翌日、
その中腹にある鎮守の森では、御前試合の準備が着々と開始されていた。
「
「ええ、かつてこの山に住み、当時
あたりには三千院家を守護する手練れの御庭番衆が30名ほど控えていた。
今回、主のガードをするため、えりにえりすぐられた者たちだった。
「さすれば、どこぞやでこちらの様子をうかがっているのかもしれませんな、その、鬼熊童子が」
「ふふ、霊光さん、おっしゃいますね。聞けば、みずから天下無敵を名乗っていたのだとか。ぜひとも立ち会ってみたいものです」
「はは、それでこそ静香さまかと。剣神の二つ名に錆などつかずでございますな」
「いえ、彼らを見ているとね、年がいもなく、たぎってくるのですよ」
「ふむ、実は、わたくしめも」
森の奥から木の陰をぬうようにして、
「静香さま、元帥閣下殿のお出ましですよ?」
「やはり来ましたか、
浅倉兄妹はそそくさと、申し訳ないというしぐさで近づいてきた。
「静香さま~、ごきげんうるわしゅう」
「お久しぶりですね、
「菓子折りなど用意させていただきましたので、よろしければ」
浅倉卑弥呼はさりげなく大きめの包みを差し出す。
「本日はどのようなご趣向でしょうか?」
百鬼院霊光が探りを入れにかかった。
「趣向などと。静香さまがわざわざ京から下っていらっしゃるということで、総帥閣下からあいさつを仰せつかっただけでございますよ~」
「そうですか、ご苦労なことですね。ところで――」
三千院静香は顔を返して、鋭い眼光を送る。
「あなたがおいでになったということは元帥、
「さあ、それは……わたくしめごときに、総帥のお心をおしはかることなどかないませんので。静香さま、なにとぞ平にご容赦くださいますれば」
「そうですか……」
しらじらしい。
三千院静香と百鬼院霊光は、同様にそう思った。
これにも龍影会のおそるべき策略がひそんでいるに違いない。
決して油断してはならないと、二人はツーカーで示し合わせた。
「では、われわれはすみっこのほうで見学させてもらいますので」
「ここにいらっしゃればよろしいのでは? 天下の元帥ほどのお方が」
「いやいや、わたしなど静香さまの視界に入るのもおそれおおいことですので」
「はあ……」
こうして浅倉兄妹は、本当に会場のすみっこのほうにはけていった。
「つくづく食えない御仁ですね」
「ああやって組織な中でのしあがってきたのでしょう。気にしないことです、霊光さん。人それぞれですよ。われわれには理解しがたい世界ではありますが」
「左様かと」
*
「ふん、すかしやがって、偉そうに。何が剣神なんだか。閣下の秘拳を食らって、もう長くもないくせに」
「まあまあ卑弥呼、ああいうやんごとなきお方のことは、俺らみたいな平民にはわからんもんさ。いまに閣下がお見えになって、今度こそとどめを刺されるかもよ?」
「そうなったら見ものだわね、ちししっ!」
「あのイケオジの肉が爆ぜるのはさぞ眼福だろうな、きっひゃ~っ!」
浅倉喜代蔵は襟に仕込んだ高性能マイクに話しかける。
「雛多くん、幽くん、どうだい? あいつらの気配はするかね?」
「近くにはいません、が……かすかにですが、あのウサギ少年のアルトラのパワーを感じます。動きがあればすぐにお知らせします」
「兄さん、油断はならないわよ? あのうすぎたない魔女のこと、この場にいるものをまとめて狙っているに違いないんだわ」
「ああ、卑弥呼。返り討ちにする準備は怠るなよ? いざってときはおまえのサーペンス・アルバムにも活躍してもらうぜ?」
「ふふ、なんだかたぎってくるわねえ」
「閣下がどのタイミングでおでましになるのかはわからんが、いざってときには、な?」
「そうなってくれるのが一番楽なんだけれどねえ」
「悟られるなよ? 少なくともな」
「ちしっ、ちししっ……!」
「ひひっ、きひひひ……!」
浅倉喜代蔵の考えそうなことである。
あわよくば総帥を亡き者にし、自分がその後釜に座るという魂胆なのだ。
会場のすみっこのほうで、この兄妹はおそるべき青写真にほくそえんでいた。
*
「ぎひひ、ディオティマさま、モルモットが、あんなにたくさん」
「ふふふ、まだですよバニーハート? わたしが合図を出すまで待つのです。決してタイミングを間違えてはなりません」
「ぎひ、こころえ、ました」
このようにして、御前試合とは無関係なところで、それぞれの思惑はうごめいているのであった。