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第40話 北天門院鬼羅

 姫神壱騎ひめがみ いっきとその母・志乃しのは、桜の木の下で試合の準備を淡々と進めていた。


 二人とも白装束に着替え、言葉を発してはいない。


 あまりの緊張感、そしてそのやるせなさに、少し離れたところにいるウツロたちは、心を抉られる気持ちだった。


「見てらんねぇぜ。これじゃリアルな時代劇だろ」


 南柾樹みなみ まさきがぼやく。


「確かに、いま俺たちは、世にも気の触れた行為に立ち会っているのかもしれない。だが柾樹、いまさら止めることなどできるとでも?」


 ウツロは神妙な面持ちで返した。


「わかってるって。ったく、いったいこれから、どうなることやら」


 真田龍子さなだ りょうこ真田虎太郎さなだ こたろうの姉弟は、地面に敷いたマットに正座し、心配そうなまなざしを送っている。


「龍子、虎太郎、もう少し離れたっていいんだぜ? 無理すんなよ」


 万城目日和まきめ ひよりは彼らを気づかって話しかけた。


「ありがとう、日和。でも、見届けさせてほしいんだ。これはきっと、決して目を反らしちゃいけないことなんだよ」


「龍子……」


「姉さんの言うとおり、ここで逃げ出してしまっては、僕はきっと、一生後悔すると思うんです」


「虎太郎……」


 彼女は二人の気負い、その覚悟に宝石のような輝きを見た。


 みんながみんな、姫神さんのことを憂いている。


 形は違えど、向きあおうとしている。


 俺もそうしなくては。


 そう考えた。


「――?」


 三千院家一行が座っているほうから、ひとりの少女がとことことやってくる。


 黄緑色のパーカーでフードを頭からかぶり、ボトムは五分丈のスパッツ。


 このような状況にもかかわらず、ハンドポケットでのんきな感じだ。


みやびぃ、やっほ~」


鬼羅きら、来てたんだね」


「いっしょに来いって言われたからね」


「そう……」


 星川雅ほしかわ みやびとの初対面ではないやり取りを、ほかの面々はいぶかった。


「雅、この子は……?」


 ウツロは不思議そうにたずねた。


「彼女は北天門院鬼羅ほくてんもんいん きら。陰陽道の名門・北天門院宗家の当主・海羅かいらさまの末っ子だよ。そして、わたしたち似嵐家にがらしけとは、親戚どうしでもあるんだ」


「はあ……」


 またもや身内に関する難解な情報に、ウツロはポカンとした。


「あなたがウツロ? やっほ~」


「……」


 ひょいと手をかざした鬼羅に、ウツロはなんだかイラっとした。


「あなたたちのおばあさま、似嵐雅羅にがらし がらさまは、わたしのおばあさま、北天門院伽羅ほくてんもんいん きゃらの実の妹なんだよ? 聞いてたとおり、自分の家のことについて、何も知らないんだね」


「……」


 複雑だった。


 自分の生い立ち、事情が事情とはいえ。


 この少女の言うとおり、俺は自分の家のことも、その周囲についても、ほとんど何も知らないに近い。


 ウツロはどこか疎外感にも似た感情をいだき、悶々とした。


「しょげちゃってさ。ま、お父さまがポンコツの鏡月きょうげつおじさまだもんね」


「――っ!」


 目にも留まらぬ速さ、まさにそれだった。


 気がついたときには、北天門院鬼羅の眼前で少年がにらみをきかせている。


「父への侮辱は許さない……!」


「……」


 彼女は口に含んでいたガムをぷく~っと膨らませた。


 ぱんっ!


「……」


「これが爆弾だったら、あなた、死んでたね……」


 にたり、口角をつりあげる。


「ぷはっ、なんちゃってえ! ごめんごめん、無礼を働いたこと、平に謝るよ。このと~り~」


 ペコリと水平にこうべを垂れた。


「……」


 ウツロは思った。


 この女、俺を試したな?


 そして、彼女の言うとおり、もしこれが実戦であったのなら……


 ひょうひょうとしてはいるが、おそるべき実力を隠しているに違いない。


 彼の全身をおぞけが支配した。


「鬼羅、あなた、いま七本桜に所属してるんでしょ? ずいぶんと出世したじゃん」


 空気を読んだ星川雅が、話題を変えてみせた。


「ま、お父さまから社会勉強として参加させられてるって感じかな。わたし集団行動って嫌いだし? 学校みたいで息苦しい毎日だよ」


「よく言うよね」


「そんなことよりさ、ウツロ。あなた、気をつけたほうがいいよ?」


 北天門院鬼羅は出し抜けに告げた。


「……どういうことかな?」


 キョトンとしてウツロは首をかしげる。


「あなた、狙われてるよ……」


 少女の双眸がギラリと光った。

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