その場に立ち会うウツロたちは、息の詰まる感覚に、呼吸すら忘れてしまいそうだった。
「あとでわかったことだがな、アクタを殺せなどとは、親父は命じていなかったのだ……あれはわが姉・
彼女は母の性格をよく知っている。
だからこそ、やりかねない――
そう思ったからだ。
「なんで、お姉さんは、そんなことを……自分の、弟なのに……」
星川雅に
なぜ星川皐月という人は、この弟にそんな仕打ちをしたのか?
それが気にかかってしかたがなかった。
そして彼女はあえて、「お姉さん」と表現した。
「雅のお母さん」と言ってしまえば、その
「さあな、自分が似嵐の家をのっとりたかったのか、あるいは単に、わしが憎かったのか……もう、どうでもいいさ、どうでもな……」
同時にこのとき、もう一つ引っかかってしかたがないことがあった。
自分もそうなのではないのか?
かつて自分は弟を、
同じなのではないか?
自分もその、
いつか自分も、彼女が弟にしたように、虎太郎にまた
そんな思いに締めつけられた。
「ふふっ」
山犬が笑っている。
牙の生えた口もとを
「お嬢ちゃん、お前さんの考えていることがわかるぞ、手に取るようにな」
悟られている――
しかし、虎太郎のことなど、この男は知らないはずだ。
彼女は言いしれない不安に
「断片的ではあるが、スズメに
「……っ!」
こいつはいま、おそろしいことを考えている。
今度は星川雅が、真田龍子を助けなければと思った。
「やめて、
「黙れ雅。お前はその娘を、人形にして遊んでいたのだろう? その、真田龍子を。母がするようにもてあそんで、楽しんでいたくせに。助ける義理などあろうはずもない、そうだろう?」
思わず
言い返せなかった。
山犬・鏡月は追い打ちをかける。
「真田龍子よ、どう思うかね? お前も弟に、いつか同じことをするのではないか、そう
似嵐鏡月は
「真田龍子、お前はいつか、弟を不幸に陥れるだろうよ」
「お師匠様あっ!」
ウツロが叫んだ。
もう耐えられなかった。
それは彼の、真田龍子への気持ちの
「なんだ、いたのか毒虫。何か言いたいことでもあるのか、あーん?」
興ざめした似嵐鏡月は、ひどくつまらなそうな顔をした。
「……これ以上の
ウツロは勇気をふりしぼって、山犬に反論した。
しかし、聞く耳など持つはずがない。
「ははっ、暴挙だと? よくもわしにそんな口が利けたな。それで、暴挙だったらどうだというのだ?」
「いますぐ、こんなことは、どうか、おやめください……」
「バカか貴様? せっかく楽しくなってきたというのに。いまさらやめられるわけないだろう?」
「こんなことは、人の道に外れております……」
「なにが人の道だ、毒虫の
呪いの言葉をたたみかけ、「わが子」を
ウツロは苦しかった。
否定されることに。
だが、守りたい。
もう守られっぱなしは、嫌だ――
「お願いです、お師匠様、どうか、どうか……」
もはや、呼吸すら満足にできない。
だが、何としても止めなければ。
彼女の心を踏みにじることだけは――
「なんだ、もう限界か? カスめが。虫ケラのお前に、わしに逆らうことなどでき――」
「おい、おっさん」
つぶさに
「ああ、なんだ? すっこんでいろ、ガキが」
「ひとつ、教えてくれねえかな?」
「はあ、いったい何をだ?」
「なんでそんなに、ウツロを、アクタを嫌うんだ? あんたの息子なんだろ?」
山犬は少しだけ退屈が
「ふん、
彼は再び遠い目をして、
「アクタとウツロ、その名の由来につながることだ……つまり、わしが似嵐の家を飛び出したあとの話よ……」
(『第55話 ウツロなアクタ』へ続く)