第38話 否定
「この、毒虫が」
頭がからっぽになった。
この世で一番大切な人が、一番言うはずのないことを言ったのだ。
似嵐鏡月は、左下にうずくまるアクタに、残念そうな視線を送った。
「しくじったな、アクタ。そんなに大事か、こんな毒虫が?」
わけがわからない。
何を言っているんだ、お師匠様は?
「油断させて始末しろと命じておったのだがな。こいつにはできなかった。まったく、その名のとおり芥、ゴミだな、お前は」
何なんだ?
どういうことなんだ?
目の前にいるのは、本当にお師匠様なのか?
姿をかたどった、偽物ではないのか?
あるいはあやかしの類が、化けているのではないのか?
「さっぱりわけがわからんだろ、ウツロ。一応、説明しておくか」
うん、そのとおりだ。
さっぱり、わけがわからないよ。
「わしにいつも暗殺を仲介する組織があるんだが、縁を切る『けじめ』として、お前たち二人の始末を条件として提示されたのさ。お前たちの存在からわし、ひいてはその組織の存在が明るみに出る可能性がある、という理由からだ。わしは手塩にかけたお前たちを殺すことになるわけだから、組織にはそれほどの意志があるならと、わしを試す意味もあったんだろうよ」
はあ、なるほど。
そういう理由があったのですね。
「隠れ里を襲った賊どもは、わしが組織に頼んで手引きした連中さ。あの騒ぎに乗じてお前たちを始末する算段だったんだが、なかなかうまくいかんものだな。わしの手にかかってはといらん気をつかったのが、裏目に出てしまった。は、わしもとんだ甘ちゃんだのう」
なぜそこまでして、「組織」から手を引きたかっただろう?
「この国では仕事が少ない。そもそも仕事がしづらい。だからまとまった金を得て国外逃亡し、海外で悠悠自適に暮らそうと思ったのさ」
あはは、そうか。
俺たちの命は、紙クズ以下か。
「憎いか? わしが。しかしわしには、その権利があるのだよ。それはな――」
権利?
いったい、どういう――
「アクタにはもう語ったのだが、お前たちの出自を教えていなかったな。昔の話だが、わしが生涯でただひとり、気を許した女がおったのよ。その女はわしとの間に、二卵性の双子を宿した。ウツロ、お前はアクタと年の頃が同じなのを、『偶然』だとでも思っていたか? 同じどころか同じ日さ。その双子が、お前たちなのだからな」
ウツロはその瞬間、放心した。
(『第39話 地獄』へ続く)