新年。
八雲が地球に戻って来て、二度目の正月。
一度目は、オーバーウォッチの無人探査機対策で大忙しであったため、八雲は挨拶もそこそこに火星へと戻ってきてしまった。
それからも、各国の宇宙開発事業団などから、火星で発見された巨大宇宙船の話を聞かせて欲しいとか、試作転送システムの稼働実験などが相次いで行われたため、二度目のお盆は地球に戻ったものの、色々と騒がしくなるので祖父母と話し合いこっそりと参加。
わずか一日で速攻で帰星。落ち着いて話もできなかったのである。
ゆえに、この年末年始ののんびりとした正月帰省は実質1年半ぶり。
巨大宇宙船騒動以降、初めての親戚との邂逅となったのである。
当然ながら正月三が日は親族も集まり、厳粛な正月の儀を終えたのち、大宴会へと突入。
これが古くから長野に伝わる、【陣内家年始の儀】であり、3日は近所の人たちも集まりさらに宴会が盛り上がりを見せる。
この日のために陣内家の蔵には大量の酒を始めとした飲食物が届けられるのだが、今年は八雲とフラットの二人も参加するため、二人が持つアイテムボックスに大量の飲食物だ蓄えられている。
特に、年末の12月30日は、あちこちのスーパーや大型ストア、果てはアメリカ資本の【
また、昨年のお盆に家族と祖父母、詩音もアイテムボックス付き腕輪を受け取っているので、購入した食材などもそちらへ分配、正月早々に親戚中の度肝を抜いたことはいうまでもない。
席についている状態で、目の前の空間から食材や飲み物を出し入れしていたのである。
そりゃあ、親族もアイテムボックスを欲しがるのは仕方がないということで。
もっとも、八雲としても親しい親族には魔導具を上げるのはやぶさかではないと思っているのだが、祖父がやんわりと親族には釘を刺していたため、それほど魔導具欲しい騒動は起こらなかった。
ただ、甥っ子たちに八雲が手渡したお年玉が、後日騒動になるのだがそれはまたの機会という事で。
………
……
…
「へぇ。これが火星の八雲のうちと陣内家を繋ぐ転送システムっていうやつか」
「これがあれば、いつでも火星にいけるのかぁ……」
「ねぇ、火星ってなにか面白いものがあるのか? ほら、テレビや雑誌とかで見る火星の風景って、岩や砂ばっかりで何にもない、真っ赤な地面だっていうじゃないか」
中庭で転移システムを眺めていた親戚たちは、興味津々で八雲に問いかける。
それには淡々と受け答えをする八雲だが、何もない場所であるということがわかると、今度は火星ではなく転送システムに興味を示した。
「なぁ、これってアメリカとかいけるのか? 海外旅行とか簡単にできるんじゃないか?」
「できるとは思うけどさ、密入国だから捕まると思うよ?」
「やっぱりかぁ……残念だなぁ」
「それに、これって子機がないといけないんだけどさ、これ自体が子機だから他のの国にも子機を設置しないとだめなんだよねぇ。そして火星の本体から転送しないと」
「うわ、面倒くさいんだなぁ。やっぱりずるは駄目っていう事か」
酒を飲んで高らかに笑う親戚たち。
だが、中には今までの八雲の話を冷静に聞いている人たちもいる。
「ちなみにだけどさ、火星って地下資源とかあるじゃない。そういうのって採掘したら誰のものなの?」
「え、火星が俺のだから俺のだけれど? なにか欲しい地下資源ってあるの?」
そう問いかけてきた親戚の、それも若い世代の叔父たちに問い返すと。
「そりゃあ、貴金属や金に決まっているだろうさ。それが掘り出せれば一攫千金だぞ? どうだ八雲、おじさんと手を組まないか?」
「あっはっは。それは無理だよ……じいちゃんが怒るよ?」
「ご隠居が? だって金持ちになれるんだぞ?」
そう必死になって八雲を説得する叔父だが、その背後から陣内家当主である純一郎が近寄っていることには気が付かなかった。
「正一や。そういえば最近、おぬしの会社が大手から干されかかっているという噂を聞いたが……まさか、それを補填するために八雲にそんな話をしているのじゃないだろうな?」
低音でドスの効いた声で話しかける純一郎。
これには正一も肝が冷えたらしく、ギギギと恐る恐る後ろを振り向いては、そのまま平身低頭に謝り倒している。
「ふぅ。こりゃあ、あの計画もとっとと進めた方がいいかぁ」
「はい。それでは、私の方からあの方に連絡を入れておきます」
ふと、叔父の相手に疲れ果てた八雲の元に、フラットがジュースを持って来ている。
「あ~、またフラットさんが抜け駆けしている」
「あ、これは詩音さま……いえ、奥方様。ご安心ください、私はメイドとしての矜持は忘れていませんので、では失礼します」
そう告げて、フラットはスタスタとその場を離れる。
そして転送システムの近くまで移動してから、アメリカのグラハムの元へと正式な手段で連絡を取り始める。
かたや、フラットに『奥方様』と呼ばれた詩音はというと、やはり八雲に届けようとして持ってきたジュースを片手に、真っ赤になってその場で立ちつくす……などということもなく。
「あはははっ。私、八雲の奥方様だって。どうするよ」
「ん~、べつにいいんじゃね?」
「そんじゃ、私たちが大学を卒業したら結婚する?」
「ん~、そうだね」
パンパンと照れ隠ししつつ八雲の背中を叩いている詩音ではあるが、その心境は穏やかではない。
まさかのプロポーズにあっさりと八雲が返事をしたこと、そして正月というこの人の多い環境での、公開婚約が成立したこと。
八雲が火星を手に入れてからというも、実は遠縁などは自分の娘と八雲を結婚させて、火星の利権にあやかろうと企んでいる者たちもいる。
また、噂の『火星保有者』である八雲には、親族だけでなく各国でも八雲のもとに嫁を差し出し、正攻法で火星を手に入れようと企むものまで存在している。
それらの様々なハードルを、見事に短距離で飛び越えてゴールした詩音こそ、八雲の嫁にふさわしいとも言えよう。
「それじゃあ、はい、これ、転送システムのカードキー。これがあれば、あれは自由に使えるからさ。一枚で3人まで同行可能だから、好きに使っていいよ」
アイテムボックスの中から、転送システムのカードキーを取り出して詩音に手渡す。
その際、しっかりと彼女の魔力認証を登録したこと、彼女の腕輪にも同じ機能を一瞬でインストールしたことなど、八雲もそのへんは抜かりが無い。
ちなみに新型転送システムは、八雲が手渡した腕輪にこっそりと追加でインストールされている生体認証システムにより自由に使うことは可能。
それは正月が終わってから家族にも説明しようと思っていたのだけれど、この場で、詩音に、堂々とそれを手渡すことが大切であると八雲は思ったのである。
つまり『俺の嫁はこの転送システムを使って来る事ができる。でも、それ以外は許さん』と釘を刺しているようなものである。
それと同時に、カードキーが無くては来れないということから、もしもカードキーを奪ってきた奴がいた場合、それは俺の敵だと思えという警告の意味も含まれている。
もっとも、カードキーを手渡した八雲はそこまで深い部分までは考えていないのだが、フラットとこの場に居ないセネシャルは、その深い部分まで理解している。
「ふぅん。まあ、用事が出来たら行くわね」
「そうだね。今、火星に第二ドームを作る計画があってさ、そこで温泉街でも作ろうかなって思っているんだよ。ほら、土地はいくらでもあるし資源だって色々と掘りだせそうだからさ」
「へぇ、火星に温泉街ねぇ……面白そうね」
「そうだろう? 火星の地表を歩こうツアーとか、いろいろと出来そうじゃない? お土産はないけれど、『火星の温泉饅頭』とかも作れそうだし」
とんでもなく大きな風呂敷を広げている八雲ではあるが。
すでにセネシャルは第二ドーム建設については積極的に活動を開始。
巨大移民船カルナヴォドスの魔導頭脳をもってすれば、【エクスマキナ型生命維持機関】を追加で作製するのも不可能ではないという結論に達している。
「あはは。八雲はやっぱり食いしん坊だねぇ」
「別にいいじゃんか。それでな、あとは……」
縁側で、転送システムを前にして。
八雲は、これからの自分の夢を大きく語っていた。
………
……
…
無事に【陣内家新年の儀】が終わった一週間後。
地球圏にとっては、信じられない出来事が発表された。
それはアメリカに巨大資本を持つ【マックバーン・インダストリー】の系列テレビ局からの発表。
『このたび、マックバーン・インダストリー最高責任者であるグラハム・マックバーンと火星の所有者である風祭八雲氏との間で、火星採掘に関する契約が行われました。詳細につきましてはマックバーン氏よりご説明します』
『初めまして。と、あまり初めましてでない方もいらっしゃるとは思いますが・えー、このたび、私は風祭八雲氏と、火星の採掘権についての契約を締結しました。詳しくはこれからですが、わが社は火星の大地にて、最大2000エーカーの土地の採掘・開発権利を得ることが出来ました。また、今後の火星開発らについての窓口もわが社が担当となり……』
この突然の生中継により、全世界はマックバーン・インダストリーが火星採掘・開発の主導を手にしたことを知り、各国の宇宙開発事業団からは我先にと火星での採掘権を得るべく、マックバーン・インダストリーへと打診を行う事となった。
そして生中継の最後で、八雲とグラハムががっちりと握手している姿を見て、地球の丹羽とマリエッテは腹を抱えて爆笑しそうになったのは、言うまでもなく。