カルナヴォドス改装計画もいよいよ大詰め。
すでに八雲の手により、カルナヴォドスは地表に姿を現し、現在はゆっくりと丹羽の作り出した位相空間へと巨大な船体を潜航させている。
そしてカルナヴォドスを掘り出したあとの巨大な渓谷状の亀裂の底では、うっすらと水が湧き出して小さな湖のようなものを形成し始めている。
これはつい最近、火星の地下に巨大な地下水脈があったことをセネシャルが発見。
ちょうど地球でも無人探査機と衛星軌道上の観測衛星が地下水脈を発見していたので、八雲はこの情報に便乗して地下水脈を掘りだしたのであった。
低重力下での湖という事もあり、時折地表から落下している砂礫は湖水にぶつかると同時に、王冠のような水しぶきを舞い上げ、そしてゆっくりと降り注いでいく。
また、現在の地表の温度だが、夜のエリアに侵食されつつあるため、まもなく湖水表面は氷におおわれていくことになる。
もっとも、この亀裂も八雲の手によりドーム状に魔力膜を形成し覆った後、地表面は砂礫によりカモフラージュされることとなる。
すべてはグラハムの計画通り、あとは魔力隠蔽の術式により八雲の住むドーム都市と亀裂を覆う膜の魔力を消し去るだけ。
それも、翌日には全て完了し、八雲自身はドーム都市地下に作り出した【魔導頭脳格納庫】に降りたつと、ゆっくりと魔導頭脳を眠りから覚ます作業を開始した。
………
……
…
――位相空間・カルナヴォドス
グラハムと丹羽の二人の手により、巨大移民船カルナヴォドスは長い旅のさなかに起きた艦内事故による船体損傷が発生したこと、その応急処置はどうにか間に合ったものの、生命維持システムの損傷だけはどうしても修復することが出来ず、一人、また一人と亡くなっていったという記録を捏造。
同時に魔導頭脳にもそれらの情報を微に入り細に入り入力し、全てが現実に起こった事であるという記録も作り出した。
「……グラハムさん、航行プログラムについても修復は終わりました。太陽系を横切る形での航跡と、ここに至るまでの他星系での探索データについても修復しました」
「さすがだな。そんなものまででっちあげたのか」
「いえ、魔導頭脳の記憶中枢に、それらのデーターが残っていたのですよ。当初は破損して使い物にならないと思っていたのですが、八雲くんの【
「それを魔導頭脳と一緒に捏造したということか。まったく、あの才能については勇者である私も脱帽ものだな……と、こちらのチェックは全て完了だ」
コンソールで最後の入力を終えると、グラハムは正面モニターをチェック。
そしてシステムの最終アップデートが始まると、それがフルコンプリートするのをじっと待っていた。
そして二日後。
すべてのチェック作業が終わり、フラットが施した外部端末ユニットの撤去も完了。
最後は丹羽の空間術式による【老朽化】を施して船体全てを航海限界ぎりぎりまで劣化させると、位相空間から目標座標地点へと空間跳躍させるように魔導頭脳に指示。
あとは、運を天に祈るだけであった……。
〇 〇 〇 〇 〇
グラハムと丹羽がカルナヴォドスを発進させたとき、八雲も移民船が位相空間から空間跳躍するときの魔導波長を確認。これで全てが終わったと、ホッと胸を撫で降ろしていた。
「さてと。これで全て完了だね。あとは運を天に任せるだけ……ってところかな?」
「そうですわね。でも、これで地球も無事、オーバーウォッチの侵略の魔の手に染まることがなくなったという事ですわね」
マリエッテもドーム都市のから空を眺めつつ、作戦の無事を神に祈る。
答えは帰ってこないものの、なんとなくだが、少しだけ神さまたちが勇者たちの行いをバックアップしてくれているようにマリエッテは感じていた。
だから、不安そうな表情はせず、八雲の方を見てにっこりと笑う。
「八雲くんの方の作業は、どんな感じですか? 私は地下格納庫に出入りできないのでわからないのですよ」
そう問われた八雲の作業も、魔導頭脳の休眠プログラムの解除が終わり、今はうとうととしている魔導頭脳が目を覚ますのを待つだけ。
それもあと数日で目を覚ますのが判っているので、そこから先はのんびりと魔導頭脳に現在の状況を説明したのち、マスターコントロールと八雲に書き換えるだけ。
「ん~、まあ、こっちも何事もなく終わるかんじかなぁ」
「それは良かったですわね。と、そろそろグラハムさんと丹羽さんが戻ってくる頃ですわ、急いで準備しましょう」
「おぉっと、そういえばそうだったわ。フラット、急いでパーティー用のオードブルの準備を」
「畏まりました。すでに下ごしらえは終わらせてありますので、すべて私にお任せください」
流石に全てを任せるのはどうかとマリエッテが問いかけるものの、マリエッテもまた客人であり、このあと行われる慰労会の主役であるとフラットが力説。
やむなくグラハムたちが戻ってくるまでの間に、大浴場で体を清めることにした。
この大浴場も、八雲がドーム都市の地下部分に増設したものであり、例の『火星の地下水脈』からドーム都市までパイプを繋げ、水を引いたのである。
さすがに地熱で沸く温泉ではなく、魔導ボイラーにより沸かした人工温泉ではあるのだが、『火星の湯』と名付けられた温泉の泉質は人体に害の無いように調整されている。
その効能については、マリエッテが艶々すべすべの肌を慰労会の時に皆に自慢している姿を見て、推して知るべきという事で。
………
……
…
――木星と火星の中間地点
ゆっくりと火星へと向かう、侵略国家オーバーウオッチの無人探査機。
それに搭載されている広域探査システムは、現在までに太陽系での人工物を確認することはできなかったのだが。
――ピピッピピッピピッ
突如、高重力振動をセンサーがキャッチ。
ゆっくりとその方角へと進路を変更した矢先、宇宙空間に真白い重力波が発生。
まるで海中から潜水艦が浮上してくるかのように、位相空間からの空間跳躍により移動して来た巨大移民船カルナヴォドスがゆっくりと姿を現す。
その光景を見て、無人探査機はカルナヴォドスを要調査対象と指定する。
魔導スラスターを全開にして巨大な船体へと近寄っていくと、その右舷装甲に接触。
無人探査機と船体を超硬アンカーにより接続すると、小型探査機を船体内部へと放出。
内部システムのチェック作業を開始した。
やがて魔導頭脳へと到着すると、小型探査機はその胴体部分へ接触。
金属端子を次々と魔導頭脳へと突き刺してハッキングを開始する。
そして接触から7日間の調査の後、この巨大移民船カルナヴォドスは、一万年以上昔にオーバーウォッチによって滅ぼされた惑星から逃れた人々が乗っていた移民船であることが確認。
当時のデータとの整合性を取るため、パンテラール種の住まう惑星に接触し彼らの母星を滅ぼした侵略機動群と連絡を取り、当時のデータを送って貰おうとしたのだが。
彼らはここ最近になって、とある世界への侵攻時に全滅していた。
そのため当時のデータを直接入手することはできなかったものの、超空間通信によりオーパウォッチ母星と連絡を取り、魔導頭脳に残されていた記録が全て真実であったこと、この移民船は主を失い、もう何百年も自動航行していたことなども確認。
船内に残されていた観測データから、太陽系内に侵略国家オーバーウオッチの欲する知的生命体も、資源も存在しないことが確認されると、無人探査機は子機すべてを回収し、太陽系外へと進路を変更。
グラハム、丹羽、八雲、マリエッテらの手によって行われた移民船偽装計画は、無事、成功に終わったのである。
なお、パンテラール種の母星侵攻時の偽装データについては、当時、彼らの母星に侵攻を行った『セネシャル』がバックアップデータを保有していたため、それと魔導頭脳が二人がかりで記録を全てすり合わせたのである。
このことは、セネシャルとカルナヴォドスの魔導頭脳以外は知ることもなく。
全ては、宇宙の果てへと旅立ったカルナヴォドスとともに、闇へと消え去っていったのである。
こうして、オーバーウォッチの無人探査機による一件の事件は解決したのだが、地球ではさらなる騒動が起きていたなど、八雲たちは知る由もなかった。