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第30話・火星温泉郷と、特許問題

 カチカチカチカチ……


 あいも変わらず、風祭邸隣の工房では、八雲が何かを作る音が聞こえてくる。

 今現在作成しているのは、火星で民間ドームを作る際のエネルギー発電システム。 

 第一ドームに備え付けられている【サラスヴァディ型魔導ジェネレーター】ではなく、もっと安価で製造しやすい【ガネーシャ式魔導機関】である。

 前者は多次元空間の次元波動をエネルギーとしているのに対して、後者は大気中に存在する魔力を凝縮し液化した『液化マナ』を燃料としている。


 どちらが安全かと言われればサラスヴァディ式であるのだが、ガネーシャ式の生産コストはそれの千分の一以下、しかも小型であるため運用方法によっては、ガネーシャ式の方が使い勝手がよい。

 幸いなことに、火星の大気組成の中には多量の魔素が含まれていることもあり、ガネーシヤ式魔導機関の方が都合がいいのである。


「……これで、よし。液化マナ精製装置も完成しているので、あとはこの魔導機関を何に使うかだよなぁ」

「ご主人様、それでしたら第二ドームの維持用に追加して頂きたいのですが」

「んんん? 火星温泉郷のエネルギーは太陽光パネルと第一ドームのサラスヴァディ式魔導ジェネレーターから供給されているよね?」

「はい。ですから、この機に独立システムで運用させたいのですが」


 そうすることで、万が一の際には第二ドームは切り捨てられる。

 エネルギー運用という点でも、一か所からの供給では問題があるという事である。


「まあ、それなら倉庫に置いてある二つと、液化マナ精製装置は持って行って設置してくれる? そっちの方は詳しくないからさ」

「畏まりました」


──コンコン

 開けっ放しの研究施設の扉を、グラハムが叩く。


「そういう事なら、うちのシリンダードームにも一基、接続して欲しいところだが? あれは太陽光発電しか搭載していないからな。出力にも限界があるので、エネルギー供給施設の追加建造を請願されている最中だったのだがね」

「ああ、グラハムさんの所にも付けて構いませんよ。そもそも、この火星で太陽光発電だけでライフラインを賄うには、厳しいだろうなとは思っていましたから。確か、裏の倉庫に予備でまだあったはずですから……フラット、グラハムさんのところにも設置してあげてくれる?」

「畏まりましたぁ。ではグラハムさま、どちらに設置するか指示を頂けますでしょうか」

「ああ、それじゃあ先に済ませておくか……八雲くん、またあとでな」


 本来の用事があったものの、それより先に魔導機関の設置を行うことになったグラハム。

 特に急ぎの用事ではなかったため、先にFSIドーム都市と命名されたシリンダー型ドーム都市のライフラインの改良に向かう事となった。

 そして八雲もまた、ガネーシャ式魔導機関の追加分を製作するため、しばし研究室に籠ることになったのは、言うまでもない。


 〇 〇 〇 〇 〇


 間もなく正月が訪れる。

 いよいよ年を開けて春が訪れれば、八雲と詩音は大学を卒業し、結婚する。

 そのための準備というわけではないが、ここ最近は連日のように詩音が火星の八雲邸を訪れ、引っ越し荷物を搬入している。

 もっとも、荷物の大半は家具ごと『アイテムボックス』に収納し、部屋に配置するときも場所指定で取り出すだけ。

 微妙な角度などの調整はフラットが手伝っているため、一日一時間ほどの作業でも一週間もあれば引っ越しはほぼ完了してしまう。

 現在は『普段使いでないもの』が部屋に設置されており、大学を卒業後に残りの普段使いのものを搬入するだけ。

 残った時間は『火星温泉郷』へ向かい、そこでの事務作業などを行うようにしている。

 何事も花嫁修業と、実家の酒屋でも色々と仕込まれていただけあって、帳簿付けや備品・在庫管理などはお手の物なのだが。


──火星温泉郷・ロビー

「ねぇ、八雲くん。ここの温泉郷ってさ、いずれは一般開放するのよね?」

「ん、そうだけど。予定では二週間に一組ぐらいか、それとも週に一組ににしようか考えているところだけれどさ。宿泊客を取るのか、日帰りのみにするのか……難しいところだよね」

「ふぅん。でもさ、ここって特産品も何もないよね?」


──ズキッ

 八雲が必死に考えていた案件に、詩音は切り込んでいく。

 そもそも、火星温泉郷は地球と異なり、観光名所というものがない。

 ただ、火星にある温泉というだけであり、せいぜいが『火星地表お散歩ツアー』とか、『マックバーン財団採掘場見学』といったものしかない。

 それにお土産となるものも『火星の岩』しかなく、それ以外は『とれたてレアメタル結晶』ぐらいが関の山。


「あ、あのね、色々と考えたんだけれどさ……ほら、温泉名物のタペストリーとか木刀とかキーホルダーとかも考えたんだよ? でも、なんというかありきたりというか……」

「あ~、木刀を作るにも、木が生えていないからねぇ」


 あっけらかんと告げる詩音に、八雲はコクコクと頭を縦に振る。


「今はさ、テレビで見た実験をやっている最中でね。火星地表に苔を移植して、緑が増えるかどうかって……」

「あ~、KHK(国民放送協会)で、そんな番組やっていたよねぇ……でもさ、それって森になるの?」

「う……」


 実際、八雲の住んでいる第一ドームの外には、【シントリキア・カニネルウィス】というコケ植物が移植されている。

 地球圏での『火星を模した環境における生体実験』では、このコケ植物は十分に火星環境下でも生育可能であるという実験データがでている。

 ゆえに、八雲は丹羽に頼み込んでこのコケを入手し、半分は第一ドーム内で栽培し、残り半分はドーム外に植え込み、さらに温水を地下に通してコケ周辺の気温と水分を安定させている。

 ただし、低重力下であること、温室効果ガスが乏しいこと、二酸化炭素量が地球よりも少ないという事から、それらの条件を人為的に作り出すのは今後の課題という事となる。


「……ということでさ、火星に森を作り出す実験としては、まずこのコケ植物を定着させて二酸化炭素量を増やし、バイオクラストを増やして微生物の育成まで……って、僕の説明、理解できる?」

「なんとなく、凄いことは理解できた」


 八雲としてはコケ植物が定着したのち、『バイオクラスト』と呼ばれる植物と土壌粒子の複合体を増やし大地を作り替えることも視野に入れている。

 また、火星の地下に埋蔵されている二酸化炭素を使い温室ガス効果を高めることで、現在の平均気温マイナス55度をどうにか〇度まで高めたいとも考えているのだが。

 それは一長一短で出来るものではないため、今は日曜園芸のノリでコケ植物の育成に力を入れている。


「まあ、それでいいと思うよ。つまり、火星で材木を切り出して木刀を作るのは、これから先のテラフォーミングがどこまで進むかによって左右されるわけ」

「それじゃあ、温泉饅頭でも作れば?」

「え、温泉饅頭をつくるの? 登録商標とか大丈夫?」

「気にするところ、そこなの?」


 そう詩音に突っ込まれたものの、八雲も腕を組んで考えてしまう。

 そもそも、日本においての商標登録とか特許出願など、火星ではなんの役にも立たない。

 そう詩音が説明すると、ようやく八雲も納得した。 


「火星饅頭っていう名前で、温泉で蒸した饅頭を売り出す、これならいけるかも!!」

「はい、ご主人様がそう提案されるのを、ずっと待っておりましたるこちら、火星まんじゅうのサンプルとなります」


 八雲の言葉の直後、女中姿のフラットが姿を現す。

 お盆に乗せられた『蒸したての饅頭』をアイテムボックスから取り出すと、それを八雲と詩音に差し出した。


「うわっと、フラットさん、準備がいいですねぇ」

「はい、奥様の御口に合うかどうかわかりませんが、味見をおねがいします」

「はいはい。それじゃあ、頂きますねっと!!」


 お盆に乗せられた、ややゴツゴツとした形の温泉饅頭。

 それを手に散りパクッと一口食べてみると、薄皮の饅頭の下のふんわりとした生地、そして粒あんの舌触りと甘い味わいが口の中に広がった。


「うわ、なにこれすっごくおいしい。レシピってあるの?」

「いえ、クック○ッドを参照しました。流石に材料は全て地球産ですが、温泉はカルナヴォドス大渓谷地下からの汲み上げ水に液化マナを混合したものを使用しています」

「ふぅん、それでこういう味になるんだ」

「液化マナ……って、まあ、人畜無害だからいいか。これってさ、量産可能なの?」


 八雲の問いかけに、フラットは冷静に一言。


「手作りでも、量産化術式によるオートメーションでも、どちらでも可能です」

「ああ、錬金術で増やすっていう手があるか。まあ素材は必要だけれど、確実性を考えたらそつちの方が早いよね」

「そうそう、その錬金術とか魔法とか、今度わたしにも教えてくれる? 私も使えるようになったら、色々と便利でしょ?」

「それは構わないよ。今度、僕が使っていた魔導書を貸してあげるから、それで学ぶといいよ。基礎の部分は教えてあげられるからさ」

「うん、ありがとう」


 ちょっとだけ話は脱線したものの、火星まんじゅうの仕上がりは満点。

 これで火星温泉郷の名物第一号が完成したと、八雲も腕を組んで満足そうである。

 なお、材料などを完全自給自足したいと考えた八雲は、ついに『巨大農園ドーム』の建造についてもゴーサインを出し、セネシャルとアクウェの手により建造計画がスタートしたという。


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