ウツロと
「ははは……」
二人は恐縮している『ふり』をしながら、自分たちへの席へと着いた。
ウツロの席は
神がほほえんだかのような配置であるが、高校生活においてはままあることだ。
「
「何を言っているのかな、
いつものことだと
「柿崎い、朝っぱらから元気だなー」
「なーに言ってやがる、元気なのはお前らの下半身だろ?」
真田龍子の声かけに、下ネタで返す柿崎。
思春期男子特有の仕様とはいえ、これでは女子はドン
「うわー……」
「下劣だぞ、柿崎」
しかめツラになった彼女を守るように、ウツロが
「ああっ、龍子おっ! 来てっ、悠亮っ――」
ガツン!
自分を抱きしめながら
「ぎゃあああああ……」
激痛のあまり、彼は
「その辺にしておけ、柿崎。ここは仮にも公共の場だぞ? 佐伯、真田、すまない。このバカにはあとでちゃんと注意しておく」
クラス委員長の
「いや、いいんだ、聖川」
「あーあ、柿崎い、頭、赤くなってるよ」
ウツロと真田龍子はひやひやしながら見ていたが、柿崎はかなりこたえたのか、頭頂部をかかえてもだえている。
「ぬ、ぬ、ぬ、ぬううううう……き、き、き、きいいいいい……」
「やかましい」
「にゃあああああお!」
同じところを今度は
「ったく、バカまるだしだな柿崎い。お前と違って佐伯は心が
彼とは通路をはさんで右側の席の
「おのれえ、長谷川あ……てめえ、いますぐ××して――」
「黙れ」
「きしゃあああああお!」
本日三度目の聖川による『仕置き』。
もはや悲鳴を上げているのは、柿崎の頭皮である。
「やめなよ、聖川。これじゃ柿崎の頭がパッパラパーになっちゃうって」
「いや、真田。柿崎はもともとパッパラパーだと思うんだ」
自分の言ったセリフにハッとして、ウツロは窓の外を見た。
快晴の空と太陽光、そして、自分の顔がうっすらと、ガラスに映っている。
(パッパラパー、か……)
彼はアクタのことを思い出していた。
―― ウツロ、あんま難しいこと考えんな。パッパラパーになっちまえよ ――
(アクタ、兄さん……本当に、いいんだろうか……俺だけが、俺だけが、生きているなんて……父さんも、もう、いない……さびしい……俺の心の欠落は、もう決して、きっと一生、
こんな風にウツロは、自分の顔とにらめっこをしながら、
「あ、
真田龍子がつぶやいた。
始業ベルの鳴る直前になって、
男子、女子を問わずである。
精神科医を両親に持つという意識もあり、整えすぎず、かといって
他者から警戒されず、かつ、油断もされないためだ。
星川雅はすました顔と動きで、教室の中へと入ってくる。
彼女はまず、それを確認した。
そして次の瞬間、教室中央に
ほんの
星川雅の母・
ただでさえ
しかし星川雅は、周囲にそれを悟られないよう、刀子朱利の凍りついた視線をスルーして、自分の席――長谷川瑞希の
「雅い、あいかわらず殿様出勤だなー。いっつも授業開始ギリギリまで、何をしているのかね?」
「別に。瑞希には関係のないことだよ」
「何それ、傷つくー。仮にも中学からの仲でしょー?」
「
「あーら……」
気さくに話しかけた長谷川瑞希は、星川雅のつれない態度に
「おはよう、雅」
「おはよう龍子、と、その他の
「なんだ星川、その態度は。俺らは村人かっつーの」
「あなたなんて本来、
「にゃおー! てめえ、いますぐ××して、ひっ……」
柿崎が殺意を感じて振り向くと、そこでは聖川清人が、広辞苑を振りかぶって待っていた。
「その辺にしておけ、柿崎……!」
「は、はひい……」
成長期全開の
星川雅は何事もなかったかのように、机の上に教科書を開いて、授業の準備をしている。
ウツロは彼女をそっと見つめながら考えた。
先ほど刀子朱利に送った目つき……
幼なじみとだけ聞いてはいるが……
あれはどう見ても、ただならない仲だ……
きっと何か、あるに違いない……
いっぽうで、その母・皐月のことも頭をよぎった。
雅のお母さん……
俺にとっては『
まだ会ったことはないが……
父さんの話が確かなら、容易ならない人物のはずだ……
気になるけれど、まだ
でもいつか、彼女の口から問いただしたい……
父さんの人生を、奪った人だとすれば……
ウツロの視線に気づいた星川雅は、
いつもの
彼は自分に、そう言いきかせた。
そのとき、教室
「なーはーは! 諸君、おはよう!」
先ほどまで音楽室にいた、音楽教師兼担任の
「起立!」
聖川清人が折り目正しくあいさつする。
いい子なんだけど、
古川
「聖川くん、ここは軍隊ではないのだよ? もうちょっと、フレンドリーなノリで……」
「礼!」
良くも悪くも真面目なのだ、彼は。
「あはは……」
「着席!」
流れを作られ、軽い態度を封じられた彼は、用意した朝礼のフレーズもボツにして、本題に入った。
「……うん、それではホームルームを始めよう。今度、職場体験があるんだけど、参加者を募集中なんだ……」
ウツロは何だか気が抜けて、もう一度、ガラス
のんびりした秋の空、それ以上でも以下でもない。
『人間の世界』にも慣れてきた……
しかしホッブズいわく、『慣れ』ほどおそろしいものはない……
もっと気持ちを引きしめなくては……
俺はまだまだ、『人間』として
こんな風にウツロは
ありふれた高校生活、
(『第9話