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第32話・温泉宿・マルスの湯。一泊二食付き12万8千円です

 いよいよ、火星温泉郷の一般公開まで一か月を切ったある日のこと。


 八雲と詩音の二人は、セネシャルとフラットを伴って『温泉宿・マルスの湯』で最後の準備の真っ最中。

 厨房横にある巨大な冷蔵庫と冷凍庫には、大量の食材が収められ、腐敗防止のために時間停止処置も行われている。

 ウェルカムドリンク用に、陣内家と馴染の深い「畠山酒店」に納品して貰った各種ドリンク、炭酸飲料、ビール各種も準備され、しっかりとドリンクサーバーのレンタル契約もおこなった。

 このドリンクサーバーはロビーに設置され、マルスの湯にやってくるお客さん用に無料提供される。

 そのほかにも、蒸したての火星まんじゅうも提供されたり、和室にはお茶セットまで準備する徹底ぶりである。


 なお、予約は二週間に一度一組のみ、最大6名まで(応相談)、一泊二日朝夕食付きおひとり様12万8千円という超格安金額でサービスすることに決定した。

 普通の温泉旅行なら高級宿に泊まれるレベルだが、そもそも温泉地が火星という、常識的にありえない場所なのでこの値段設定である。

 また、火星温泉郷開業に合わせて改良された転送システムの維持費にも、それなりの予算が掛かるため、どうしてもこの設定となってしまうのであった。


 ちなみに、日本政府とアメリカ政府から『火星の通貨は?』という質問が八雲の元に届けられ、急遽、詩音がデザインした金貨、銀貨、銅貨が鋳造された。

 交換レートは金貨1:銀貨100:銅貨10000。

 金貨一枚が10万円、銀貨一枚が1000円、銅貨一枚が10円換算で使用される。

 ちなみに海外為替とのレートは変動相場制ではなく固定相場制。

 八雲が面倒くさがった結果、1ドル・1ユーロが日本円の150円に換算。

 これらの情報はマックバーン財団を通じてアメリカや欧州にも告知済み、それ以外の通貨は当面は使用不可能とした。


 もっとも、運よく火星温泉郷の抽選に当選した場合も、出発地は長野県小諸市にある『火星外交事務局』に併設されている転送システムを用いるので、近所の銀行で円かドルに両替すれば問題はない。

 持ち込み可能荷物その他についての細かい規約も、すでに告知されて事務局に張り付けられているので、万が一にも持ち込み禁止なものがあった場合は、事務局に用意されているコインロッカーに預けることになる。


「うん、これで準備はOKですね。あとは、来客第一号が誰なのか……」

「それって、誰が決定しているの? また何処かの悪い人がねじ込んでこない?」

「ん、グラハムさんのところから派遣されている事務員の人が管理しているけど? 基本的には表に出ない人たちで、受付も丹羽さんが用意してくれた『火星温泉郷案内』の申し込みフォームから。申し込む際はパスポート必須、権利の譲渡禁止になっているから、大丈夫じゃないかな?」


 結果として、申込みフォームに届けられたデーターをもとにリストが作られ、抽選ボタンを押すだけで決定。そのデータを火星外交事務局に提出し、当日の受付を担当して貰う手筈になっている。

 パスポートと申請書の確認は地球を出るとき、火星に着いた時の二回チェックされるので、万が一にもズルしてきた人がいても転移システムから出る前に強制送還される仕組みである。


「成程ねぇ。それで、あとはどんな準備が必要なのかしら?」

「おかみさんの挨拶とか?」

「嘘でしょ?」


 ほぼ準備完了であり、あとは本番を待つだけ。

 マルスの湯での食事については、八雲の叔父で長野でレストランを経営している人がいるため、その跡取り息子さんが前日入りして手伝ってくれることになっている。

 すでに仕込の準備とか必要なものを確認するため、何度かマルスの湯にはやってきているので、そちらについても準備万端。

 なお、メニューの一部は『異世界カーカススタット』の料理をフラットが担当、火星の名物料理として昇華させる予定である。


「まあ、あとはのんびりとしていていいんじゃないかなぁ」


──ウィィィィィン

 そう笑いながら、八雲がどっかりとロビーのソファーに体を埋めた時。

 入り口の自動ドアが開き、団体さんがやって来た。


「ハーイ。ミスター・ヤクーモ。温泉に遊びにきまーした」

「今日は5名です、よろしくお願いします」


 FSIドーム都市勤務のアストロノーツたちが、温泉を借りにやって来た。

 そしてロビーにある受付カウンターに置いてある『賽銭箱』に料金を入れると、そのまま楽しそうに温泉へ向かう。


「あ、今日から、ロビーのドリンクサーバーの使用許可もだしますので。ひとり三杯までなら、どれを飲んでも構いませんよ」

「マジですか!! ビールある?」

「当然です!!」

「「「「「イヤッホウ!!」」」」」


 全員が歓喜の声を上げる。

 FSIドーム都市は、実は飲酒喫煙については厳しい規則がある。

 基本的にはISSと同じく、飲酒も喫煙も禁止。

 全長5キロ、直径2キロのFSIドーム都市内に併設されている商店街でも、アルコール飲料を販売している店舗は殆どない。

 ただ一軒のみ、購入数限定で販売している店舗はあるものの、FSIドーム都市での飲酒は禁止。

 火星温泉郷へ持ち込んで、湯上りに楽しむようにしている。


 これはオニール式自転型ドームにおいて、人体がアルコールを摂取した場合の影響についてのレポートを参照。炭酸飲料などについても厳しい制限が掛けられているのだが。

 第一、第二風祭ドームは人口重力が発生しているため、飲酒は可能。

 喫煙については、やはりFSIドーム都市と同じく禁止となっている。

 それゆえ、今のアストロノーツたちの喜びようについては十分に理解できている。


「でも、一人三杯って無視しそうな人もいると思うけど?」

「まあ、可能性はあると思うから、実は、ここにカード読み取りセンサーが付いていてね」


 地球で転送システムを使用する際に配布されるカードキー。

 これは転送システムを使用するためだけでなく、火星温泉郷の宿のチェックインにも使用される。

 そして、このカードキーを読み取らない限り、ドリンクサーバーも使えない。

 アストロノーツたちには、カードキーと同じ効果が付与されている『火星滞在許可証』を発行してあるので、それを読み取ることでドリンクサーバーが使えるようになっている。


「あ~、それって便利よね。ということは、私もここで飲むときは必要なの?」

「ん、実はもう一つ、魔力探知センサーも搭載していて、登録されている人は無制限で飲める。僕や詩音は当然登録してあるし、グラハムさんたち勇者チームも登録済み。ちなみに、まだグラハムさんはこのドリンクサーバーの事は知らないから、ここに出ずっぱりになる可能もある」

「あはは。グラハムさんならそうなりそうよねぇ」

「でしょ? ということで、そろそろ家に帰りますか。今日はフラットが腕によりをかけた異世界料理を用意しているはずだからさ」


 これも、マルスの湯で提供される料理の試食も兼ねているため、詩音も期待しつつ家へと帰ることにした。


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