4月1日。
火星の第二風祭ドーム、通称『火星温泉郷』にて、新郎・風祭八雲と新婦・柊木詩音の結婚式が厳かに行われた。
参列者は両家親族をはじめ、大学の親友、二人の幼馴染、グラハム、丹羽といったメンバーにより行われた。また、シスター・マリエッテは教会での式を挙げるにあたり司祭の補佐として参列、のち披露宴ではグラハムたち『火星関係者席』にて参加している。
陣内家の孫、そして火星の所有者ということもあり、政財界各方面からも参列希望の声が届いたものの、今回は『身内の結婚式ですので』と固辞。
元総理である陣内純一郎に口利きを願った議員もいたというが、こんな晴れやかな場で政治の話を持ち込むなと純一郎が叱責。
結果として、何の妨害も横やりも、そして邪魔も入らない楽しい結婚式が行われたという。
………
……
…
――4月10日・火星温泉郷
結婚式から10日後。
ようやく新婚
『温泉宿・マルスの湯』の玄関口には、親族はじめ大勢の人たちから祝いの花輪が届けられている。
「うん……これ、いつの間に届けられたんだろう? 転送ゲートの定期搬入時にはなかったよね?」
「そうだよね……」
火星温泉郷のロゴとマークが印刷された法被を着た姿で、八雲と詩音が腕を組んで考える。
あと30分ほどで観光用の転送システムが稼働し、火星温泉郷初めてのお客さんが到着する。
すでに準備も万端、就職に溢れた大学の友人の一部も火星温泉郷の従業員として雇われているので、人材面についてはそれほど心配はない。
それでも、蓋が開いてみなければ何が起こるか分からない。
そう思って、最後まで入念にチェックを行っていたのである。
転送システムが設置してある『地球外交事務局』へは、つい先日完成したばかりの『魔導送迎バス』と『魔導タクシー』が待機。
運転手もマルスの湯の従業員で対応と、半ば駆け足で準備を終わらせていた。
「ああ、その花輪などは、FSIドーム都市経由で運んでおいた。八雲君の祖父からの依頼でね、長野の花屋さんからうちのトレーラーでFSIドーム都市へ搬入、今朝方、六輪装甲車で運んでおいた」
マルスの湯の前に到着した魔導タクシーからグラハムが降りてくると、サングラスを外しながら二人に向かって笑顔で説明。
これには二人とも『やられたぁ』という表情で笑うしかない。
「一言言ってくれればよかったのに」
「それじゃあサプライズらはならないだろう? ということで、この書類について時間があるときに精査しておいてくれ。火星軌道上に建造するスペースポート、その前段階でNASA主導で軌道ステーション計画が構想された。けれど、自宅の空を軌道衛星が飛び回り、監視されるのもどうかと思ってね。君の意見も聞きたい」
「ああ、そういうことで。まあ、一段落したら目を通しておきますよ……」
そんな立ち話でいいのかという会話をしつつ、のんびりと待っていると。
――キキィィッッッ
大型魔導バスが、マルスの湯の前に到着する。
中から降りてきたのは、火星温泉郷最初の客。
競争倍率、実に 一億倍以上の超難関を突破した家族たち。
「ああ、これが火星なのですね……今日はお世話になります」
「本当、空を見上げたら、宇宙が見えるなんて……最高のプレゼントになります」
夫婦が楽しそうに呟くと、そのあとを二組の老夫婦が降りて来る。
今回当選したのは、とある会社のサラリーマン夫婦。
お互いの祖父母を招待しての親孝行のために申し込んだのである。
戦後の動乱期に結婚した祖父母たちは、満足に結婚式も挙げられなかった。
そんな話を結構昔に聞いていたことを思い出し、こうして一か八かの大勝負という事で申し込んだのである。
「いらっしゃいませ。ようこそ火星温泉郷へ、そしてマルスの湯へ」
「それではお部屋へご案内します」
「待って待って、先にチェックイン手続きでしょう?」
八雲の早とちりに詩音が突っ込む。
そんな光景にも夫婦たちは笑っていた。
「「それでは、まずチェックイン手続きを行いますので、こちらへどうぞ。」」
八雲と詩音が同時に告げると、お客さん達も館内へと進んでいった。
………
……
…
翌日、夕方。
ロビーに集まった従業員たちは、接客を始めとした監督を務めていた丹羽から、初日の総評を貰っている真っ最中。
「うん、そうですね……15点ということで」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、マジですかぁ」
「辛すぎますぅ」
「慈悲はないのですか!!」
絶叫する従業員一同。
だが、詩音も丹羽の意見には同調。
「そうね、接客対応については話し方、口調がまず駄目。宴会場での食事サービスは、調理担当の秋川さんの補佐がなかったら大変なことになっていたかもしれないし、こっそりと火星饅頭をつまみぐいするのはもってのほかだったと思うけど?」
「まあ、館内清掃とかはアクウェに任せておけば問題ないと思うが、それでも人材が足りない。八雲くん、オートメーションできるところについては、アクウェを数体、追加で起動させて任せた方がいい。接客その他は生身の人間でないと無理だし、そもそも研修が必要だ」
淡々と告げる丹羽。
その最中、グラハムも二人の男女を連れてやってくる。
「という事で、この場にいる人間の従業員には、これから二週間の間、みっちりと研修を受けてもらう。紹介しよう、彼らはマックバーン財団傘下のホテル・ミラージュのコンシェルジュだ。当然、接客その他についても完璧だから、彼らから色々と学びたまえ」
淡々と説明する丹羽とグラハムだが。
元同級生たちは、いくつかの疑問が湧いてくる。
「あの、一つ教えてください。さっき、生身の人間でないと、と話しましたけれど、接客用のロボットとかいるのですか?」
「レストランの配膳ロボットのような?」
そう問い返すのも無理はない。
彼らにとっては、八雲は『なんだか火星を貰ったすごいやつ』ていどの認識しかない。
そして丹羽とグラハムは、すでに八雲の正体についてはある程度説明されているとおもっていたので頭を傾げてしまう。
「あ、そっか、みんなには説明していなかったか。俺、大賢者なんだよね。異世界を救ってさ、その報酬で火星を貰って……って、話していなかったか?」
「「「「「「「知らね~よ!!」」」」」」
友人たちの総突っ込み。
そしてオート・マタのセネシャルとフラット、人間に擬態してロビーの清掃をしていたアクウェを呼んで擬態を解除して貰ったりと、友人たち一同はわずか一時間で八雲の常人離れした能力についての説明を受ける事となった。
そして翌日から、彼らの研修が始まる。
当然ながら詩音もこれには参加し、八雲はアクウェの追加機動とその教育、不足していた備品の製作や火星温泉郷全体のメンテナンスに追われる事となった。
そして二週間後に二組目のお客を招くと、以前とは見違えるような接客術を身に着けた従業員たちが全力でのおもてなしを開始。
火星温泉郷は、ようやくスタートラインへと立つことが出来たのである。
その後も月に二組だけの予約しか取れない火星温泉郷の噂は地球全域へと広まり、数多くの問い合わせがあったのもかかわらず、このスタンスは崩す事が無かったという。
なお、火星を貰ってのんびりとしたかった八雲本人は、火星温泉郷支配人として日夜あちこち走り回っているものの、まんざらでもない様子であったことは言うまでもなく。
ただ、来客の無い日などは、夫婦でノンビリと温泉につかり、誰にも邪魔されないような日々を過ごしていたという。
――END