侵略国家オーバーウオッチの無人探査機の接近、それを巨大移民船を囮として使用することでどうにか太陽系の平和を勝ち取った勇者一行。
八雲は火星に留まり、地下格納施設に設置されている魔導頭脳を使用して、再び太陽系内の監視体制の強化を行うべく、太陽系観測用の大型監視衛星の製作に着手。
幸いなことに巨大移民船カルナヴォドスの設計図面をはじめ、内部システムのバックアップは取ってあったため、セネシャルとフラットの協力の下、大型監視衛星を製作することにした。
そしてグラハムと丹羽、マリエッテらはドーム都市中央広場に設置されている転送システムを使用して、それぞれの故郷へと帰還。
ようやく、侵略国家オーバーウオッチの陰におびえることが無い生活に戻りつつあった。
八雲以外は。
――火星・風祭邸応接間
「んんん……じいちゃん、もういっかい説明して貰っていい?」
グラハムらが帰還した4日後の早朝。
八雲がいつものようにのんびりとした朝食を摂っていた時、突然スマホの着メロが響いた。
その曲から、かけて来たのが祖父であるとわかった八雲は、急ぎスマホを手に取って電話に出たものの。
かけて来た祖父・純一郎がなにやら興奮した声でけたたましく問いかけてきたので、八雲も今一つ聞き取ることが出来なかったのである。
『はあはあはあ……すまんな、それじゃあもう一度訪ねるぞ。火星に出現した巨大宇宙船、あれは八雲のものなのか? 朝一番のニュースで、火星上空からの映像とか、地表を走る無人探査機からの映像とかで、火星に正体不明の巨大な宇宙船が姿を現したと大騒ぎになっているぞ』
「あ~」
スマホから聞こえる純一郎の声に、フラットがすぐさまチャンネルを変更。
そしていくつかのニュースチャンネルでは、先ほどの純一郎の話に出てきた映像が映し出されている。
上空からの映像はドバイ首長国連邦のMBRSC(ムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター)の映像、そして地表からはNASAの公式映像である。
その映像を見た瞬間、八雲はカメラに収められたカルナヴォドスの姿を見て、思わずほれぼれしてしまうが。すぐさま我に返り、スマホで話を続けた。
「えっと、あの巨大移民船カルナヴォドスは、発見者は僕だけれど所有者は僕じゃなくてね。なんていうか、はるか遠くの星系から火星までやって来た異星人のものなので、所有権は彼らのものなんだけれど」
『え、ちょっと待て、その返答は想像していなかったのじゃが』
祖父の期待していた返答は、『あれは僕が魔法で作り出した宇宙船だよ』『実験的に魔法で建造しただけで、特に目的はないよ』というものであったのだが。
ここに来て、斜め上の返答がくるなど、純一郎も想像していない。
さらに純一郎のスマホはスピーカーに切り替えてあったので、その近くで集まっていた取材陣は偶然、八雲の声を拾うことに成功。
そしていつもの通り……。
――ピピピッ、ピピピッ
テレビ画面にテロップが走る。
『火星に異星人の宇宙船発見』『地球以外に人類はいた!!』などといった『飛ばし記事』のようなテロップがどの放送局でも流れている。
「うん。ちなみにだけれど、もう太陽系から旅立ったので、あの移民船をどうこうすることはできないからね」
『そ、そうか……それで、その、宇宙人にはあったのか?』
――ゴクッ
スマホの向こう、取材陣も固唾を呑む。
もしも八雲が異星人と出会ったのなら、これは歴史的快挙である。
だが、スピーカーから聞こえてきた八雲の返事は、予想外のものであった。
「まっさか。あの船には自動航行システムが組み込んであったので、勝手に飛び立っていっちゃったからさ。中にいたかもしれない異星人とは、会って挨拶どころか話すらしていないよ」
嘘ではない。
カルナヴォドスが発見された時、すでに乗組員たちは亡くなっていたから。
だが、その彼らの事を根掘り葉掘り聞き出されるのも嫌なので、八雲はこのように誤魔化していた。
『そうか、いや、それならいいのじゃ。あれも八雲の所有物だとしたら、各国の宇宙開発事業団からの問い合わせが凄いことになるじゃろうからな』
「あ~、そうだよね。ということで、じいちゃんの後ろにいる報道関係のみなさん、残念だけれど僕はあの異星人の宇宙船についてはノータッチなので」
ノータッチどころか、修復して囮として使いましただなんて八雲は言うわけにはいかない。
『万が一にも報道関係が嗅ぎつけた場合は、ノータッチでしたで貫き通せ』とグラハムからもアドバイスを受けている。その通りの対応を行なっただけにすぎず、報道陣からは落胆のような声も上がっている。
『そうかそうか。それならよい……ということで皆の衆、ご苦労じゃったな』
純一郎が報道陣に話しかけている声が聞こえる。
それに思わず八雲も頭を下げてしまうが、『それじゃあ、朝早くからすまなかったな』という純一郎の言葉で、スマホは切れた。
「ふぅ。とりあえず、これでどうにか誤魔化せたけれど……これから地球に行くのは、どうやったらいいかなぁ」
カルナヴォドスの改装計画時。
船内に格納されていたものはすべて元に戻しておいた。
当然、八雲が使った転送システムについては、しっかりと【
それ以外の転送システム、そしてその触媒については手を付けていないので、今、八雲が地球に移動する手段は、この一基の転送システムのみである。
魔素触媒については【
八雲自身も、あの高等術式については疲労が激しいので、緊急時以外は使わないことを3人に約束したのである。
『風祭邸前広場に設置されている転送システムは、子機が無いため使用できません』
「……はぅあ!! 丹羽さんがバックアップを取っていると思っていたけれど……そうだよな、あの術式って賢者オンリーだもんなぁ」
つまり、現時点で八雲が地球へと戻る方法は皆無。
可能性としては、転送システムをセネシャルとフラットの二人で解析し量産できるかどうか。
『ちなみにですが、私どものアイテムボックスに納めてある素材を用いれば、転送システムを再生産することは可能かと思われます。幸いなことに、もフラットが内部システムのすべてを解析してありましたので』
「ほほう、ほうほう……。それって、魔素触媒もいけるの?」
『はい。魔素触媒につきましては、私のアイテムボックスに納めてある食材用ドラゴン種の脳内物質より精製できるかもしれません』
まさかのセネシャルとフラットの言葉に、八雲はもろ手を挙げて喜んでしまう。
この実験が成功すれば、再び地球と火星を行き来することが可能になる。
のんびりとしたスローライフを楽しみたいと思っていた八雲でも、流石に地球に帰還したりグラハムたちと過ごしていると、人恋しくなってしまうのは当然。
それでも、魔素触媒の精製にも限りがあるため、余り頻繁には戻ることができないのは理解している。
「それじゃあさ、二人には最優先で転送システムの複製の開発をお願いしていい? 他の雑事は僕がやっておくからさ」
『畏まりました』
『三食の準備は、フラットの仕事ですのでご主人様は手を置付けならないようにお願いします』
「はいはい。流石にフラットの仕事は取らないから安心して。それじゃあ、よろしくお願いします」
これで転送システムの開発が上手くい行けば、グラハムと約束した火星採掘の話とかも進めることができる。
そうなると、彼の宇宙開発事業であるMSI(マックバーン・スペース・インダストリー)による火星開発・宇宙港建設と夢が大きく広がって来る。
八雲としても、ドーム都市には他人が入ることもできないので、知人であり尊敬している勇者たちには火星を好きに使って貰っても構わないと思っていた。
彼らについてはドーム都市の出入り用パスは手渡してあるので、外からドーム内に入ることは可能であるから。
そして八雲がセネシャルたちに転送システムの開発を依頼して一か月後。
ついに試作型転送システムは完成。
元侵略国家オーバーウオッチのオート・マタである彼らの知識もフル動員しての超高速開発により、カルナヴォドスから回収したものとほぼ同じものを作り出すことに成功。
丹羽の協力により、人的実験での安全性も確認できたため、子機は丹羽が一つ、グラハムが一つ、そして長野の陣内家中庭に一つ設置する事となった。