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第29話・動きたいもの、動けないもの、楽しそうなもの

 八雲が火星の所有権を得てからというもの、各国は『どうして個人が火星を所有しているのか』という話題から、徐々に『どうやったら、火星の利権を得られるのか』という方向にシフトしつつあった。

 その最もたるものが、日本国。

 昨年までは八雲が火星を所有している件については『まあ、そういうことなら』という感じで。、実になあなあな対応を行っていたのだが。


 年が明け、マックバーン財団が八雲の許可を得て正式に火星の開発を開始したあたりから、方向性が変わっていった。

 曰く『火星という海外不動産の税金をどうするのか』『彼から所得税を取るべきではないのか』といった、諸外国からすればどうでもいい話し合いが始まると、やがて専門委員会が発足。


『火星を海外不動産扱いとし、彼から税金を得るべきである。なお、その場合の支払額は莫大なものとなり、彼個人では支払うことが不可能となる。その場合は動産差し押さえとして、火星を日本国で差し押さえてしまえばいい』


 などという、トンデモ理論を立てて火星を八雲個人から取り上げるべきであるという議題が盛り上がり、現在は火星の資産価値について算出すべく幾つもの委員会、関係省庁に話が振られている真っ最中。そこにきて突然の『風祭八雲が日本国籍を脱した』という報告が内閣府に届けられ、事態は急転直下を迎えることとなった。


 どうして彼の日本国籍離脱を認めた?

 そもそも彼はどこの国の国籍を修得した?


 などの意見が飛び交う中、法務省担当官が、八雲の代理人から受け取った書類を公開。

 国籍は『火星』であり、火星に樹立した新政府の公的書類が全て揃えられていたのである。

 当然ながら、火星などという国家の存在は認めないと声高らかに叫ぶものの、残念ながら届けられた書類に不備は見られなかったという。


 そもそも、『地球における国際法』と照らし合わせても、国家として必要な要素が全てそろっているのである。


『永続的な国民(風祭八雲とその親族、火星に移住し作業を行っている諸外国人)』

『一定の領土(火星全域)』

『主権政府(申請書によると火星政府代表は風祭八雲、その他宰相、外務省などがあり、さらにマックバーン財団の公的事務局も存在)』

『他国との関係を取り結ぶ能力(火星政府に依存、なお、外交担当としてマックバーン財団から派遣されてきたものを任命)』


 といった要素が全てそろっているのである。

 なお、国際法は地球上の国家及び地球に住む者に対して適応されるものであり、火星については国際法は適応されないという『国連』の正式通達もあり、日本の法務省は速やかに書類を受理。


 結果として、火星政府樹立と、火星という国家が成立したのである。

 なお、各地に設置されている転送システムを使用する場合、そこに派遣された『外交窓口』にパスポートおよびビザの提出が義務付けられることととなるのだが、これについてはまだ転送システムの管理・運営に関するルールが定められておらず、暫定的にであるが5年間の間は『許可を得たもの、及び認証カードを所持ている場合はパスポート・ビザの提出は不要である』という条件が新たに付け加えられていた。


………

……


――火星、第一風祭ドーム

 地球圏での話し合いや各国の策謀などなんのその。

 八雲はいつも通りに平常運転の真っ最中である。

 火星温泉郷の件については、日本国とのやりとりが終わってから正式に動くことにしてあるので、現在は第三ドームの建造をどうするのか、それともほかに何か作るのかなどをセネシャルと打ち合わせをしている最中であった。


「ということで、これで全ての認証は完了。アメリカ大統領府からの公的証明書も預かってきている。アメリカ合衆国は、火星と正式に国交を結びたいということらしいが……」

「ええ、それについては日本国からも正式に連絡が届いていますね。まずは話し合いを行いたいと。それで、当面の間は、私が窓口となるように話を持っていきましたので、FSI出向並びに火星国交渉担当官という役職を押し付けられたのですが……」


 地球圏での話し合いがスムーズに終わり、グラハムと丹羽が八雲の家を訪れて、簡単な報告を行っているのであるが。

 とうの八雲はというと、新しいオート・マタの製造の真っ最中。

 自宅の隣に作られている研究所の中で、現在はオート・マタ用の外部フレームを製造している真っ最中であった。


「うわ、そんなところまで話が進んでいたのですか。本当に助かりました」

「まあ、八雲くんでは、ここまでスムーズに話を進められなっただろうからな。当面の地球圏との折衝については、うちが派遣した外交官と丹羽くんが窓口になるる予定だ」

「まあ、そのために火星温泉郷に自宅を建設して貰っていますし。自分専用の転送システムの設置も許可して貰ったので、私としては特に問題はありませんよ。基本、好き勝手にさせて貰っていますから」


 グラハムと丹羽も、火星温泉郷に自宅を建設中。

 それぞれの家に転送システムを設置する予定であるのだが、そもそも二人は自前の『転移術式』により地球とは好き勝手に行き来することができる。

 だが、あくまでも表立った魔術を使わないようにしているため、転送システムというダミーを用意する必要があった。


「うん、何か必要なものがあったらいつでも相談にのりますよ。今はほら、三体目のオート・マタの製造中なので手が離せないのですけれどね」

「表に出す必要が無いのなら、休眠中のアクウェでも使えばよいのでは?」

「う~ん、それも考えたんですけれど。一応、完全人型で僕たちの補佐を任せられる存在を……ということで、魔導頭脳とダイレクトリンクしているオート・マタを作っているのですよ。ほら、セネシャルとフラットの二人も、あまりの表に出したくないもので」


 セネシャルとフラットは、八雲のために活動するのが第一命令である。

 ゆえに、何かあった場合に八雲の側で動けるような体制を取れなくてはならない。

 それならばと、新たなオート・マタを作り上げて雑務その他は魔導頭脳端末とセネシャルとフラット、彼ら3名でうまく回してくれればいいと考えたのである。


「成程ね。ちなみにですが、そのオート・マタ、わたし用に一台追加してもよろしいですか? 補佐官という立ち位置で動ける人材が欲しいのですよ」


 八雲の話を聞いて、丹羽も自身専用のオート・マタが欲しいと八雲に宣言。

 大魔導師である丹羽は、実は錬金術については基礎理論程度しか学んでおらず適性もあまり高くはない。ゆえに、魔導具関係を生み出すことができる大賢者には、一歩及ばないのである。

 勇者であるグラハムも丹羽とおなじ。

 すべてをこなせる勇者であっても、グラハム自身は『マックバーン財団の総責任者』という立場がある。

 コツコツと一人籠ってオート・マタを作り出す時間などない。

 そもそも彼には家族がいる。 

 仕事を離れたグラハムは、アメリカに戻って家族と過ごす時間を大切にしている。


「それなら、私にも一台頼めるかな?」

「丹羽さんとグラハムさん、あとは……詩音のボディーガード用に一台っていうところかな。うん、ちょっと時間はかかるけれど、大丈夫だとおもうよ」

「それじゃあ、無理のない程度によろしく頼む」

「八雲くんは、こうひとつのことに集中し始めたら周りが見えなくなりますからね」


 そう二人に突っ込まれて、ややご機嫌斜めになる八雲であるが。

 その件については、普段からセネシャルとフラットの二人に口が酸っぱくなるほど言われ続けているので、素直に頭を下げるしかなかった。


 〇 〇 〇 〇 〇


――長野県・陣内家

 八雲の日本国籍離脱。

 その余波は、陣内家本家にも様々な形で影響を与えている。

 一番の余波は、柊木詩音の立ち位置。

 来年には、彼女は大学を卒業。そのまま八雲と結婚し、火星温泉郷の責任者となる。

 地球と火星というちょっと不思議な国際結婚となるのだが、ここにきて八雲の元に嫁ぎたいという打診が陣内家本家にまで届き始めている。


 八雲が火星を貰った当初は、諸外国からの婚姻希望者が殺到していたものの、陣内家とマックバーン財団の力でそれもある程度沈静化していたのだが。

 ここに来て突然、八雲との縁談申し込みが再加熱を始めたのである。


「やはり、火星という国の元首という立ち位置、その横に立つ女性という意味で各国からも大勢の嫁候補者のリストが届けられている」

「以前なら、ただの所有者という立場でしかなかったのに、いきなり火星の代表ですもの。史上初の、火星大統領のファーストレディというのは、まさにシンデレラストーリーそのものですからね」


 八雲の騒動を聞いて集まって来た親族に対して、純一郎と祖母は、淡々と話を始める。

 ちなみに陣内家親族は、既に八雲の嫁を自分の血筋から出そうという計画は諦めている。

 陣内家当主が認め、八雲本人が納得して婚約した詩音がいるから。


「親父。実は、相談があるんだが」


 親族代表として、純一郎の息子、次男の幸太郎が正座のままズイッと前に出る。

 いつもとは様子が違うことを察した純一郎は、静かに頷いてその先の言葉を促した。


「八雲くんの所有する火星温泉郷、そこにうちの親族を雇い入れて貰えるようにお願いしたいのですが」


 幸太郎の言葉に、集まっている親族全員が、一斉に頷き頭を下げる。

 その光景を見て、純一郎もどうしたものかと、あごひげを撫で上げる。

 火星はあくまでも八雲のもの、当然ながらそこに存在する施設なども、すべて八雲の所有物である。

 当然ながら火星温泉郷計画については、純一郎も詳細を聞いているため、確かに現状では従業員等の手が足りないことは明白であるが。


「詩音ちゃんや、どう思うかね? 結婚後は、君が火星温泉郷の責任者となるのだろう?」


 あくまでも陣内家の話だと思っていた詩音は、座敷ではなくその横、縁側に座って本を読んでいた。そこに純一郎からの問いかけもあり、縁側から座敷へと入っていった。


「確かに、従業員が足りないことは確定ですが、それは今しばらく先かと思いますわ。八雲くんの話では、当面は二週間に一組程度の受け入れしかしないと話していますし、食事その他は私とフラットさんの二人で賄えるかと思います。ただ、将来的には観光物産店も開店しますし、一日一組といった限定的な客の受け入れ態勢は取るのじゃないでしょうか」


 その詩音の言葉に、親族一同、顔がほころぶ。


「ということで、受け入れは可能ですが、それは今しばらく先でしょうね」

「そ、そんなぁ……」


 就職難の時代において、火星という鳴り物入りに等しい環境へ就職が決まれば、それだけで箔が付く。そう考えて幸太郎を神輿として持ち上げ、火星の利権にあやかりたいと考えていた(一部の)親族の計画は、ご破算となった。


「ああ、あと、八雲くんから聞いたのですけれど、次のお正月には、集まった親族の皆さんには『転送システム使用許可証』を発行するそうですよ。行先は火星温泉郷のみですから、それで遊びに来る分にはいいと思いますよ」


 その詩音の言葉を聞いて、沈黙していた空間がにわかに明るくなる。

 まだ火星を訪れたことがある親族は八雲の家族と祖父・祖母、そして詩音だけである。

 盆暮れ正月に親族が集まったときも、遠巻きに火星に行きたいと八雲と話はするものの、まだ受け入れ施設が無いと誤魔化されてばかりだったのである。

 だが、ここにきて、許可が取れたということが、彼らにとっては大きな一歩なのであるが。


「そうそう、今は中庭に置いてある転送システムも、年末前には隣に建設している建物に移りますので。そこに外務省の方が派遣されてくるので、しっかりと出入りは確認されると思いますよ?」

「何故だ? 転送システムは八雲くんのものだろう?」

「ええ。ですが、目的地は今まであやふやだったのですけれど、八雲くんか火星を独立国家として宣言しましたよね? つまり、外国に向かうのと同じ手続きが必要になるのですよ」


 つまり、陣内家の隣に税関が設置され、日本から火星に向かう際は厳しく検査されるのである。

 これは当然の事であり、純一郎もウンウンと頷いている。

 なお、当事者である八雲は、親戚ぐらいはもっと気軽に来てもいいんじゃないかと思ったものの、国際ルールとしてこれは仕方がないものであるとグラハムから説明されてやむなく断念。


「あ、あの……それってまさか?」

「はい。パスポート、用意してくださいね。あと、本格的に就職した場合は、火星から就労ビザも発行されるそうですから」

「そ、そんなぁぁぁぁぁぁ」


 もっと自由に、気楽に火星に遊びに行けるとおもっていた親族も、ここで轟沈。

 うまく八雲に取り入れば火星の土地ぐらいは手に入ると思っていた親族たちも、ここにきて計画が頓挫したことに肩を落とす。

 なお、純一郎はというと、目の前に集まっている親族がそのようなよからぬ企みをしているという情報は手にしていたため、詩音の言葉で肩を落とす一同を見てほくそ笑みつつ、お茶を飲んでいたという。


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