「『家族』の揉め事に口を挟まないでもらおうか? 出てこい」
桜の並木が作る闇の奥から、ひとりの少女が姿を現した。
星川雅――
確かに彼女だ。
しかしその出で立ちは、闇に溶け込むような黒装束。
上半身は上腕、下半身は大腿までを覆う五分丈の強化繊維。
その上から強化装甲を装着している。
手には手袋、足には足袋。
スカートを模したパーツもついている。
ウツロとアクタのそれを女性用に仕立てたような、そんな「戦闘服」だった。
その背中には身の丈にもおよぶほどの対になった大刀がくくりつけられている。
太い柄から見て、七分目の辺りが異様に膨れあがった、バカでかい柳葉刀だ。
彼女の顔にはこの世のものとは思えない、狂気じみた笑みがたたえられている。
それはさしずめ、愛する者に告白をしながら後ろ手にナイフを隠し持っている、気の触れた乙女のような笑顔であった。
「相変わらずのクズっぷりだね、『叔父様』」
「クズとは心外だのう。久しぶりだな、『雅』」
星川雅は確かな歩みでこちらへとやってくる。
「大きくなったな。最後に会ったのは確か、お前が小学校に上がったときか?」
「ええ、よく覚えてるよ。何せわたしを拉致った挙句、殺そうとしたんだから」
「いやいや、そうだったな。お前を切り刻んで『姉貴』にプレゼントしたかったのさ」
「ふん、ぬけぬけと。あのあと駆けつけた『お母様』から袋叩きにされたくせに」
「しかし姉貴は、わしにとどめはささなかった。命まで奪うことはしなかったのだ。だからわしはいま、こうして生きている。悪魔も道を開けるようなあの女がだ。雅、おまえの母もしょせん人の子よ。肉親に手はかけられんのだ」
彼女は突然、何かに憑かれたかのように、ケラケラと高笑いをはじめた。
「何がおかしい?」
「いえ、ごめんなさい。息子どうしを殺し合わせるようなクズが、よくも言えたもんだな~と。あは、おかしい」
「ふん、わしのほうが姉貴よりも上手だという証明よ。生まれてこの方あの女の優位に立てたことは一度たりともなかったが、いまならどうかな?」
今度は両手で腹を抱え、笑い出した。
いったいどんな道化役者が、このように人を笑い狂わせることができるというのか?
彼女は引きつりながらあふれる涙をぬぐっている。
「勘違いはよくないね、叔父様。お母様がその気になれば、叔父様なんてすぐに始末できるんだよ? 黙殺されてるってことに気づかなかった? それにあのとき叔父様を見逃したのは、教育上の配慮らしいよ?」
「なんだと、どういうことだ?」
「娘の前で母親が実弟を肉塊にするのは、児童心理学的によろしくないってこと。どんな状況でも医者であることは忘れない。うーん、わが母ながら名医だよ。頭のわる~い叔父様とは違うんだから、ね?」
「はっ、言いおるわ! 姉貴らしい。お前もな、雅。姉貴の娘らしいぞ」
「どうでもいいってそんなこと。あなたはこれから、死ぬんだし」
星川雅は眼前の「叔父」をギリッとにらみつけた。
(『第41話 似嵐家』へ続く)