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第18話・仕上げは上々だが、八雲はここまでな。

 勇者・グラハム、大魔導師・丹羽、大賢者・風祭。

 そして八雲の従者であるセネシャルとフラット、この5名による【巨大移民船カルナヴォドス】の大改造計画が始まった。


 パンテラール種についての知識を持つセネシャルが主導となり、この巨大移民船が長き旅の最中、幾度も戦い続けていたような偽装を行う事となった。

 この偽装については勇者グラハムの大火力により行い、内部隔壁による封鎖と外部装甲の修理はフラットが担当。

 その最中、大魔導師・丹羽はセネシャルと共に航法プログラムの偽装と、艦内に蓄えられている媒体の改竄かいざんを請け負うこととなった。

 そして八雲はというと、カルナヴォドスの制御中枢である魔導頭脳の再生と洗脳、そして様々な偽装データの刷り込みを開始。

 とにもかくにも、侵略国家オーバーウオッチの無人探査機の眼を欺き、尚且つ、鹵獲された場合に太陽系内の情報が漏洩しても大丈夫なようにすべてを完璧なまでに偽装することになったのである。

 新しい階層部分も、丹羽の空間魔術【時間操作】により改装部位の時を進め、自然に風化させる。

 兎にも角にも、この巨大移民船には【1万年以上戦い続けた結果、乗組員は全滅。魔導頭脳のみが主人の命令を忠実に守り、パンテラール種が移民できる惑星を探すべく自動航行している】という体裁を整える事となったのである。


 また、並行作業として、最後の勇者である聖女・マリエッテも炊き出し要員として参加。

 現在の火星には、異世界を救った勇者チームすべてが揃い、来るべき侵略国家の無人探査機対策を行っていたのである。


――階層作業開始から250日目

 この日、最後の作業を残して全ての改装が完了。

 残るは、カルナヴォドス魔導頭脳担当の八雲の作業。


「……ということでさ、どうしても休眠から覚めてくれないので、新しく作ったんだけれど」


 カルナヴォドス中枢の魔導頭脳が収めてある部屋。

 その中心には、八雲が新しく作り出した魔導頭脳が設置されている。

 この船で使われていたものから内部データを全て抽出したのち、八雲が錬金術と【大賢者の技術】を駆使して完成させた、最新鋭の魔導頭脳である。

 それを見せられて、丹羽は眉間に皺を寄せて八雲を睨みつけるし、グラハムは魔導頭脳に触れて内部データにアクセス、再現度とミスが無いかチェックを開始。

 そしてその光景を見ていたマリエッテはテーブルを広げ、炊き出しとして持ってきた昼食を広げ始めていた。


「あ、あのなぁ……八雲くん、前から言っているだろうが。ここまで大掛かりな作業をするのなら、手伝う我々にも一言説明しろと。それがなんだ、魔導頭脳が起きないから作りましただと? もしも失敗したらどうするつもりだったのだね!!」


 丹羽の説教が始まる中、グラハムは一通りのデータを確認したのち、丹羽の方を向く。


「丹羽、そう八雲を責めるな。これも彼なりの判断であったようだし、なによりも大賢者の能力である【完全再現フルコピー】を使って作り出したものだ。ここまで同じものを作り出すことができるのは、八雲くん以外はないだろう?」

「そ、それはそうなのですが。でも、せめて計画に変更があった場合、それを説明するのが筋というものでして……まあ、グラハムさんがそこまでいうのでしたら……」

「ごめんなさい……」


 表面的には冷静に丹羽の怒りを治めようとしているグラハムだが、内心は、八雲が作り出した魔導頭脳の再現とに恐怖すら感じている。

 そもそも魔導頭脳には、疑似魂と呼ばれている精神体が付与されている。

 これは神代の技術により作り出されたものであり、複製など現実的には不可能。

 それを八雲は、完璧な状態で複製したのである。

 八雲は【人間を完全にコピーして作成すること】も可能な領域にまで達していたのである。

 これは勇者であるグラハムでも、神の奇跡を扱うマリエッテでも不可能。

 いわば、今の八雲は神の領域に片足を突っ込んだようなものなのである。

 それ故に起きた悲劇は、彼らの中では今もトラウマになっている。


「まあまあ、あとはこの魔導頭脳が目を覚ますのを待つだけでしょう? それまで時間もかかりそうですから、お昼ご飯にしませんか?」

「いや、こいつはすでに目を覚ましている。我々の会話を聞き、尚且つ、この船に残されたデータべ――スを修復・再構成して現在の状況を確認しているだけだ」

「え、そうなの?」


 マリエッテに進められてサンドイッチを頬張っている八雲だが。

 グラハムの言葉を聞いて、頭を傾げていた。

 そもそも魔導頭脳が目を覚ますのは一日後だろうと考えていただけに、現時点で目を覚ましているなど考えもつかなかった。

 そしてその彼らの言葉を聞いて。魔導頭脳のコンソール部分が一斉に点滅を開始。


『ええ。ミスター・グラハムのおっしゃる通りです。初めまして、勇者の皆さん。私はこのカルナヴォドスの魔導頭脳であるペールシャーと申します。オリジナルが眠ったままですので、今は私がオリジナルです』


 魔導念話で、ペールシャーがその場の全員に話しかける。

 流石に幾つもの国の言語を同時に操ることは不可能であったらしく、それならば念話で大丈夫と計算しただけである。

 それでも、目覚めたばかりの魔導頭脳がここまで状況を把握し、コンタクトを取って来るとは八雲たちも予定外であった。


「……すっげぇ。それじゃあ、次の指示だけど」

「待て待て、それは俺と丹羽の仕事だ。八雲は次の作業に移行してくれ」


 早速、今回の計画全てをペールシャーに伝えようとしていた八雲を、グラハムがフライドチキンを手に取りつつ制する。

 この先の計画については、とにかく慎重さが大切。

 ちょっとしたミスで、太陽系内に知的生命体が存在しているという事をオーバーウォッチに悟られてしまう。

 それとグラハムは次の作業を八雲に押し付けようとも考えていた。


「グラハムさん、僕の次の作業って?」

「このカルナヴォドスを地表に出す。ということで地表を抉り穴を開ける。そののちカルナヴォドスを浮上させた後、丹羽が位相空間を形成してそこに納めておく。俺と丹羽はそこで最後の調整を行うので、八雲は穴の開いた地表を埋め戻し、自然な状態に修復。その後、君のドーム都市を隠すための隠蔽作業を開始、同時にドーム都市地下に魔導頭脳のオリジナルを設置し、目覚めさせる」


 淡々と次の作業指示を出すグラハム。

 その一字一句を忘れないように頭の中に叩き込むと、八雲はサンドイッチをいくつかアイテムボックスに納めて部屋を後にした。


「ああっ、もう、相変わらず行儀が悪いのですから……」

「まあ、そういうな。これ以上、八雲を酷使するわけにはいかない。その理由は丹羽もマリエッテも理解しているだろう?」

「ええ。確かに……そうですね」

「私は理解しています。確かに、侵略国家オーバーウオッチとの戦いが終わり、もう八雲くんがあの副作用に苦しむことは無いって思っていましたけれど」


 八雲の身体を蝕む副作用。

 それがいつ発現するか、それを彼らは恐れている。

 15年もの長き時間、八雲ら勇者たちは幾度となくオーバーウォッチとの激闘を繰り広げてきた。

 まさに生死を賭けた戦いなど、何度も経験し乗り越えてきたのである。

 だが、その結果、グラハムたちは侵略国家と戦う力を得た代償に、失ってしまったものがある。


 戦いの中で下半身を失ったグラハムは、二度と子を作れない体となった。

 神の奇跡による再生でも、その機能だけは蘇ることは無かった。

 もっとも、今は戦いから離れ、ゆっくりとだが再生されてきたらしい。


 丹羽は頭の半分が吹き飛ばされ、八雲とマリエッテ二人がかりで再生を行ったものの、感情が完全に欠落したのである。

 地球に戻ってからの彼は、八雲とのやりとりを幾度と繰り返してきた結果、僅かずつではあるが感情が元に戻りつつある。


 神の奇跡を行使し続けた結果、マリエッテは魂に【奇跡の代償】が刻まれている。これにより、彼女は、自身の幸せを望んではいけない。

 そして死ぬまで、人々に奉仕し続けなくてはならないという枷を刻まれていた。

 地球に戻ってからもその献身的自己犠牲は続けられているが、最近になって神は代償を弱めつつある。


 そして八雲。

 彼は、オーバーウォッチとの戦いの中で3度死んでいる。

 そのうち二度は、肉体も何もかも失っていた。

 今の八雲は、彼自身が最初に作り出した【完全再現フルコピー】。

 だが、自身がコピーであることを、今は存在しないオリジナルにより思考ブロックを施されていた。


 自身が作られたものであることを、理解しないように。


 だから、今の八雲は4人目の存在。

 そして、当然ながら、八雲が行ったことは【神の摂理】に反する。

 神は、その代償として【精神の劣化】を魂に刻んだ。

 八雲が大賢者としての能力、その最高技術を酷使するたび、彼の心は失われていく。


 その刻まれた刻印も、彼らが地球に戻ってからは消滅し始めていた。

 勇者たちに刻まれた枷、それも【必然】により消滅し始めていたのであるが、八雲の枷は再び目を覚まし、彼の心を蝕みつつあったのである。


「これ以上、彼をオーバーウォッチに干渉させてはいけない。それだけの事だ。それで彼の魂は救われる……」


 グラハムの言葉に、丹羽もマリエッテも頷く。

 この場の三人もまた、八雲の献身的自己犠牲ピュア・サクリファイズで生還した経験を持つから。

 己の魂と引き換えに、他者を完全に蘇生する秘術。

 大賢者にしか行使できない、【神の摂理】すら書き換える奥義。


 それは、全滅した勇者パーティの、【全滅した】という事実すら書き換えるほどに。


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