「『学校』っていうところ、知ってる?」
「ガッコウ……俺は行ったことはないけれど、たくさんの人が集まって、勉強をするところなんだよね? お
「あ、ごめん……やっぱり、やめようか……? こんなことをしてたら、ウツロくんまで……」
「いや、俺は平気だから。それに、『ごめん』は
「ん……」
「気にしないで、続きを聞かせてよ」
「うん、わかった……気に
「全然かまわないから、お願いします」
「その学校でね、
「いじめ……」
「
「……」
「虎太郎って、頭の中ですごく考えすぎちゃう
「そんな、ことが……」
「一度、
真田虎太郎を
「軽度だけれど、ASDやADHDの傾向があるわね。いわゆる発達障害のグレーゾーンよ」
弟が発達障害――
この事実は、当時まだ中学生だった彼女には、受け入れがたいものだった。
「虎太郎は、その……障害者……なんですか?」
不安を
「龍子ちゃん、よく聞いて。発達障害は障害というよりも特性、つまり個性ね。そんなもの、誰でも持っているものでしょう? いわゆる発達障害は、それが少し強いというだけなのよ。ある基準以上だったら、医学的にそう定義されてしまうというだけでね。虎太郎くんは素晴らしい個性を持っているわ。それは当然、誰かに否定される
真田龍子はその言葉を頼もしく思ったが、現実は厳しいものだった。
姉である真田龍子にとっても、それは耐えがたい
気が強い性格とはいえ、まだ彼女も、幼かったこともある。
次第にそのストレスは誰あろう、当事者である弟へと向けられた。
ある晩、苦しみを
弟のおびえる顔を
翌日の夕方。
真田龍子は下校中の通り道で、
けたたましく
真っ赤な夕焼けはこれから起こる
姉さん、ごめん
「姉さん、ごめん……あろうことかわたしは、虎太郎にそんな言葉を吐かせたんだ。そこまでわたしは虎太郎を追いつめたんだ。虎太郎の苦しみに、一番よりそってあげるべきわたしが……わたしが虎太郎を殺そうとしたんだ。虎太郎をいちばん憎んでいたのは、わたしだったんだ……クズだ、人間のクズなんだ、わたしは……」
真田龍子は体を丸めて震えだした。
その表情は恐怖にゆがんでいる。
ウツロは何も言えなかった。
いったい何が言えるというのか?
弟を死に追いやろうとしたという、強烈な
彼女もまた、自己否定に苦しんでいる存在だったのだ――
「警報機の音がね、鳴りやまないんだよ。あのとき以来、わたしの頭の中では、あのうるさい警報機の音が、いまでも鳴りつづけているんだよ」
真田龍子は体を丸めたままうなだれている。
その視線は
ウツロはそれを感じ取りながらも、どう声をかければよいのものかと考えあぐねていた。
真田さんと虎太郎くんに、そんなことがあったなんて……
細かいところはわからないけれど、苦しい体験をして……
いやおそらく、いまも必死に戦っているのだろう。
それなのに、俺に対しては
もちろん、俺を気づかってのことだ。
それにどれほどの、強い精神力がいるというのか?
俺とは大違いだ。
俺はまるで、自分だけが不幸であるかのように考えていた。
違いはあれど、誰だって苦しいのだ。
それを押して、明るく振る舞えるこの強さ。
いや、向き合っているからこそ、彼女は強いのだ。
これが「人間」の力なのか……
「ごめん、ウツロくん」
「あ……?」
「せっかく誘ってくれたのに、こんなことを話してしまって……もう、この辺にしておくね」
「あ、いや……」
「わたし、ウツロくんの服を
「あ、うん……」
彼女は
もちろん真田龍子としては、ウツロを不快にさせてしまったのではないかという、申し訳ない気持ちからだったし、ウツロ自身もそのことは頭の
だが、彼女を部屋に呼びとめたのはそもそも自分であるし、もっと気のきいた返しができればよかったのにという
「真田さん、俺は……」
先ほどの彼女のように、ウツロは体を丸めて、沈んでいくように
(『第33話