気配を殺しながら廊下を忍び足に、ウツロは二階中央までやってきた。
朽木市を描写した、くだんの絵地図に目を凝らす。
人首山――
アクタが「口寄せ」によって指定した場所が、そこだった。
いったい、どこにある?
彼は絵地図になめるような視線を送って、その名前を探した。
あった――
人首山、斑曲輪区の北、そこにそびえる連峰の一角にある。
朽木市のブロック分けでいうと、現在地である蛮頭寺区の上が六車輪区、さらにその上だ。
ここからなら西側の山伝いに北上すれば、縮尺から鑑みても、俺の足なら一時間ほどで着けるはずだ。
山歩きのほうが慣れているし、街の中をとおるのはあまりにも危険だ。
よし、そうとわかれば。
いや、待てよ……
ウツロにはひとつ心当たりがあった。
静かに階段を降り、彼は医務室へと向かった。
入り口の外から中の気配を探る。
誰もいない……
慎重に、物音を立てないよう配慮して、中へと侵入する。
ウツロが最初にいた場所、横になっていたベッドの真向かいのデスク。
きれいに整頓されたその周囲を確認する。
「……!」
やはり、ここだったか――
デスクと壁の拳大の隙間に、彼の黒刀が斜めに立てかけられていた。
あの女、星川雅の考えそうな場所。
俺にとって一番の盲点に隠していたな。
師・似嵐鏡月からたまわった大事な刀。
これだけはどうしても、捨ておくことはできない。
彼はそっと、黒刀を隠し場所から抜き取った。
さて、あとはここを出るのみ……
これもやはり心当たりがあった。
次に彼は、反対側の食堂へと向かった。
表玄関から外へ出れば、さすがに人目につくだろう。
あの食堂は建物の北側にあった。
そこなら地理的に山側にも近い。
ウツロは感覚器官を駆使して、自分の気配は殺し、かつ他者の気配は最大限拾いながら、食堂へと足を踏み入れた。
テラスの鍵は下に降ろすタイプで、容易に開けることができた。
なんだか逆に気味が悪い。
事が順調に運びすぎではないか?
これではまるで、脱出してくださいと言っているような感じだ。
しかしそうだとしても、いまは詮索している暇などない。
アクタが、お師匠様が、待ってくれているのだ――
ウツロはくだんの人工庭園に入り、左奥の松の木へよじ登って、そのまま高い白壁を強く蹴った。
この様子をつぶさに観察していた影が、食堂の入り口から姿を現した。
星川雅――
彼女だ。
開いたドアに体を預け、口もとに指を這わせながら、彼女は思案していた。
さあ、どうするか……
雅樹や龍子に知らせていたのでは時間を食ってしまうし、だいいち、面白くない。
最高の選択肢、それをチョイスしてあげる。
わたしのウツロ?
邪悪な笑みを浮かべ、星川雅はペロリと舌をなめた。
*
「ウツロくん、服を繕ってみたんだけど……あれ?」
開いたままのドアから真田龍子が顔をのぞかせたとき、当然中はもぬけの殻だった。
「トイレかな?」
気になって部屋へ入った彼女の目に、テーブルの上にある書置きが留まった。
「これは、雅の字?」
ウツロくんが人首山へ呼び出された
わたしは先に後を追う
龍子、柾樹、早く来て
「たいへん……」
開け放したドアを不審に思った南柾樹が顔を出した。
「龍子、どうした?」
「柾樹、これっ!」
「マジかよ……」
文面に戦慄すると同時に、二人は胸騒ぎを禁じえなかった。
「何か、嫌な予感がする……」
「ああ、俺もだ。急ごうぜ!」
あわてた二人は、ドアを閉めるのも忘れ、その場を後にした。
階段から転げるように降りていったあと、向かいの部屋のドアが、静かに開いた――
(『第37話 再会』へ続く)