火星・八雲の住まうドーム都市から離れること12km。
以前は巨大移民船カルナヴォドスが埋没していた場所では、現在急ピッチで第二ドームの建設が続けられていた。
というのも、グラハム・マックバーンの所有する企業の一つ、『フロンティア・スペース・インダストリー(FSI)』による火星での試掘を前に、火星に送られてくる人材が生活するための施設が必要となり、グラハムに頼まれ、急ぎ作業員たちの住むドーム都市が必要になったのである。
そのため適当な場所を探しているうちに、ふと、巨大移民船カルナヴォドスの埋まっていた渓谷をうまく利用できないものかとセネシャルと相談。
結果として、渓谷に横たわる感じの『シリンダー型楕円形状ドーム施設』の建設に着工したのである。
これは簡潔に説明すれば、『渓谷に固定された【オニール・シリンダー型スペースコロニー】のようなもの』と告げれば理解してもらえるであろうか。
かつて、アメリカの物理学者ジェラード・K・オニールが提唱したスペースコロニーの一つであり、全長30km、直径8kmの回転するシリンダーの形状をしていたものである。
八雲とセネシャルはこれを簡略化し、渓谷に橋を渡すように巨大な鉄骨フレームを二つ構築。それによりシリンダーを中空に浮かべるように固定すると、シリンダーをゆっくりと回転させることで疑似重力まで作り出そうというものである。
ぶっちゃけるなら、【物理学、え、それ美味しいの?】っていう八雲の意見を魔術でねじ伏せ、重力制御による回転型人工都市を建造するという計画である。
セネシャル曰く、侵略国家オーバーウオッチの世界ではよくある構造であるため八雲も納得して建造を開始。
その図面と理論を説明されたグラハムは、頭を抱えて考え込むという状況に追い込まれたとか。
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――火星・仮称『フロンティア・コロニー』建設予定地
大まかな計測も完了し、現在は二つの橋梁の間に通すシリンダー都市の外部フレームを構築している真っ最中。
この渓谷を流れる地下水脈からパイプを通して、八雲のドーム都市地下に設置された温泉へと地下水を汲み出しているのだが。
そのパイプが詰まったのである。
まあ、岩盤が流れに乗って押し出され、それがパイプにぶつかって詰まった程度だろうと八雲は考えていたのだが。
そのパイプつまりを取るべく、多脚砲台型作業機械で渓谷まで降りて来た八雲とセネシャルは、パイプに詰まっている奇妙な物質を見て呆然としている。
「な、なあ、セネシャル。これってさ、どう見ても人工物だよね?」
「はい、八雲さま。仰る通りかと思われますが」
直径3メートルのパイプに詰まっているのは、ほぼ同じ大きさの角ばったブロック状構造体。
一辺が2.5メートルの立方体がパイプにぶつかり、そのままつまりを作り出していたのである。
しかも、立方体の各面には、奇妙な紋様が浮かびあがり、時折奇妙な発光を繰り返していたのである。
「う~ん……なぁ、これってパンテラール種の残した何かとか、そういうものの可能性は?」
『先ほどからセンサーにて確認しておりますが。そもそもの材質が異なります。予測ですが、これはパンテラール種の移民船が到着するよりもはるか過去に、この地に存在していたものであるという可能性が高いかと』
「つまり、異星人ではなく、この火星に住んでいた先史文明とか、そういうもの?」
『おそらくは……』
そのような物質が、何処から出てきたのか。
そう考える八雲とセネシャルであるが、その答えは極めて簡単に解決する。
「……この地下水脈って、何処から湧いているんだろう?」
『それについては定かではありません。過去に地表に存在していた水が地下に浸透し、そのまま不透過層に蓄積されたものであるとか、あるいは元々このま大地の下には地底湖が存在し、そこから流れているのではとか……いずれにしても、雨の降らないこの火星においては、地下に水源があるとしか考えられません』
「そうだよなぁ。っていうことはつまり、火星地下には地底湖があり、そこに先史文明の遺跡がある……とか、そういう感じかな?」
その八雲の問いかけについても、セネシャルは否定できる判断材料を持ち合わせていない。
かといって、八雲の意見の全てが正しいとも言い切れるほどの証拠もない。
結局、この件については後回しとなり、まずは詰まったパイプの修繕のために『先史文明の立方体』をアイテムボックスに保管したのち、破損したパイプの修繕作業を始めることにした。
今の時点では、先史文明遺跡の調査よりもシリンダー型都市の建設の方が最優先であったから。
………
……
…
――一週間後、火星ドーム都市
パイプの修繕も無事に終了。
引き続きシリンダー都市の建設を始めていた八雲たちの元に、グラハムと丹羽が姿を現す。
二人が火星を訪れた理由は、当然FSIの採掘現場となる地点の事前調査。
火星まで無人探査機を送り出す手間を省くため、グラハムは数台の無人探査機をアイテムボックスに保管したのち、火星に直接設置するためにやって来たのである。
ちなみに丹羽が来た理由も至極簡単、無人探査機のメインシステムおよび自動運転プログラムの製作を請け負っていたのが、丹羽が勤めている企業であったから。
「グラハムさん、システムはオールグリーン。このまま外に設置して様子を見た方が良いと思われます。あと、火星から地球へと映像を送信するための中継基地の設置も急務ですが、これについては八雲の許可を得て、彼のドーム内に存在するモノリス頼っても大丈夫かと」
無人探査機の調整を終えた丹羽が、傍らで腕をくんでいるグラハムにそう説明する。
グラハムとしても、新たに衛星軌道上に中継用衛星を打ち上げる手間を省きたく、そのために八雲のモノリスを使えればいいとは考えていた。
『まあ、そういうことなら問題はない。あとは八雲君の返答待ちなんだが……君は一体なにをしているんだ?』
ドーム都市中央広場で、全長5メートルほどの潜水艦状の物体を組み立てている八雲に、グラハムは半ば呆れたように問いかける。
すると八雲はニイッと笑った後。
「この火星地下に存在している先史文明の遺跡調査をしたくてさ。そのために無人調査用潜水艦を作っているんだけれど」
そう告げるだけ。
『ひとつ訪ねたい。その先史文明というのは、一体なんなのだ? まさかパンテラール種の居住施設でも発見したとでもいうのか?』
「いや、それとは違う種だとは思うんだけれどさ……って、あれ? この話ってグラハムさんたちには説明していなかったっけ?」
「ああ、初耳だな」
『同じく。すまないが、一つずつ順を追って説明して貰いたいのだが』
丹羽とグラハムに問われて、八雲も作業の手を止める。
そして、以前回収した『先史文明の立方体』を取り出して広場の中央に置くと、これまでの件を一つ一つ順番に説明し始めた。
そしてすべてが終わった後。
丹羽とグラハムの二人は頭を抱え、しばしの間、沈黙してしまった。
ことの重要性について、八雲は危機感すら感じていない。
それよりも興味本位で作業をしているという状況が、二人には信じがたいものであった。
だが、八雲のこのような行為については、危険であると判断した場合はセネシャルかフラットが制する筈……なので、それが行われていないということは安全なのだろうと納得することにして、お互いの心の平穏を取り戻すことに成功した。