲しい。想いが届いたかはわからなかったが、先ほどよりも強く頷くマユミさんを見てほんの少し安堵した。

 ふと顔を動かすとシラキさんと目が合う。

 もういいのかと尋ねてくる視線に頷くことで返事をする。するとシラキさんはゆっくりと私の顔へ手を近づけた。


「それじゃあ、始めるよ。良い夢を」


 シラキさんの言葉を最後に私の意識はゆっくりと深い眠りの世界へ沈んでいった。


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