「アク、タ……」

　現れた少年を一瞥いちべつして、ウツロは嗚咽おえつのような声を漏らした。

　その鋭いまなざしは、目力めぢからのみで相手の心臓を止めるような凄すごみを持っている。

　黒くボリュームのある髪の毛はあちこちをピンで留めてあって、白いタンクトップからのぞく体躯たいくには野生的ないかめしさがあった。

　褪あせたブルーのダメージデニムを履はいた脚あしは、次の瞬間、蹴りでも繰りだしてきそうなたくましさである。

　いかにもいけ好かない、うさんくさい感じの男だった。

　けれど不思議なことにウツロは、彼を見てアクタを連想したのだ。

　背格好くらいしか共通点はないのにもかかわらずである。

　だが何か、雰囲気というかオーラというか、アクタに共通する何かが感じ取られたのだ。

　そしてその陰から、もうひとりの少年がひょっこりと顔を出し、二度驚いた。

　豪奢ごうしゃなほうの男と比較して、ずいぶん背は低い。

　ギザギザ頭にひきつった笑顔。

　結んだ口は下に凸とつの緩い弧を描いていて、口角に不自然なえくぼ・・・ができている。

　角かくばった太い眉まゆの下に丸い目をギンと見開みひらき、浅黒あさぐろいの肌はだには脂汗あぶらあせがにじんでいる。

　鼻の穴は大きく開かれていて、いまにも鼻毛が見えそうだ。

　赤白チェックのネルシャツとカーキのチノパンをピシッと着つけている。

　というより、着せられている・・・・・・・ような印象を受ける。

　二人の少年はウツロにまじまじとした視線を送った。

「虎太郎、こっちへおいで」

　真田龍子さなだ　りょうこが呼びかけると、小さいほうの少年が、てくてくとした動きで寄ってきた。

「ウツロくん、弟の虎太郎こたろうだよ。虎太郎、この方はウツロくんという人なんだ。あいさつしてごらん」

「ど、どうも、どうも」

　しどろもどろではあったが、その少年・真田虎太郎さなだ　こたろうは、ウツロにぺこりと頭を下げてみせた。

　彼はウツロを警戒しているのか、姉の前にしゃきんと立って、何やら守るような体勢を取っている。

　いっぽう最初の大男は、ハンドポケットでつかつかとウツロのほうへやってくると、ベッドに横たわっている彼を見下ろして、見世物でもながめるかのようにニヤついた。

「目え覚めたんだな、原始人・・・」

「柾樹まさきっ！」

　開口一番で悪態をついた彼を、真田龍子がどなった。

「柾樹、お客人に失礼でしょ。それにこの子は原始人じゃなくて、ウツロくんていう名前なの。ああ、ウツロくん、こいつは南柾樹みなみ　まさき、わたしたちとこのアパートに住んでいるルームメイトだよ。こんな感じだけれど、悪いやつじゃないから安心して」

　星川雅ほしかわ　みやびはさりげなく彼の紹介をした。

「ウツロ？　ウツロってどういうこと？　偽名？　コードネームとかか？」

　思ったとおりの態度で、彼はウツロを挑発した。

　当然、ウツロの心中しんちゅうは穏おだやかではない。

「本名だ。お師匠様からいただいた名を侮辱ぶじょくするな」

「『お師匠様』だあ？　こいつガチで原始人じゃね？　令和の世の中に、お師匠様だと」

「貴様っ！　俺はまだしも、お師匠様を愚弄ぐろうすることは許さん！」

「何キレてんの？　変じゃね、お前？　もっと言ってやろうか？　落ち武者野郎・・・・・・」

「貴様あっ！」

　ウツロは両側の手すりをつかんで前方へひるがえり、壁を蹴って弾丸のように勢いよく南柾樹へと跳びかかった。

　その加速のまま、体の中心の急所を狙い、攻撃を仕掛けようとする。

　しかし――

「がはっ！？」

　南柾樹に首根っこを取られ、遠心力で床に叩きつけられる。

「柾樹っ、やめて！」

　真田龍子が叫んでいる間にも、ウツロは体を起こし、次の攻撃に備えようとした。

　だが――

「ぐっ！？」

　ウツロの体はたちどころに絡からめ取られた。

　南柾樹がチョーク・スリーパーをきめたのだ。

　必死で抵抗を試みるが、完全にきまった技からは逃のがれることができない。

「柾樹、そのまま動かないで」

　星川雅はシャーペンから軸じくを取り出し、口にそれを含んだ。

「うっ……」

　飛び出した芯しんが、ウツロの腕に突き刺さる。

「雅、何をっ！？」

「護身用の暗器だよ、龍子。ヒグマも黙らせるレベルの麻酔薬が入ってるんだ」

「そういうことじゃなくて！」

　ウツロの体から力が抜けていく。

　意識を失いかけながら、彼は真田龍子のほうを見た。

　弟・虎太郎が姉をかばうようにしている。

　その光景にアクタのことが頭をよぎった。

　アクタが俺にするように、彼は姉にしているのか？

　大切な存在を守るために……

　アクタ、無事なんだろうか？

　会いたい、アクタ……

　ウツロは一筋ひとすじの涙とともに、再び気を失った。

　南柾樹は動かなくなったウツロを、ベッドの上にそっと降ろした。

「ウツロくんっ！」

　真田龍子はかけよって、彼の呼吸を確認し、息があったので胸を撫なで下ろした。

「ひどいよ二人とも！」

「だって、向こうから手え出したんだし。龍子だって見てただろ？」

「まったく、無茶してくれるじゃん。まさかあの状態で動けるなんてね」

　怒りをあらわにする真田龍子であったが、南柾樹と星川雅はまったく悪びれていない。

「もうっ、彼は重傷なんだから！　もう少し手を抜いてくれても――」

　真田虎太郎が彼女の上着のすそを引っ張った。

　彼はそうしながら、横たわるウツロに慈いつくしむような目線を送っている。

「虎太郎？」

「この方は、悪い人には見えませんでした」

「虎太郎……」

　弟のことを知る姉は、そのいたわりの精神に胸が痛くなった。

　いっぽう星川雅は、仕込みの暗器を何事もなかったかのように戻している。

「念のためシロナガスクジラ用のも用意しておかなきゃ」

　あっけらかんとした彼女に、南柾樹は引き気味ぎみに口を開あけた。

「それにしても……」

「なんだよ？」

　切り出した星川雅に対し、南柾樹はベッドの柵さくに寄りかかって、いかにも気まずそうな顔をしながら返答した。

「彼はうなされながら、確かに言っていた。『魔王桜まおうざくら』と」

「それって、まさか……」

　彼女の一言に、真田龍子は一抹いちまつの不安をぬぐい去れなかった。

「こいつも・・・・『アルトラ使い』になったってことかよ？」

「可能性としては、低くないでしょうね」

　南柾樹と星川雅は顔を見合わせた。

「なんて、こと……」

　真田龍子は心の中で、この純真無垢じゅんしんむくな少年が背負ってしまった、重すぎるその宿命を憂うれいた。

（『第１３話　タイガー＆ドラゴン』へ続く）