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第9話 邂逅

「ここまで来れば、とりあえず大丈夫だ」


「アクタ、なんで……」


 目を覚ましたウツロは、肩を貸すアクタとともに、暗い林の中を歩いていた。


 小一時間こいちじかんほど山中さんちゅうけめぐり、木の枝に傷つけられ、こけむした岩に足を取られ、二人はもうボロボロになっている。


「アクタ、少し休んでくれ。もう傷だらけじゃないか」


 ウツロはアクタのことを気づかい、休憩するように促した。


「なあに、こんなもん、ちょっとかゆいくらいさ。俺よりウツロ、おまえが心配だ」


「なんで、俺のことばっかり……」


「何回言わすんだ、おまえは俺が守るんだっつーの」


「アクタ……」


「ま、ひと休みか。少しだけな」


 ちょうどいい大きさの岩壁いわかべがあったので、アクタはそこにウツロを降ろし、自分も隣へ座った。


「ふう」


 アクタはうなだれながらひと息ついた。


 その顔はなぜか穏やかだ。


「へへっ」


「アクタ?」


 アクタはやにわにくつくつと笑い、肩を揺らした。


「いや、わりい。昔のことを思い出しちまってな」


 手で口もとを隠す彼を、ウツロは不思議に思って見つめた。


「覚えてっか? ガキのころ、おまえ「かわや」ですっ転んで、頭からはまったことあったよな?」


 突然場違いなことを言い出され、ウツロはギョッとして目を見開く。


「あれは、アクタ! お前が前の日に掃除をさぼったのが悪かったんだろ!」


「お前、クソまみれになってただろ? 落とすのたいへんだったし、しばらくくさかった」


「おまっ、こんなときに俺の人生の汚点おてんを!」


汚物おぶつだけに汚点ってか?」


「バカ、アクタっ! 全然うまくないぞ!」


 アクタはゲラゲラと笑っている。


 ウツロは顔を赤くしながらも、なんだかおかしくなって、一緒に笑いあった。


 ひとしきりじゃれたあと、落ち着いた二人はまた憂鬱になった。


「もう、戻れないのかな? あの楽しい日々に……」


「さあな。ま、これからまた作りゃいいだろ? 三人で、な?」


「うん、そうだよね……それがたとえ、別な場所であったとしても……」


「そうさウツロ、また一緒にネギ育てようぜ。知ってっか? このへんはネギの産地で有名なんだとよ」


「ネギか……思索しさくにネギ掘りはうってつけだしね」


「またネギこさえて、そしたら思うぞんぶん思索したらいいぜ?」


「うん、そうだね。俺はやっぱり、考えてるのがしょうにあってるよ」


「哲学者だかにでもなったらどうだ? もうかるんじゃねえの?」


「お金か。概念がいねんは人間の敵だからね。俺は人間のほうがいいよ」


「おっ、出たな思索!」


「悪いかよ。俺は人間的生命活動の発露はつろとして――」


「はいはい、わかったから。ほんと難しいよな、お前の『人間論』は」


「アクタの頭が悪すぎるんだよ」


「何だとー? お前もパッパラパー助くんにしてやろうか!?」


「やだよ、そんなの」


「うるせー。そらっ、パッパラパー助くんになれー!」


「バカっ、来るな! アク――」


 気配けはいを感じて、ウツロとアクタは息を殺した。


「この辺まで歩いた跡があるぞ」


「残りの二人は必ず近くにいる。探せ!」


 彼らとしたことが、疲れとしゃべることに気を取られ、敵の接近に気づくのが遅れてしまったのだ。


「ウツロ、ここは俺がなんとかする。先に行け!」


「そんな……ダメだ、アクタ!」


 アクタの真剣な表情に、ウツロは言い知れない不安を感じた。


 これがもしや、今生こんじょうの別れになってしまうのではないか、と。


「このままじゃお師匠様の言うとおり共倒れだ。なあに、すぐ追いつくから心配すんな」


「いやだ! 一緒に行こう、アクタ!」


   ぱしんっ


 アクタはウツロに、気つけのビンタを食らわせた。


 ウツロはほほを押さえながら、悲しい顔でアクタを見た。


 アクタはウツロの両肩をつかむ。


 その双眸そうぼうには、決然とした意志がたくされていた。


「ウツロ、こらえてくれ。大事なのは生きのびることだ、そうだろ? 俺はもちろん、お師匠様が万が一にもやられるわけはねえ。だからウツロ、俺を信じてここは行ってくれ!」


「う、アクタ……」


「泣くんじゃねえよバーカ。パッパラパー助お兄ちゃんは無敵なんだぜ?」


 アクタはウツロの頭をでた。


 複数の声が、こちらへだんだんと近づいてくる。


「いたぞ、あそこだ!」


 カラスのひとりが指をさして叫ぶ。


「ちっ、見つかったか。ウツロ、行けっ!」


「……絶対、会えるよね……アクタ?」


 涙をぬぐうウツロに、アクタはそっとほほえんだ。


「あったりめえだろ。俺たちは二人でひとつ、な?」


「……うん」


「よし、行けっ!」


 ウツロの背中を押し、その姿が遠くなると、アクタは両手を広げ、やってくる敵の前に立ちはだかる。


「かかってこい! パッパラパー助お兄ちゃんが相手だっ!」


「殺せ、殺せえいっ!」


 ウツロは振り返らなかった。


 振り返ればアクタ、そして師の気持ちを踏みにじってしまう。


 そう思い、ひとり戦っているであろう兄貴分を背に、ウツロはただひたすら、駆け抜けた。


(『第10話 |魔王桜《まおうざくら》』へ続く)

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