第41話 似嵐家
「ウツロくん、この男はね、わたしの母の弟、つまりわたしの『叔父』に当たる人なわけ。とても奇妙だけれど、わたしたちは『いとこどうし』になるってことだね。あらためてよろしく。ああ、『お兄さん』もね、アクタくん?」
この状況下で星川雅は、ひどく緩いあいさつを、おどけた調子で披露した。
ウツロもアクタも急激な展開にわけがわからず、ポカンと口を開いている。
その様子を楽しみながら、彼女は話を続けた。
「似嵐家は古来から、暗殺を家業にしてきた家柄なんだ。ところがこの男は次期当主の大役に耐えきれず、逃げだしたんだよ。あろうことか似嵐家の当主が代々受け継いできた宝刀・黒彼岸を持ち出してね」
黒彼岸――
お師匠様の愛刀に、そんないわれがあったとは……
ウツロとアクタは薄れた意識の中、そんなことを考えた。
「『持ち逃げ』とはこれまた心外だな。わしが次の当主である以上、この黒彼岸はわしのものだ。そうではないか、雅?」
「よく言うよね。おじい様のしごきや、優秀なお母様に反発して、そうしたくせに」
「ふん、なんとでも言え。あんな家も家族も、こちらから願い下げだ。見限って、せいせいしたわ」
「偉そうに。お母様から全部聞いてるんだよ? ああ鏡月、軟弱な弟。あんな腰抜けよりも、あなたが当主になるべきよ。だから雅ちゃん、あのバカの首を、ちょっとわたしの前まで持ってきてちょうだいな、ってね?」
「はっ、その手には乗らんぞ。わしを幻惑して、事を有利に運ぶ気だな? 似嵐流兵法の基礎中の基礎よ。それに何が『雅ちゃん』だ。相変わらずネジがぶっ飛んでおるようだな、姉貴は。雅よ、お前は母のいいように動かされているのだ。それに気づかんお前ではあるまい? 姉貴はお前を体のいい駒にしようとしているのだぞ? その呪縛から、逃れたくはないか? わしとともに来い。さすればそこの役立たず二人は、お前の好きなようにしてよい。こんなバカどもより雅、お前のほうがよほど頼りになる。どうだ?」
「あらあら。自分こそその『基礎中の基礎』を使おうとしてるじゃないの。わたしが引っかかるとでも思った? 毒虫の叔父様?」
「言うな、雅! 忌まわしき過去だ、それは」
「あははっ、おっかしいっ! 自分がされたことを息子にもするなんてねえ! とんだ父親だよ、あなたは!」
「どうやら交渉は決裂のようだな」
「はじめからそのつもりだし、おバカさん?」
「ふん、そうか。ではかかって来い、雅。出奔した身とはいえ、似嵐流の技でわしがおまえごときに遅れを取ることなど、万にひとつもないわ」
似嵐鏡月は腰の黒彼岸をじわりと抜いた。
「ああ、ちょっと待って」
「あ?」
戦闘態勢に入ろうとした叔父を制し、星川雅はへたりこんでいるウツロとアクタのほうへ、とことこと近づいた。
(『第42話 躾』へ続く)