桜の森を包み込んだ光は、やがて中空に集約した。
その中には両手で真田龍子を抱きかかえた、ウツロの凛とした姿があった。
「ったく、おせえんだよ、ウツロ……!」
「龍子、よかった……」
南柾樹と星川雅は、歓喜の顔で涙を浮かべた。
「ウツロさん、姉さん、ご無事でなによりです……!」
「いまごろ目覚めてんじゃねえぜ、バカな弟がよ……」
真田虎太郎とアクタは感慨もひとしおだ。
彼らは一様に、夜の闇を照らし出すかのようなその輝きに、しばらく見とれていた。
いっぽう、面白くないのは似嵐鏡月である。
「……バカな、こんなことが……信じる力だと……? なにが、愛だ……そんなものが、そんなものがあるのなら……なぜ、天は……わしには、ほほ笑まなかった……? なぜ、アクタは……? わしの愛する者を、わしの手から、奪い去ったのだ……?」
彼は膿を吐き出すような口調で、自身が被った不条理について、呪う言葉を唱えた。
「それですよ、お師匠様」
「……」
「なぜ、なぜ、なぜ……! あなたはご自身の命運を、ご自身以外に託された。自分は何も悪くない、すべては周りのせい。そんな心づもりだから、何も掴めない、何も得られない……それはきっと、永遠に……!」
「だ……」
「自分に向き合わず、いや……自分を認めることすらせず、すべてにおいて他人任せ。腹が立てば殴ればよい、喉が渇けば奪えばよい。何も背負わず、何も耐えず……いったいこの世の何者が、そのような人間に解答を与えるでしょうか?」
「だ、だ、だ……」
「お師匠さま、あなたは今一度……『鏡月』というそのお名前の意味について、ご自身にお問いかけください。そして少しは、恥というものをお知りなさい――!」
「黙れええええええええええっ!」
山犬は吠えた。
その振動は桜の森を縮みあがらせた。
黒獣はぜえぜえと荒い呼吸をして、敗北感という脂汗をしとどに垂れ流した。
「なんだ、なんなんだ、貴様は……!? 偉そうに説教か!? 貴様を生み出してやったわしに? 貴様を育んでやったわしに? 貴様の存在を許したのは、このわしなんだぞ――!?」
「ピエロですね」
「……」
「奪うために与える……クズの思考回路だ。誰がゴミだって? 誰が毒虫だって? あなたこそゴミだ、毒虫だ……独りぼっちでダンスを踊っている、あわれな、滑稽なピエロだ、あなたは……!」
「……殺す、殺してやる……殺してやるぞ、ウツロおおおおおおおおおおっ!」
山犬は再び吠えた。
だが今度は、口で打ち負かされたうっぷんをゲンコツで晴らそうという、みじめな「負け犬」の咆哮だった。
もちろん、ウツロは動じていない。
それどころか、さらに冷静さを得た。
そして、毅然とした眼差しを、眼下のあわれな「父」に送った。
「どうぞ、ご勝手に。ただし、あなたにはできない。なぜなら――」
「……!?」
桜の森が蠢き出した。
何かが地の奥底からわき上がってくる。
眠っていた者たちが目を覚ますように……
蛹が高らかに脱皮するときのように――
「俺が、俺のアルトラが……それを許さないからです……!」
(『第74話 エクリプス』へ続く)