桜の森の夜が
死亡した
「姉さん、僕は大丈夫ですから、ウツロさんたちを、どうか……」
弟・
「姉さんのアルトラ『パルジファル』は、かなりの精神力を使うはずです……本当に、僕は平気ですから……」
「いや、なんか、わたしだけ何もしてないしね……ちょっとくらい、いいかっこさせてよ、虎太郎」
「……」
真田虎太郎は姉のやさしさに、やはり姉からひどい仕打ちを受けたという、似嵐鏡月のことを思い出していた。
真田龍子も同様に、なぜ姉である
両者とも、「あのやさしい皐月先生が、まさか」「何かの間違いではないか」と考えるいっぽう、真田虎太郎は「自分の姉は違う」と、真田龍子は「自分もいつか、同じことをするのではないか」という、似嵐鏡月の言葉を思い起こした。
ウツロは並べて寝かせた父・鏡月と兄・アクタの
すなわち、彼らを管理・監督する組織、
「第三課の
「盗聴器が
「何だかな……」
「あと、
「処理班……ここで起こったことの
「そうだね。あと、
その言い方に南柾樹は
「『始末』だと? てめえ、言葉の選び方に気をつけろよ? ウツロの親父と兄貴なんだぞ!?」
「なによ? アクタはともかく、あんたをさんざんコケにしたクズにまで、感情移入しちゃったの?」
「てめえ、雅――!」
南柾樹は星川雅に
「柾樹、いいんだ」
「ウツロ……」
「父さんが最終的に改心したとしても、やったことはやったことだ。これから俺は、父さんの手にかかって奪われた人たちへの、
「ウツロ、おめえがそんなこと考える必要はねえって。アクタや親父の分まで生きる、それだけでいいじゃねえか」
「ありがとう、柾樹。でもきっと、父さんに傷つけられた者たち、
「ウツロ……」
南柾樹は複雑な気持ちだった。
ウツロは自分と初めて会ったときに比べ、別人のように成長した。
それ自体はうれしい。
だがいっぽうで、それによって背負わなくてもよいものまで、背負ってしまうのではないか、と。
「ウツロ」
星川雅が正座しているウツロの背後へ
「
「雅、てめえ、いい加減に――」
「柾樹――っ!」
星川雅の態度に
「それは事実だから、雅の主張は的を
「……」
星川雅も心境は複雑だった。
自分の母である星川皐月、その弟である叔父・鏡月が故人となったいまこの場では、彼女のことを知るのは自分だけだ。
星川雅は知っている。
彼女の母・皐月は、自分以外のすべての存在が、自分の人形のように振る舞わなければ気が済まない、
そして母が、あらゆる存在を自身の人形に作り変えてしまう、おそるべきアルトラ使いであることを。
それを考えると体が震えてきて、母が自分を支配するための
彼女は必死で全身がこわばるのを
「雅さん、柾樹さん」
「うわ――っ!?」
対立するかのような構図になっていた二人の間に、真田虎太郎がいきなり、にゅっと顔を出した。
「び、びっくりした……」
「な、なんだよ、虎太郎……?」
真田虎太郎は丸い目を充血させてほほ
「救護班のみなさんが来たかどうか、
出し抜けに、そう申し出た。
「さすがにまだ来ないって、虎太郎く――」
目で後ろへ合図を送る彼に、星川雅は察しがついた。
「おほん。確かに、虎太郎くんの言うとおりだね。場所がわからなかったら困るし。さ、柾樹、
「な、なんだよ雅……お前まで……」
星川雅も真田虎太郎と一緒に、「空気を読め」という顔をした。
これにはさすがに南柾樹も、理解のおよぶところだった。
「あ、ああ、そうだな……はは、また
彼らの不思議なやり取りに気づいたウツロが、そちらに顔を向けた。
「おい、ウツロ。俺ら
「え? ばらばらになるのは、逆に危険じゃないかな?」
「心配ねえって、この中じゃウツロ、おめえがいちばん頼りになるから。それじゃちょっと、行ってくるからな」
「え、あ? うん、わかったよ。気をつけてね、三人とも」
このようにして、真田虎太郎、南柾樹に星川雅は、そそくさと桜の森の出口のほうへと退場した。
「なんだかヘンテコだな。ねえ、龍子――」
すぐそこには、真田龍子が座っていた。
「龍子……?」
彼女はウツロを抱きしめた。
「……」
ウツロも彼女を抱きしめた。
「龍子、ありがとう……ぜんぶ、君のおかげだ」
真田龍子は首を横に振った。
「さっきの答え、俺……まだ、言ってなかったね……」
二人は見つめ合った。
「愛してる、龍子。俺も、君のことが、好きだ」
吸い寄せられるように
桜の森に朝がやってきた。
その輝きは、二人をまばゆいばかりに
(『最終話 桜の朽木に虫の這うこと』へ続く)