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第31話・疑惑の放送局と、覚醒したFSIドーム都市

 年も明けて、正月。


 陣内家恒例の正月詣も、3日の午後にはやって来る人々も近所の人達のみとなり、いつものような静けさを取り戻しつつある。

 ただ、陣内家周辺の道路には大量の中継車が集まり、陣内家本家隣に併設された『火星外交事務局』の取材が行われている真っ最中。

 というのも、1月4日からは正式に『火星外交事務局』は職務が始まり、火星へ向かいたい希望者の選定や申し込み窓口としての仕事が始まる。

 もっとも、実際に火星へと向かう事が出来るのは4月1日以降、火星温泉郷の正式稼働を待ってから。

 それまでは、火星への取材申し込み窓口としての執務しか、やることはないのであるが。


『駄目だ駄目……こんなざるな審査では、火星取材の受け入れなどできません。再審査です』

「しかしですね。もう時間がないのですよ。年明け早々には許可証を発行しないと、報道関係者でも準備というものがありまして」

『はぁ、ここに挙げられている報道局はごみくずですか? 実際に火星に向かうまで、まだ3か月近く時間があるのですよ? その間、何をどう準備するというのですか。アメリカではすでに、一社が火星出向許可を得ています。それと同行するというだけなのに、どうしてこう、つらつらと要らない人材リストが付いているのですか』

「それは……その……」


 火星外交事務局が選定した報道局は4つの候補に絞られている。 

 各社とも、取材スタッフと責任者、そして同行者を含めて50名近くのリストが挙げられている。

 だが、アメリカはたったの10名のみ、これでも多いとグラハムからツッコミが入っているのである。


『ということですので、すべての審査をやり直します。選定には私たちマックバーン財団のスタッフと、特別顧問として陣内純一郎さんにもお願いする予定です』

「何を勝手なことを! 日本のことは我々日本人が決める。勝手なことをされては困るのだよ」

『では、陣内純一郎さんはよろしいですよね? 彼は日本人ですから』

「彼は火星外交事務局とは関係ない。勝手なことは慎んでもらいたい」


 淡々と告げる火星外交事務局責任者の大泊洋二局長だが、マックバーン財団から派遣されて来たオードリー事務官も負けてはいない。

 目の前に積まれている火星取材許可申請書を再度見直して、パンパンとテーブルを叩く。

 どれもこれも、どこかの議員と癒着している報道関係ばかり、しかもその取材には議員自ら同行するということになっている。


『……では、日本の報道局の受け入れは無しという事でよろしいですね』

「それこそ独断専行だ!! そんな勝手が許されると思っているのか!」


 大泊も、この件については一歩も引けない。

 そもそも、天下りとしてこの火星外交事務局に就任した大泊には、どうしても逆らえない議員が多数存在する。

 その議員達からも、今回の火星域については便宜を図るようにと伝えられている。

 また、火星温泉郷についても、自分たちの息がかかった議員連で好き勝手に使いたいという理由から、陣内家親族が所持している『転送システム使用許可証』を自分たちにも発行するようにと要請。

 これについては八雲が却下したので入手できなかったのだが、それなら火星に自由に行き来するために報道関係者と共に火星に移動、そこで八雲本人と交渉しようと画策していたのである。

 だが、そんな裏の話などオドーリー事務官は知らない。

 それに、あらかじめ『丹羽』と『グラハム』が用意していた『要注意人物・報道関係者リスト』と照らし合わせ、目の前の申請書が全てアウトであるところまで突き止めたのである。


『火星の外交全権は、私たちマックバーン財団が請け負っています。ということで、この件は風祭さまにご報告しますので』

「待て、そんな勝手なことをされては困る……もう少し、お互いに腹を割って話そうじゃないか?」

 この大泊局長の言葉は『つまり、君はいくらほしいのだね?』と訳すことができる。

 その程度の外交技術など、オードリー事務官はマックバーン財団で嫌というほど叩き込まれていた。


『残念ですが、今の話で確信できましたので。それでは、失礼します』

「待て、陣内の孫とどれだけ話をしようが、こっちには外交官を派遣するという使命がある。それを説明すれば、あのガキだって頭を下げるしかないだろうが」

『はぁ……それでは失礼します』


 そう告げて、オードリーは火星外交事務局を後にして、そのまま陣内本家勝手口から入り、庭でノンビリトしている八雲の元へとやってくる。


『八雲さま。火星外交事務局は、議員と完全に癒着しています』

「あっははは。まあ、今の日本でさ、火星が関係している件で、ゼネコンとか報道関係とかと癒着していない議員を探す方が困難じゃないかなぁ」


 八雲のいう通り、日本のゼネコン各社は、火星ドーム建設の話を聞いた時、真っ先に陣内家に建設請負の打診を行ってきた。

 だが、残念なことに建設関係は(表向きは)マックバーン財団が請け負っているため、日本のゼネコンの入り込む余地がない。

 こればかりは八雲も祖父から相談を受けたものの、FSIドーム都市の内部環境については、基礎部分こそ八雲が造りだしたものの最後の仕上げはマックバーン財団が取り仕切っていたため、その期待に応えることはできなかった。


『では、どうしましょうか』

「ん~、抽選でいいんじゃないかなぁ。しっかりと紙で作った抽選券を僕が用意するから。当日ギリギリまで抽選券の詳細は公開しないし、僕も立ち合いでチェックするし。あと、各社とも10名、それ以上の追加人材は認めないということでオッケー?」

『了解です。では、そのように火星外交事務局に伝えてきますので』

「よろしくね~」


 オードリー事務官を見送ってから、八雲はのんびりと縁側で空を眺めている。

 正月の、澄み切った空。

 こればかりは、火星では見ることができない光景であるため、八雲も久しぶりの開放感に気持ちが緩んでいる。

 傍から見たら、ご隠居さんが縁側でほほ笑んでいるようにも見え、それを邪魔しては駄目だろうと親族も遠巻きに見守っていた。

 やがてオードリー事務官も戻り、火星外交事務局が渋々ながら今回の公開抽選について承諾したことを伝えると、ようやく八雲もアイテムボックスから素材を取り出し、抽選システムの作製を開始した。


 〇 〇 〇 〇 〇


──1月15日、長野県ホクト文化ホール

 この日は、火星での報道許可を得るための大抽選会が開催される。

 すでに日本全国の報道各局をはじめ、FM放送局から地方の民間ケーブルテレビ、果てはユーチューバーに至るまで、事前申し込みを行っていた人々が集まっている。

 あまりにも申し込みが殺到してしまったため、事前申し込みの時点で一次抽選を行うことが決定。

 これは八雲と祖父の手で直接行われた。

 そして本日ここに集まっている人々は、全て一次抽選を勝ち取り本抽選に進んだ人々。

 当然ながら、一次抽選結果に納得のいっていない放送局やその関係者が会場受付にやって来ては、こっそりと手紙を一通置いて立ち去るという光景も見られている。


「それではっ、火星での放送権を賭けた本抽選を開始します……」


 マイク片手にノリノリで司会を務めるのは、まさかまさかのグラハム・マックバーン。

 これには会場に集まっている報道関係者も度肝を抜かれた。

 そして抽選方法についても、各社代表が一人ずつステージに上がり、設置されているボックスからくじを引き、それをその場でオープンするというイカサマのできない仕様であることが告げられた。

 つまり、何らかのイカサマを模索していた報道局、議員特権でねじ込もうと企んでいた議員も誤魔化しようがない抽選方法となっていた。


 これには裏で手を回そうとしていた面々も諦め顔、速やかに抽選に参加することとなった。

 会場に集まっている参加者は500組、そして当選は一枚のみ。

 当選を引いた報道局のみが権利を持ち、譲渡は許されない。

 まさに放送権を賭けた、命がけの抽選会場となったのである。


………

……


 そして抽選会が終わり、一夜明けた翌日。

 陣内家には、一人の議員がやって来ていた。

 火星外交事務局の局長、大泊を推薦した野党議員連代表の五ノ井哲也議員が、陣内純一郎に頭を下げている。


 彼が面倒を見ていた放送局は、先日の抽選に漏れた。

 さすがに確率1/500勝ち抜けるとは思っていなかったらしく、抽選会が終わった翌日には純一郎の元に面会を申し込んでいたのである。


「火星開発の利権、これは我が野党でも今後の課題として取り組んでいきたいと考えています。ですが、先ずは火星の実情を知るためにも、私の知人が務める報道局に取材の許可をお願いしに馳せ参じました」


 畳の上で土下座する五ノ井議員だが。

 純一郎は腕を組んだまま、一言だけ。


「私には、火星に報道関係者を送り出す権利はない」

「それは重々承知。その上で、お孫さんである八雲さんに、どうか口添えをしていただきたく」 

「うむ、無理じゃな。わしがそれに応えたとしても、帰ってくる言葉は一つ。『グラハムさんに聞いてみて』としか言われないじゃろ。そしてグラハム殿は、日本の国政関係には全く興味がが無い。つまり、泣き脅しも土下座も一切聞かない。以上だよ」


 それだけを告げてから、のんびりと茶を啜る。

 今の言葉で、五ノ井も絶望感に包まれる。

 今回の抽選その他は全て公平に行われたため、どこにも文句をつける隙すらない。

 五ノ井の件は、抽選とは関係なしに一つの放送局を派遣させろと頼み込んでいるのである。

 だが、その希望もあっさりと潰えた為、ほどなく五ノ井はとぼとぼと屋敷を後にするのであった。


………

……


──火星・FSIドーム内、仮設放送局

 地球圏での放送関係のごたごたも落ち着き、現在は先のりでやって来た報道関係者が開局準備を行っている真っ最中。

 持ち込める機材の量にも限界があるため、日本とアメリカ、それぞれの報道局が協力して一つの巨大な放送局を作ることで合意。

 MBS(Mars Broadcasting Station)と名告げられた総合放送局が開局する事となったのである。 


「うわぁ、これはまた、ハリウッドみたいですねぇ」

「そうだろう。そのハリウッドからも打診が来ている。火星地表面で映画の撮影がしたいとかで」

「へぇ、どうやって来るのでしょうね」

「さあな」


 まるで他人事の八雲と、同じく無関心のグラハム。

 二人と丹羽、合わせて三名はMBSの局内を見学している真っ最中。

 特に丹羽は、ここの通信システムの全てを調整する必要があるため、新たに2名の部下を地球から火星へ派遣させて、作業にあたらせていたのである。


「今、地球圏の最大の関心は『手軽に火星旅行ができる』という一点のみ。それに付随する形で、放送局とか映画やドラマの撮影、新たに建造されるドーム建設をゼネコンが受注出来るかといった話で盛り上がっているらしい」

「らしい、ですか。本当にグラハムさんは、関心が無いのですね」


 関心が無いのは当然。

 グラハムがその気なら、全てマックバーン財団でこなしてしまう。

 財団傘下組織の中には、映画会社や放送局もある。

 だが、今回の放送局選択については、傘下の放送局は使用していない。

 全てにおいてフリーであり、公平に対処したのである。


「まあな。放送局については、ちょっとだけ悔しい思いをしたからな。まあ、マックバーン財団が得ている火星の権利は、あくまでも一定区画における資源採掘権のみ。あとは、風祭八雲の代理人という仕事だけだ」

「うん、いつもお世話になっています。ということで、ここも順調そうですよね。寮も併設されていますし、小さいながら商店まである。あれも、グラハムさんとこの?」

「ああ。その通りだ」


 FSIドーム都市の中は綺麗に区画整備が施されており、商店街のようなものまで作られている。

 もっとも、そこに入っているのは全て財団傘下の店舗のみであり、取り扱っている商品についてもそれほど多くはない。

 なぜならば、八雲とグラハム、丹羽、マリエッテ、そしてそれそ瀬れの家族以外の転送システムの使用許可は月に一度、定期便としてシステムが稼働したときのみ。

 そのタイミンクで、大量の物資輸送と人材の交代が行われるため、商店街に並ぶ商品のレパートリーも保存が効くものが大半である。

 なお、ここ最近はパン屋やピザ屋といった外食関係もポツポツと増え始めており、八雲もたまに遊びに来ては外食を堪能していたという。


「ふぅん。火星温泉郷にも、そういう店を置きたいのですけれどねぇ」

「今の環境では無理だろうなぁ」

「そうなんですよね……どうするかなぁ」

「まあ、頭を捻ってアイデアを出してみたまえ。協力できる部分については手を貸すので」

「よろしくお願いします……こりゃあ、うちに帰って作戦会議だなぁ」


 FSIドーム都市はマックバーン財団が完全バックアップを行っているからこそ、ここまで大きく発展を始めているのである。それに対して、火星温泉郷は八雲個人の力しか関わっていないため、そういった外食産業などのコネもない。


 火星温泉郷が開放されるまで、あと2か月半。

 それまで、どの程度の整備が出来るかが、勝負どころである。


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