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第41話 とぐろと鎌首

「ウツロ、あなた、狙われてるよ?」


「な……」


 北天門院鬼羅ほくてんもんいん きらは出し抜けにそう言い放った。


「どういうこと? 鬼羅」


 星川雅ほしかわ みやびがその意味を問いただす。


雅羅がらさまがね、似嵐家にがらしけの御庭番を放ったんだよ。もちろんウツロ、あなたがお家を継承するに足る器かどうか、確かめるためにね」


「な……」


 「実家」が刺客を放っただと?


 しかもいま話を聞いたばかりの祖母・似嵐雅羅にがらし がらの命ということらしい。


 つくづく俺は、こういう星の下に生まれついたのか?


 気の休まる暇すらない。


 北天門院鬼羅はキッと視線を鋭くした。


「はっきりと言ってあげる。そのほうがあなたのためにもなるだろうからね。雅羅さまはあなたのことを、お気に召してはいないようなんだよ。だからこそ、試す心づもりでいるみたいなんだ」


 やはりというか、そうだろう。


 複雑だ、「身内」からそんな仕打ちを受けるというのは。


 ウツロに気をつかって星川雅がフォローしようとする。


「鬼羅、それは確かなことなの?」


「嘘ついたって意味ないじゃん。わたし、自分の得にならないことをするのが、一番嫌いなんだ。雅ならそのこと、ちゃんとわかってるでしょ?」


「ん……」


 フォローはたいして効果をなさないようだ。


 ウツロはいとこの配慮を申し訳なく思い、逆にフォローしようと試みる。


「いや、雅、気づかいは無用だ。俺は確かに、ほめられた出自なんて持っていない。血統を継いでいるというだけであって、そんな名家の敷居をやすやすとまたげるだなんて、思ってはいないさ」


 引っかかる表現に、北天門院鬼羅はウツロの顔をのぞきこんだ。


「その言い方、なんか気になるね。まるでまたぐつもりがあるみたいに聞こえるけど?」


「鬼羅、俺にだってね、まっとうな野心くらいあるんだよ?」


 ウツロはかすかに口角を緩くした。


「ふうん」


 彼女はいぶかった。


 こいつの意図が読めない。


 何を考えている?


 あるいは、まさか……


「男性特有なのかはわからないけど、見かけによらないんだね、ウツロ?」


「軽蔑したかい?」


「いや、逆だよ。そういうのわたし、案外嫌いじゃないかも」


 ペロリと舌をなめる。


 ウツロはその対応に内心満足感があった。


「君は頼りになりそうだね、鬼羅?」


「はっ、なにそれ!? わたしがあなたに力を貸すとでも?」


「さあ、そのときにならなければ、わからないね……」


「……」


 好戦的な表情をするウツロ。


 北天門院鬼羅はだんだとわかってきた。


 この少年がどんなことを考えているかを。


 ここはひとつ、あえて利用されるという選択肢を用意しておくのも、面白そうだ。


 彼女は体を返して笑いかける。


「やり手だね、ウツロ。雅、どう思う?」


 星川雅にもさりげなく承諾を確認する。


 この状況では実に合理的な対処であると言えよう。


「変わったよね、ウツロ? いや、いい意味でってことでね。この間までめそめそ泣いてたガキだったのに、よくもまあここまで成長したものだよ」


 星川雅も理解している。


 ウツロの考えていること、そして同様に、北天門院鬼羅の腹を。


 ここは自分も乗ってみるのが妥当、いや、あるいはそれが、最大公約数的な意味合いを持つのかもしれない。


「君にそう言ってもらえると、非常に光栄だな」


「はあっ! よくもまあ、いけしゃあしゃあと! 叔父さまやアクタに合わせる顔があるの!?」


 ウツロは思っていた。


 話のわかる連中でよかったと。


 俺は曲がってしまったのか?


 本当にアップグレードなのか?


 しかし、しかしだ。


 ネズミも強くなりたいのだ。


 毒虫だって光の当たる場所に行きたいのだ。


 そう考えていた。


「それを指摘されるとつらいな。しかし、それと向き合うことが大切なのであって――」


「ああ、もういい。わかったから」


 星川雅は顔をそらして手をひらひらと振った。


 北天門院鬼羅はニコニコとしている。


「なんだか面白いやつだね、ウツロ? みんなが集まってくる理由が、なんだかわかってきた気がするよ」


「おそれおおいよ、鬼羅?」


 いままさに死闘が繰り広げられようとしている。


 そんな極限下においての手練手管に、少女両名は認めるところがあった。


 この少年、ウツロのおそるべき成長速度について。


「さて、間もなくだよ、二人とも? さすがに今後は空気を読んでよね?」


 星川雅は場を収めにかかる。


「わかってるよ、雅。用はもう済んだから」


「……」


 彼女は思った。


 わたしがヘビですって?


 よくもまあ、ぬけぬけと。


 ウツロ、いまのあなたのほうが、よっぽどヘビに見えるよ?


 そう、まるでとぐろを巻き、鎌首をもたげたヘビそのもの。


 獲物に照準を定め、虎視眈々と食らいつくタイミングを狙っている。


 ふふ、これはいい。


 いよいよ面白くなってきた。


 せいぜい利用させてもらうよ、ウツロ?


 こんなふうに腹の中でせせら笑った。


「じゃ、わたしも戻ることにするね。またね、雅、ウツロ」


 北天門院鬼羅はきびすを返し、三千院家のほうへと歩いていく。


 ウツロ、こいつはひょっとしたら、おそるべきミラクルを起こしてくれるのでは?


 方向性は少し違えど、彼女もやはり、星川雅と同じことを考えていた。


 対峙してから時間にしてたかだか数分。


 しかしその数分で、ウツロは将来的な地盤をひとつ固めることに成功したのだ。


 実際、北天門院鬼羅の心には、すでにこのウツロという少年の存在が、しっかりと刻みこまれていたのである。


「頼りになるいとこで助かったよ」


「やめてよ、気色悪い」


「道は長く険しい、でも、着実に歩く必要があると思うんだ」


「はっ、メタファーのつもり? まったく、あなたらしいよね」


 こうしてウツロと星川雅は、自分たちのスペースのほうへとはけていった。


 かくかくと揺れそうになる両肩をがんばって抑えながら。

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