火星の先史文明調査任務が無事に終わった一週間後。
シリンダー型ドーム都市の外装甲工事が無事に終了。
回転させることで内部に地球と同じ1Gを発生することに成功し、次は内部環境の整備である。
この間にも、火星地表面ではFSIの無人探査機が火星地表面を走査、幾つもの鉱石サンプルや砂などを回収したのち、風祭ドームの東エアロックに作られたFSI研究施設へと搬入。
そこでサンプルを受け取ると、同研究施設内部に設置された『転送システム』を使用して、アメリカの【マックバーン財団】の宇宙開事業団施設へと送られ、さらに様々な解析が行われる。
既に火星地表では12か所ほどのボーリング調査も始まっており、FSIの火星進出の速度には地球の各宇宙開発事業団も目を丸くするレベルである。
尚、火星開発事業に参加すべく、様々な国がマックバーン財団へと打診するものの、その背後では【火星の利権】を狙ってる者たちや、風祭八雲を亡きものとするための暗殺計画、果ては八雲の元に娘を嫁がせて、あわよくばといった邪な思想を持つもの等が大多数であった。
結果として、FSIはアメリカのNASA、中国の中国国家航天局、日本のJAXAの3か国がFSIの審査を受けて承認、具体的な計画の提出を余儀なくされている。
なお、火星開発の最終決定権は八雲が持っているので、計画書を見て八雲がうんと言わなければ再提出。
ちなみにISS計画については、FSIは不参加。NASAに全て一任している。
………
……
…
――火星・風祭ドーム
ここ最近の八雲の日課は、風祭第二ドームの開発。
第一ドームから南へ10キロ地点に作られた『南方エアロック』と直結する形で建造しているドーム都市であり、ここが【火星観光ドーム】となる予定である。
完成した暁には、第一ドーム地下の温泉施設はそのまま個人用として使用し、第二ドームには観光客を招き入れる計画となっている。
ちなみに観光客の導入方法などの具体的な計画は全く進んでおらず、八雲曰く『箱ものが出来てから、のんびりと考えていいんじゃないかなぁ』というぶっつけ本番の建造計画である。
ちなみにドーム建設については、セネシャルとフラットの趣味的な部分も加味して設計されるため、緊急時にはドーム下部から巨大キャタピラが出てくるだの、ロケット推進で移動可能とするなど、素っ頓狂な提案もいくつかあった。
それらも含めて、まずはドーム都市建設を始めようという事て、セネシャルとフラットは毎日のように工事現場に赴いている。
「……それで、八雲くん。どうしてここにアクウェが置いてあるのか、説明して貰えるかな?」
八雲邸正面広場に放置してあった、
いつものように広場横に作られた宿舎に戻って来た丹羽が、偶然ブルーシートから覗いているアクウェを発見、八雲に問いかけている真っ最中である。
「ん~と、あれはほら、うちの地下温泉施設の給水パイプに引っかかっていたやつだけと? 使い道を考えていたんだけれど、特に思いつかないからブルーシートをかぶせておいてあっただけだよ?」
「そういうことか。しかし、使い道ならいくらでもあるだろう?」
「え、そうなの?」
賢者の石を体内に取り込んだ八雲なら、それぐらいのことは気が付いて当然。
そう思っていた丹羽であるが、まさかそのようなことに気が付かずに放置しているなど、予想もしていなかったのである。
「はぁ……アクウェを人型に形状変化させて、ドーム都市の建設作業員として使えばいいとおもうが? まさか、こんな簡単なことに気が付かなかったのか?」
「おお!!」
ポン、と手を叩いて納得している八雲を見て、丹羽は眉間に指をあてて頭を左右に振ってしまう。
「おお、じゃないですよ。どうしてこんな簡単なことが思いつかなかったのですか?」
「普段はさ、賢者の石の記録部分とアクセスしないようにしているからかなぁ。あれは危険でさ、知ることにより自分が自分で無くなってしまう可能性があるでしょ? 現在の地球のテクノロジーをはるかに凌駕した存在だよ? だから、賢者の石に意識を接続するためのコマンドワードを設定したから」
つまり、意識してコマンドを起動させないと、賢者の石のデータベースは開放できない。
結果として、その外見からただの石と思ってしまった八雲の興味から外れてしまい、フラットが気を利かせてブルーシートを被せてくれたという事。
「ああ、そういうことですか。まあ、それはいいと思いますけれど……せめて、自分が拾ってきたものぐらいは忘れないでください。それで、どうするのですか?」
「うん、それじゃあ折角だから、使ってみますよ……スレイブモード・起動」
右手をアクウェにかざし、コマンドワードを唱える。
すると目の前のアクゥエは石材状から人間型に変化を始める。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますね。あまり無茶はしないように」
「そうだね、無理はしないしするつもりもないから大丈夫だよ」
そう笑っている八雲を見て、とりあえず丹羽は納得して部屋へと戻っていった。
そして八雲はというと、目の前に立っているアクゥエに何を命じるべきか、その場に座り込んで考え始める。
興味を持ち始めたら、とことんまで考える八雲の性格である。
このまま放っておくと、夕方に作業を終えたセネシャルやフラットに見つかってしまい、軽いお説教が待っている。
――トコトコトコトコ
そんな八雲の近くに、アクウェは屋敷からパイプ椅子と小さな―テーブルを持ってくる。
「あ、ありがとう。しかし、何処までの作業を任せられるのか……内部システムはフラットが担当しているし、かといってドーム都市の基礎については、作業用機械で任せられるし……」
ブツブツと呟きつつ、頭を傾げたり体を揺さぶったりと、何かと落ち着かない八雲。
そんな彼のために、アクウェは屋敷の厨房で簡単に軽食を用意して、彼の元まで運んで来る。
「ん……ああ、サンドイッチね。具はローストポークと卵サンド、あとは……塩サバサンド? またマニアックだねぇ。飲み物はコーラ、やっぱりこれだよね?」
アクウェが差し出した軽食を受け取ると、それを一つ一つ、ゆっくりと味わいつつ食べ始める。
「うん、マスタードマヨネーズがいいアクセントになっているね。しかも、粒マスタードを使ったの? へぇ、凄いねぇ」
横で立っているアクゥエに話しかけつつ、八雲はノンビリと食事を堪能。
やがて満腹感から睡魔が襲ってくると、そのままテーブルにうつ伏して昼寝を始めてしまった。
その直後、アクウェは屋敷から毛布を持ってきて八雲に掛ける。
気温や湿度なども完全管理されているドーム都市内部では、よほどのことが無い限りは風邪などひくことは無い。
だが、アクウェは自身にインプットされている人間の生態をもとに、今の八雲にとって最も必要なことを実行しただけである。
――やがて日も暮れて夕方
本日の作業を終えて、セネシャルとフラットが戻って来る。
そして風祭邸前広場で、テーブルにうつ伏して眠っている八雲を発見。
その傍らで、人型に変化して八雲を見守っているアクゥエに気が付くと、そのまま八雲の近くまで移動。
「ご主人様、こんなところで眠っていると、風邪をひきますわよ」
八雲の肩をトントンと叩いて、フラットが八雲を起こす。
すでに疲れも取れ、ややお腹も減って来た八雲がゆっくりと目を覚まし、伸びをして周囲を見渡す。
「ああ、そつか。お昼を食べてから、つい眠くなって……あ、毛布。フラットが掛けてくれたの?」
「いえ、アクウェかと思います」
そう告げられて、ふと八雲は昼の事をゆっくりと思いだす。
「ああ、そういえば、考え事をしている最中におやつを作ってくれたり、昼食の準備もしてくれていたよなぁ。そして毛布まで……アクウェって、なんでもできるんだなぁ」
「まあ、人類に奉仕するために作られた存在です。その手の事は朝飯前かと。ちなみに私も朝飯前です」
思わずアクウェに対抗してしまうフラットに、八雲も思わず苦笑してしまう。
「うん、そうだね。それじゃあ屋敷に戻って、みんなでアクウェの仕事について相談しようか。早く第二ドーム都市も完成させてしまいたいからさ」
「そうですな。アクウェ殿が助力して頂けるのなら、かなり作業工程も早まるかと思いますが」
「あはは。いっそ、ドームの全てをアクウェで構築するとか……は、駄目か。緊急時にドームが崩壊してしまうよなぁ」
それはごもっともとセネシャルに告げられ、八雲たちは改めて、アクウェの仕事環境について考え始める。そして翌日から、アクウェもセネシャルとフラットと共に、第二ドームの建設作業を手伝う事となり、八雲はまたのんびりと温泉施設用の魔導具開発を再開する事となった。