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第26話・人類の紀元と監視者たち

 先史文明の地下遺跡。


 そこに辿り着いた八雲と丹羽、フラットの三人は、一体誰が、いつ、何の目的で遺跡を構築したのかを調査し始めていた。

 もっとも、八雲とフラットの仕事は出入り口である回廊の見張りであり、内部探索と解析は丹羽の魔術頼みとなっていたのだが。

 ふと、空間内に存在する謎の石板と接触していた丹羽の表情が険しくなる。

 脳内に流れ込んでくる大量のデーターの解析、そして精査をいくつも同時に行っているため、脳にかかる負荷が半端ではないのである。

 並列思考により必要な情報と不必要な情報をより分け、その必要なものから順に解析することで負荷を軽減しているのであるが、それでも莫大な量のデータが丹羽の脳内を駆け巡っているのである。


――シュルルッ

 そして石材と繋がっている魔力糸を回収すると、その場に力なく座り込んでしまう。脳がオーバーフロー寸前にまで追い込まれ、疲労が限界に達したのである。


「丹羽さん、大丈夫ですか!! はい、これでも飲んでください」


 慌てて駆けつけた八雲がアイテムボックスからエリクシールという霊薬を取り出して丹羽に手渡す。

 それを一気に飲んで人心地つくと、丹羽はこの広大な空間を占める石材に話しかけた。


「助かった……と、八雲くん、今から起きることを、静かに見ていてくれ。スレイブ……とりあえず一体だな」


――ヒュゥゥゥゥ

 丹羽の言葉に、石材の一つが反応。

 そして丹羽の目の前にゆっくりと降下してくると、石材は粘土のように軟質に変性すると、そのまま人型に姿を変化させた。

 外見的には、大理石で出来たマネキン。ただ、その全身には緑色に光る紋様が幾つも浮かび上がっている。

 そしてその姿を見てフラットは、何かを察したようにうなずいた。


「フラットは分かったか。八雲、これが先史文明の住民たちだ」

「成程、石材一つ一つが無機生命体であり、今は丹羽さんを主人として認めたために自在に変化する……ということで合っています?」

「ちょっとだけ惜しいが、概ね正解だな。スレイブ、賢者の石の生成を」


――コクッ

 スレイブと呼ばれていた存在が両手を合わせる。

 そしてその中に緑色に光る球体が生み出されると、それは一瞬で黒く楕円形の石に姿を変質させた。


「待って丹羽さん。今、賢者の石っていったよね?」

「ああ。それを受け取って、魔力を流して……理解しろ。俺は理解できた、だから八雲も理解すべきだ」

「んんん? それってどういうことなの? まあ、ものは試しにということで……」


 スレイブから石を受け取り、八雲はそこに魔力を注ぎ込む。

 すると、注がれた魔力が『賢者の石』に刻まれたデータを溶かし込み、再び八雲の体内へと帰って来る。


 そのデータは、火星の記憶。

 先史文明たちを作り出した存在、その役割。

 すべてを終えた彼らは、石状生命体へと姿を変え、いつかやってくる主人たちを迎えるべく、火星の地下で静かに眠りについた。

 彼ら先史文明の役割は一つ。


 生命体の創造。


 彼らを作り出したものから預かった、命の起源。

 それをまだ、生命の存在しない地球へと放ち、進化をじっと見つめていた。

 そして地球という母なる星で、天文学的可能性に勝利した人類の始祖たる生命は、その星の環境に適応すべく進化を続けていった。


 そして、人類の紀元まで進化を遂げた時、先史文明たちは地球を監視することを停止し、眠りについたのである。


 彼ら先史文明の名前は、『アクゥエ』。

 石材一つ一つが生命であり、それらが繋がり、一つの巨大な意識を生み出す。それはまるで、この火星という生命の『頭脳』であるかのように。


「……緑の紋様はシナプス、そして一つ一つの石材は脳細胞っていうことですか。ああ、なるほど……。丹羽さん、この賢者の石があれば、僕でも『無から生命』を作り出すことが出来ます。いえ、たった一つの、小さなアミノ酸さえあれば……ということなんですけれど」

「ああ、錬金術師が求めていた叡智の結晶、賢者の石。それは、神の使徒であるアクゥエにもたらされた神の奇跡の結晶体であり、彼らの記憶。こんな事実、とてもじゃないが公表することはできないな」


 アクゥエの配列を変化させれば、いかなる道具すら生み出される。

 それは神の摂理に沿ったものであり、何人にも侵すことができない。

 彼らの記憶の中では、一部のアクゥエは進化した人類を救うべく、地球に降り立ったとも伝えられている。

 天変地異による大洪水、そこから人類を救うため。


「さて……八雲、この火星は君が所有権を持っている。つまり、このすべてのアクゥエも君の物だ。そう神が必然であると認めたのだからな。どうする?」


 八雲がその気になれば、地球を支配することすら可能。

 アクウェの配列をちょっとだけ変化させれば、人類すべてを洗脳・支配することだってできる。

 また、地表を焼き尽くすエネルギー兵器ですら、このアクウェで作り出すことができる。

 それらのデータ全てが、彼らの中には収められているのだから。


「ん……アクウェに、星の主人である八雲が命じます。僕と丹羽、グラハム、マリエッテの4人が君たちの主人です。以後は、僕たちの命令にのみ従い、行動してください」


 八雲がそう話しかけたとき。


――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン

 空洞全体のアクウェたちが共鳴し、緑色に輝く。

 それは、彼らが八雲たちに服従を誓ったという言葉であり意志。

 その光景を見て、丹羽も内心はほっとしていた。

 八雲が彼らを手に入れたことで暴走するのではと考えていたのだが、やはり八雲は、勇者たちの知っている八雲である。


 お人好しで、仲間想い。

 大切なものを守るためなら、自らの命をなんとも思わない無鉄砲さ。

 そして、全ての煩わしさから逃げるように、この火星に住み着いた。


「まあ、八雲くんなら、そうするとは思っていましたよ……」

「でしょ? ということで、これは僕一人では扱いきれないので、みんなで共有すればいいよ。はい」


 手元にあった賢者の石を二つに分割し、その一つを丹羽に手渡す。

 そして残った一つは自らの魔力により分解し、体内に取り込み、自らの魂と同化した。

 その行為を見ていて、丹羽は頭を抱えそうになる。


「はぁ……確かに叡智という点では、八雲は俺には敵わないが……その常識外れな部分だけは、俺でも真似できそうにないな」

「うっわ、それって酷くない? こうすればさ、盗まれることもないし力づくでとられることもない。僕が死んだら消滅するから、命も狙われないでしょ?」

「そもそも、君が賢者の石を持っているなど、どうやって知ることができるのかね? ほら、これでここでの作業は終わったのだろう? とっとと戻るぞ」

「はいはいっと」


 これで、火星地下に存在していた先史文明騒動は幕を閉じる。

 ただ、この技術が、侵略国家オーバーウオッチに奪われていたとしたら……。

 宇宙は全て、彼らの支配下になっていたかもしれない。

 彼らと正面切って戦える最後の手段、神が残した切り札であり、神の代行者。

 そのアクウェたちは、再び仕事を命じられるまでは、火星の地下で静かに眠ることにした。


 ただ一つ、パイプに詰まって回収され、八雲邸前の広場に放っておかれた一つの石材を残して。


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